シュガードール×エンドロール

白井なみ

マザーボード上陸

prologue : アンドロイドは夢を見る

 自分は此処にいていい存在なのか。

 ずっと考えていた。

 考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて……どれだけ考え続けても、その答えは未だにわからない。

 

 人里離れた廃屋の中で、私は人間に助けられた。何故そんな所にいたのかはわからない。自分がどこで生まれたのか、何の為に造られたのか、それまでのことが全く思い出せないのだ。


 私を助けてくれた人、デンジさんは工場を営んでいて、私はそこで働かせてもらえることになった。

 どうやら、私は壊れた欠陥品らしい。人間でも覚えさえすれば簡単にこなせそうな作業も、私は手間取ってしまう。金属の部品を繋ぎ合わせるだけの単純な仕事なのに、何度やっても力加減が調整できず、私は部品を砕いてしまう。


 それでも、デンジさんを始めとする工場の人たちは、駄目な私にいつも優しくしてくれる。工場では私と同じ、所謂アンドロイドも働いているが、みんな私のことを仲間として認めてくれている。

 

 日中はひたすら部品を繋ぎ合わせ、夜になれば自分の部屋に戻る。毎日その繰り返し。

 私たちは人間のように食事や睡眠、排泄を必要としない。人間たちを見ていると、つくづく大変そうだなぁと可哀想になってくる。人間は毎日生きることに必死で、とにかく忙しそうだ。


 睡眠を取る必要はないけれど、夜は人間の真似をしてベッドに横になってみる。そうして外から聞こえる虫の声や、木の葉の騒めき、近付いては遠去かっていくサイレンの音などに耳を澄ましていると、なんだか自分が人間になったみたいに思えてくる。


 昔、人間とAI──即ち人工知能との間で戦争が起きた。

 こうなるともう、人間同士で争っている場合じゃない。自分たちが生み出した「人工知能」という強敵を前に、人類は団結した。

 それはもう、天地がひっくり返るくらい壮絶な、悲惨な戦い。そして実際に、天地はひっくり返った。

 人間の暮らす世界の上空には、巨大な円盤が浮かんでいる。AI達の世界、マザーボード。人類よりも自分たちが優れていることを示す為、AI達が築き上げた楽園都市。


 マザーボードは私が今いるこの国──日本というらしいが、この国の上空をすっぽりと飲み込んでしまっている。マザーボードの面積はおよそ78万平方キロメートル。日本が二つ収まるくらいの大きさだ。

 その為、空はマザーボードに隠されていてここは日中も薄暗い。この国の子ども達は空がどんなものなのかさえ知らないらしい。聞いた話によると、太陽も月も星も、御伽噺にしか存在しないと思っている子もいるそうだ。

 そして、戦争は今も尚続いている。


 AI達が暮らす世界、マザーボードがありながら、私はどうしてここにいるのか。

 他のAI達から聞いた話によると、マザーボードで欠陥品と見做された者は人間の世界に棄てられるらしい。

 そうか。それなら全部納得がいく。

 AIなのに頭の悪い私は、それで廃屋に棄てられていたんだ。


 マザーボードに行きたいとは思わない。

 わからないけど、すごく怖い所のような気がする。実際にそうだから、私は棄てられたのだろう。

 だけど、時々夢を見る。

 睡眠を必要としないAIが夢を見るだなんて、工場のみんなに言ったら笑われるだろう。私は正真正銘の欠陥品だ。つくづく自分自身に呆れてしまう。

 

「……けて!……けて!」

夢の中で、だれかが呼んでいる。

「……フラン!」

フラン……?フランって、だれだ?

「……フラン!たすけて!」

そこで、いつも目が覚める。

 意識が今いる場所へと呼び戻され、現実へと帰ってくる。

 

 フランというのは、私のことなのだろうか。

 ふわふわとした甘いお菓子みたいなその響きは、どこか懐かしいような気がする。

 夢の中で、いつも私を呼んでいる女の子。

 あなたは一体、どこにいるの?

 

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