クロスマジック

桜崎砂儚

第一話 人工島、朧雲にて

 落ちる夢。自分は何度もその夢を見る。海の中、崖の上、建物の頂上。突き落とされたり自ら落ちたり、その情景は様々だ。

 何故そんな夢ばかり見るのか、まだその理由は分からない。けれど何となく考える。自分が死を望んでいるからではないか、と。

 その結論に至った時、手にしていた携帯が振動した。見れば着信の表示が出ている。

「なんの用だろ。はーい僕です望月でーす」

 気の抜けた挨拶をして電話に出た。

『あ、どうも秋夜です。朔夜くん、君に頼んでおいたあの話だけど、俺から話を通しておいたから、多分俺の名前を出せばすぐにでも受け入れて貰えると思う。じゃ、よろしくね』

 そうして電話が切れた。電話をかけてきた相手は西園寺秋夜と言って自分の所属する部隊の同僚に当たる人物だ。彼は普段から多忙であり、今日でさえ自分に用事を頼んで仕事へ就いてしまった。

 というよりあの人は頼まれたら断れないタチなので、それが裏目に出た結果、なのだろうが。

「……なるほどね」

 その一言と同時に溜め息が出た。秋夜に対するものか、頼まれ事に対するものかは分からない。

 ただ一つ確かなことは、今回の自分の【仕事】の結果次第では、所属している部隊の状態が悪化するだろうということだけだった。

 しばらく電車に揺られていたが、程なくしてアナウンスが流れた。

『もうすぐ着きますので、それまでにご準備を』

 通常の電車のものとは違う音声。それに思わず愚痴を漏らす。

「これじゃ人は乗りたがらないね」

『元来これは通常の電車とは違う役割の物なので当然です。ご理解した上でこちらにいらしたのでしょう?』

 そう。この電車は極めて特別なものなのだ。収容施設と人工島を行き来するだけの一般人は乗車不可能なこの電車。人工島に住まう人々からは護送電車、などと呼ばれている。

『到着しました。一応案内人と護衛も付きますが、この電車から出たら自分の身は自分で守る事を第一に考えてください。ここから先はもう施設内ですから』

「はいはい、わかりましたよ一度も車掌室から出ない車掌さん」

 皮肉を込めてそう言うと、案の定怒りの返答が返ってきた。

『車掌室が一番安全だからです! もう帰りの時は急停車と急発進をしますからね!』

 その声を聞き届けてから電車を降りた。アナウンスの言う通り既に人が三人立っている。どの人物も黒スーツに身を包んでいて、オマケに顔が見えないようにマスクまで付けている徹底ぶりだ。

「えーと、案内人の方は?」

「私です」

 そう言って一人の黒スーツが手をあげる。

「じゃあ、ほかは護衛?」

「ええ」

「たった二人で務まるんです?」

「貴方は能力者だと聞いていましたので」

「そーゆーことね」

 問答の後、三人の間を通り抜けて歩き始める。

「んじゃ案内人さん、よろしく。えっと面会したいのは……」

「本城奏斗、例の爆発事故の青年でしょう。話は伺っておりますから」

「そうそう。説明の手間が省けて助かるよ」

 この収容施設は地下に作られているため常に薄暗く、ついでに湿り気もある。正直あまり長居したくはない場所なので自然と早歩きで進む。

 施設と言うよりトンネルを思わせる建物。地上に作るより地下に作った方が脱走の可能性は低く、その上地上へ上がるにはあの護送電車以外交通手段がないという収容施設とは名ばかりの監獄。

