第11話 ザルト山訓練

 クリスフレッドとロンブラントが、アーサー率いる『新婚旅行選抜騎士隊』を連れてお忍びで出掛けてから、三日が経過した。

 ちなみに選抜騎士隊が何故少人数で編成されているのかと言うと、クリスフレッドが、「新婚旅行に、そんなにいっぱい人を連れてゾロゾロ行くなんて嫌だ!」とか、「護衛なんていらない! 二人で行く!」などと散々我が儘を言いまくったための妥協案である。


 さて、隊長であるアーサーが不在のため、ロイヤルナイトの待機組は今、副隊長であるヤマトの下で活動しているわけだが、今日と明日はそこから更に二グルーブに別れ、一方は城に待機、そしてもう一方はザルト山で訓練をする事になっている。


 昨日とは打って変わり、ようやく雨も上がった本日は、チェルシーがザルト山にて訓練をする番。

 深く険しいその山を、チェルシーは同期である男性隊員、キールとエドガーと共に山頂を目指していた。


「なあ、お前ら、ホント、マジ、マジでちょっと休憩さしてくんねぇ?」

「何だよ、エドガー、またかよ! さっき休んだばっかだろ、三十秒くらい!」

「三十秒は休憩って言わねぇんだよッ!」


 むしろ座らない方がマシだったわ、とエドガーは叫ぶが、そんなに叫ぶ元気があるのなら、まだ休まなくても大丈夫だろ、とチェルシーは思う。


「だって山頂に行って、一番早く戻って来たチームは冬のボーナスアップなんだぞ! 逆に一番遅かったチームは冬のボーナスゼロだ! お前、ボーナスなくなっても良いのかよ!」

「そりゃ、良かねぇけど……。でも、休憩なしで往復なんて無理だって。他のチームだって、絶対に休憩しながら山頂を目指している。逆に休憩なしで登ってたら、後がキツくなって結果的に遅くなっちまうよ。だから今は無理しないで、少し休んでから行った方が絶対に良いって」

「えー、そうかなあ……? なあ、チェルシー、お前はどう思う?」

「うーん……、じゃあ少し休んで行く? 三分くらい」

「三分ッ?」

「えー、三分も休むのかよ? 前々から思っていたけどさ、お前、エドガーに甘くねぇか?」

「そうかしら?」

「甘くねぇよッ!」


 お前ら、どういう神経してんだ、とエドガーは更に怒りの声を上げる。


 本日のチェルシー達の訓練。それは数人のチームに分かれてこのザルト山を頂上まで登り、そして下って来る事。やる気を出し、そしてサボりを防ぐため、そのタイムの早いチームと遅いチームには、それぞれ褒美と罰が与えられる。


 王都からそう遠くはない場所にあるこのザルト山。危険な魔物はそういないのだが、何せ道は整備されておらず、斜面も急で、かなり険しい山道となっている。その上、交通の便も悪いため、一般市民はあまり近寄ろうとしない山なのだ。


 しかし逆に考えれば、このザルト山は己の身体を鍛えるには打って付けの山と言えるだろう。

 だからこそこの山は、王国騎士団の訓練場として、こうしてよく使われているのである。


「でも、この山を一日で登って下って来い、なんて無茶な訓練しているの、ロイヤルナイトくらいじゃねぇか?」

「隊長の百キロ山マラソンよりはマシじゃない? はい、水」

「ああ、悪いな、チェルシー」


 大木に寄り掛かり、座り込んでしまったエドガーに、チェルシーは水の入った水筒をそっと差し出す。

 ちなみにキールは近くでスクワットをしている。超元気だ。


「あっ!」

「あ」


 思ったよりも疲れていたのだろう。

 チェルシーに渡された水筒を、エドガーは掴み損ね、落としてしまう。


 コロコロと転がって行く水筒を、チェルシーは仕方がないと言わんばかりに追い掛けた。


「すまねぇ、チェルシー」

「良いよ、取って来るわ」


 エドガーの謝罪を背に、チェルシーは水筒を追い掛ける。

 しかしその水筒はチェルシーの手に届く事なく、ポーンと崖下へと転がって行ってしまった。


「あー……」


 崖下を覗き込んでみるが、水筒はあっと言う間に崖下へと飲み込まれ、そして消えて行ってしまう。

 これはもう駄目だ。残念だけど諦めよう。


「ごめん、水筒落ち……」


 水筒落ちちゃった。

 しかし、チェルシーがそう口にしながら踵を返した時だった。

 元々地盤が弱っていたのか、それとも昨日までの雨の影響か。

 彼女の足元が、突然崩れてしまったのは。


「え……?」

「チェルシー!」


 突然地面が消え、チェルシーは成す術なく崖の下へと吸い込まれて行く。


 キールとエドガーが慌てて駆け寄るも、伸ばした手が届く事はなくって。

 覗き込んだ崖下にはもう、チェルシーの姿はなかった。

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