第28話 龍志のレクチャー
ある日、龍志はヒロキに呼び止められた。
「最近オマエはいい男になったな、俺でも惚れそうだ」
「冗談はやめてくださいよ。何が言いたいのですか」
「いや、何も言いたいことはないがやっとホンモノの男の色気が出て来たようだ。女が出来たのか? まあ、いいだろう。今日も頑張ってくれ」
ヒロキさんは俺の肩をポンと叩いて含み笑いで去った。俺は大御所先生の紹介で著名な評論家やコラムニスト、フリーアナウンサーの本指名をいただいた。文壇関係の客を接客するときのヘルプは、大学で現代文学専攻のアキラと社会科学専攻のヒデだ。大学の講義より勉強になりますと言うアキラは大御所から格別可愛がられた。彼女たちは毎日のように顔を出すオミズの姫たちより来店は少ないが、太客で確実に金を落としてくれた。龍志はダントツのNo.1ホストを続けていた。
凛子に訊いた。
「大先生のお供でよく来店いただく編集長の森田さんという方を知っているか? 気になることがある。知ってたら教えてくれないか」
「ええ、よく存じてます。新人作家の発掘にかけては超有名なベテラン編集者です。まさか龍志さんを誘ったのですか?」
「僕ではない。学生のアキラを狙っている気配がするが考え過ぎか?」
「あの方は若い男性がお好きだと業界では有名なんですよ。坊やなんていくらでもお代わりがいると豪語したのを聞きました」
「ほう、すごいおばさんだな。ありがとう。会いたいがいつ会える?」
俺たちは土曜にマッチングしてどこかでデートし、俺の部屋に泊まって日曜の夕方に別れる日々を過ごしていた。束縛しない、されない、そんな関係を続けているがいつも一緒だともっといいなと龍志は思っていた。
翌日、ヒロキさんはアキラと俺を呼んだ。
「アキラ、本当のことを言ってくれ、龍志が心配している。森田さんから誘われなかったか?」
「休みに伊豆へ行こうと誘われました。講義ノートの整理と参加したいイベントがあると断ったら、大学の成績なんて気にするな、出版社ならどこでも紹介できる、私が推薦した学生は必ず採用されるから心配するなと喋りまくりました」
「オマエ、それで伊豆に行ったのか?」
「友だちに話したらそれはヤバイ誘惑で妄言だ、信じるなと笑われました。“女は死ぬまで女なのよ”と誘うおばさんはキモイです。若い男が欲しいだけでイケニエになるのはまっぴらです」
「やはり誘ったか。断ったのは賢明な判断だ。店と関係ない女なら文句は言わんが、客とは絶対にやるな! 若い男を抱きたい年増の女は簡単に甘いウソを並べる。これからも罠に落ちるなよ。ヒデやマサフミたちを呼んで来い、龍志に話させる」
「へっ? 僕が何の話をするんですか、勘弁してくださいよ」
「若いコイツらに教えてやってくれ」
龍志の前に大学生ホストと新人ホストが勢ぞろいした。
「年長の龍志が不動のNo.1ホストだ。なぜだかわかるか?」
「キャリアがあるから本指名と太客が多いことです」
「キァリアはあっても客がなかなか増えないホストもいるぞ。なぜ本指名と太客を掴んだかわかるか? どうやって龍志が客を惹きつけたか考えたことがあるか?」
「少しわかります。客の気をそらさないトークです。龍志さんは知識が豊富でどんなジャンルもそつなくタイムリーに会話を進めます」
「まだオマエらはわかってないな、俺はモニタを見て気づいた。知識があるないではない。龍志は客によって態度を変えない。嫌いな客の前でも同じだ。これは大事なことだぞ。客はホストから自分が好かれているか大事にされているか、いつも気にしている。特定の客だけを大事に扱うと客をなくす。
それからな、客の仕草をよく見ている。客が腕組みや足を組んだらゴキゲンナナメだと判断して話題をチェンジする。タバコの吸い方も気にかけているようだ。龍志、どうだ?」
「そうですね、客によって感情表現は違いますが、イラついているとわかったら話をたくさん聴くようにしています。少しでも楽しい気分でお帰りいただきたいですから」
「ここがオマエらと違うところだ。それからな、龍志は客の話を否定することは滅多にないがベンチャラも言わない。会話のペースは客に合わせる。客のフトコロを察して高い酒を出さないこともある。どうしてだ?」
「わかります。次も来店してもらうためです」
「そうだ。少しはわかったようだな。客を観察して、今日の状態を判断して仕事に入る。これが龍志パターンだ。オマエたちはそれをアレンジして自分流のパターンを作れ。客が増えるぞ。龍志に訊きたいことはないか?」
「はーい、教えてください。龍志さんは客から誘われたり、逆色されたらどうやって断るのか、知りたいです」
「ケースバイケースだが、まず聞こえなかった素振りで話題を突然に変える。次はタイミング次第だが2、3分他のテーブルへ移動する。それでも強引な場合は次に会ったときにもう一度お話くださいと言って逃げるんだ。さらにシツコイと、僕なんかじゃなくてもっと素敵なお相手がぴったりです、興味がないとわかるように言ったことがある」
「それでも客が諦めない場合はどうするんですか?」
「そこまで追い込まれたときは、お客さまとは交際しない主義ですと断った」
「断られた客はどうしたんです? 店に来なくなったんですか?」
「いや、誰とも交際しないのがわかったらしく、今でも本指名だ」
ヒロキが口をはさんだ。
「龍志は仕事とプライベートを完全に分けているプロだ。龍志がどんな女とも寝ないと知ると客は諦めがつく。基本は“友達営業”だが、客によってアレンジしている」
「だったら龍志さんには“カノジョ”はいないのですか?」
「いない、お客さまを区別しない。それでもホスト稼業は続けられている」
(逆色=客がホストに色恋を仕掛けること。カノジョ=ホストのカノジョには本カノ、趣味カノ、色カノ、ヤリカノ、イエカノなどがある。
・本カノ=営業トークを真に受けて自分がホストの本命だと信じ込んだ客で、大事にされるが売上ターゲットの客も含まれる。・趣味カノ=外見や性格がホストのタイプなので繋ぎ止めておきたい客で、ホストがあまり来店させない。・色カノ=ホストが自分に特別な感情を持っていると思っている客。・ヤリカノ=会いたいときだけ店に呼び出される客。客が会いたいとせがんでもホストが拒否する場合が多い。・イエカノ=ホストを同棲させてくれる女で店には絶対呼ばない。どのカノジョも仕事上の客に過ぎない。
友達営業=色恋ではなく趣味や共通の話題で惹きつけ、客と飲み友達や相談相手のような関係を保つ)
「客にはチクリませんから教えてください。龍志さんに恋人はいますか?」
「やっと出来た」
「ホントですか、どんな人ですか?」
「普通の会社員だ。これ以上は言えない」
「どうも龍志が艶っぽくなったとマカ不思議だったがそういうことか。恋人の一人や二人は当然だ。頑張れよ」
ヒロキさんは妙に納得して喜んでくれた。俺の次を背負うのは目の前のこいつらだな、ヒロキさんの熱意がよくわかった。
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