 その中をスタスタと歩いていると、むき出しの鉄格子から手を伸ばして助けを求める声を嫌でも耳にすることになる。

 大抵は無視で済むが、時折叫び声も混じっているせいで思わず顔をしかめてしまった。

「犯罪者のくせに助けとか……ほんとどの口がって感じ」

「さすがご自分の手でこの施設へ送っただけのことはありますね。そうだ、その奥ですよ、彼が収容されているのは」

 そう言って案内人の黒スーツは足を止める。無言であちらですと手で指し示したのは分厚そうな鉄扉だった。

「君は来ないの?」

「ええ、ここから先はあの方と話を通して頂かないと」

「あの方……?」

 疑問を持っていると奥の鉄扉が開く。そこから出てきたのは意外にも幼い見た目の少女だった。

「あ、貴方が秋夜くんの言ってた……えーと名前は……」

「望月朔夜です。本城君と面会させていただきたいのですが」

「うん、良いよ。ただ彼、今すごく情緒不安定なの。あまりきつい言葉はやめて欲しいかな」

 そう言うと、幼い少女は笑顔を向けて扉の先へどうぞと自分の背中を押す。間もなくして鉄扉は大きな金属音を立てて閉まる。

 締め出された、或いは閉じ込められたような不快感を抱きながら前を向くと、またしても鉄格子の先に人がいるのを視認する。備え付けかは分からないが椅子に座ったまま俯く青年。他に誰もいないあたり彼が例の本城奏斗氏だろう。

 少女の言葉を思い出し、できる限り不安を与えないように鉄格子へ近寄っていく。

「ええーっと、こんにちは。いやこんばんはかな。まあどっちでもいいや。僕は望月朔夜。よろしくね」

 笑顔を浮かべてみたものの、俯いている彼の目に映るわけがなく。

 どうするか思案していると彼は顔を持ち上げた。

「あの……事件の話なら何度もしましたよ。みんな俺のせいで爆発事故が起きたって思ってるみたいですけど、それは違うんです。あれは俺じゃなくて……」

 そう続けようとする彼に、すかさず自分の意見を述べる。

「ああ、そうだろうね。君はただ、その場にいて、なんなら巻き込まれただけだ。けど運悪く無傷で帰ってきたばかりに疑われた。そうだろう?」

 それを聞いて目を見開く青年。ここだ、と思った自分は改めて相手の目を見て話を続ける。

「僕はね。君を何も責めに来た訳じゃないんだよ。むしろその逆。君には僕達の仲間になって欲しくてここに来たんだ」

「仲間って……?」

 その問いに、笑顔を見せて答える。

「特殊能力者対策考案部隊、通称アビス。君にはその一員になって欲しい」


*****


「それってどういうことなんですか……? だって俺って、今犯罪者って扱いでしょう?」

「それがねえ、僕達アビスの調べによると真犯人がいるみたいなんだ。うーん、取引ってことになるかもしれないんだけど、君がこの捜査に加わって、無事に犯人逮捕出来たら君は晴れて自由の身だろう? 逆に今この僕の誘いを断ると君はこのままってことになる。さあ、どうかな? 僕の手を取るか取らないか。これは君が決めることだ。それに君が言ったんだよ、あれは俺じゃないってね」

「たしかに、そうだけど……」

 悩む彼にさらに追い打ちをかける。

「君は自分の言ったこと、否定するの?」

「……」

「周りに押し負けて、自分の意見も言えない様な人間に、成り下がるつもりでいるのかい?」

 その問いについしまったと反省する。確か少女は彼の情緒がまだ不安定だと言っていたはずだ。これで取り返しのつかない返答でもされれば自分は……。と思っていたが、彼は自分の予想とは違った返答を返してきた。

「いいえ」

「と、言うと……?」

「俺、アビスに入ります。この島にいきなり連れてこられたと思ったらすぐにこんなとこに入れられて。しかもあんまり話なんて聞いて貰えなかったけど……望月さん。貴方は……いえ、貴方達のいる場所でだったら、本当のこと、全部わかって貰えると思ったから。入ります。それで……」

 彼は数秒ほど深呼吸をして、座っていた椅子から力強く立ち上がり、こう告げる。

「それで、犯人のこと、捕まえてやります」

 そう言った彼の表情は、薄暗いこの場所からでも分かる程には明るく、また輝いているように見えた。

「よしっ! よく言った! じゃ、早速手続きしてもらうからちょっと待ってね」

 後ろを向いて鉄扉をドンドンと叩く。数秒もしないうちに声がかかる。

「話は済んだんですね?」

「勿論、終わりましたよ」

 自分の声が合図のように鉄扉は開き始める。そこにはやはり三人の黒スーツと、幼い少女が立っている。

「私も話は聞いてたから大丈夫。じゃあ最初の話通りに彼は君達の所に預けるね。言っておくけど犯人どころか事件の進展も見込めないって判断されたら……」

「ええ、彼はここに逆戻り、ですね。でも大丈夫ですよ。僕の面子にかけて絶対にこの事件は解決させますから」

「うん。じゃあちょっと通るね。鉄格子のキー外さなきゃ」

 幼い少女はいつの間にか手にしていた小さな鍵を鉄格子にはめ、鍵を外す。ガシャン、と大袈裟な金属音を鳴らして開いた鉄格子から、本城奏斗がゆっくりと登場する。

「あれ、僕より背が低いんだね」

 思わず並んできた彼にそう言ってしまうと。

「悪かったですね、小さくて」

 苦笑混じりにそう返された。

「じゃあ、あとはさっき来た道を辿って電車に乗ってね。一応まだ護衛は着くけど……そうだ。最後に」

 幼い少女は自分たちを見上げて、おそらく精一杯であろう笑顔を作ってこう言った。

「貴方たちともう一度会うなら、ここじゃない場所で会いたいな!」

 その言葉に事件をちゃんと解決してこい、という意思を感じながら、自分たちは少女を後ろ背に電車へと向かった。

 電車の扉の前で三人の黒スーツは立ち止まる。そして例のアナウンスが流れた。

『チッ……じゃあ扉開きますから乗ってください』

 舌打ち混じりにそう言われたあと、扉が開く。キョトンとしたまま棒立ちになる奏斗の手を引き電車に乗せた。

「ほら行くよ、久しぶりの外へ出よう」

 そしてまた長い間、電車に揺られる旅が続く。旅と言ってもたかが四十分程度の短い旅なのだが。

 電車が止まり、降りるまでにわかったことが一つあった。この電車の車掌、実は女性であったのだ。

 なぜわかったかと言うと、あまりの暇に耐え兼ねた自分が色々と質問していると、彼女がぼろを出し、なんと自分の知り合いであるということまで暴露したでは無いか。

 無論暴露されたあと、途端に気まずくなり電車内に沈黙が訪れたのは当然のことであった。

「……やっと降りれた」

 まるで老人かのように腰を曲げて電車から降りると後から出てきた奏斗が愚痴をこぼした。

「ずっと話、聞いてましたけどあれ望月さんが悪いと思う。それに喋りすぎって言うか……静かにできない性格なんです?」

 それを聞けば思わず反論したくなるというものだろう。気持ちに任せて声を大にして自分は言った。

「あのねえ! あんな霊柩車みたいな電車で黙ってろって言うのもおかしくないかな!」

「逆に望月さんは霊柩車でもしゃべり続けるってことでいいですか?」

 見事な論破であった。それに対してどう返すかと唸り声をあげていると、これまた大きな声が飛んでくる。

「朔夜くーん! 大丈夫ー?」

 その声の主は多忙極まりないはずの秋夜だった。

「あーうん、大丈夫。秋夜さん、忙しいんじゃなかったの?」

「え? ああ、まあ……。それより上手くいったみたいで良かった。俺割と心配してたから」

「余計なお世話だよー」

「ならちゃんと後で案内してやれよ? アビスの本部まで、な」

 また始まった、と口には言わずに黙ってろ頷いておく。

「じゃ、奏斗くん……だな、これからよろしく。あと俺まだ用事があるからそれじゃ」

 風のように現れては去っていくその様を見てつい口から出てしまった言葉。

「仕事人間してるなあ……」

 しかし、自分もいつまでもこの収容施設と人工島を繋ぐ駅内に留まる訳には行かないので曲げた腰を直して歩き始める。

「そういえば、この島についてなにか説明あったりした?」

 今更すぎる質問をする。

「いえ、特に……」

「じゃあ教えてあげないとだね。ここ、人工島の朧雲島は特殊能力者を匿ったり守るためにできた島ってことになってる。人工島ではあるけどかなり大きくて、えーっと確かハワイくらいあるんじゃないかな」

 曖昧な説明をしてしまっているが、ここで難しい話をしても混乱させてしまうだけだろう。

「じゃあ、ここにいるのはほぼ能力者ってことですよね」

「そうなるね。で、君があの監獄に入れられちゃった理由だけど……。実はあそこ、かなり強い力を持った人たちが送られるところなんだよね。つまり今のところは君の能力はそこまで危険視されてしまってるって訳」

「はあ……」

「まあそのうち弁解させてやれるし大丈夫。っと、もうすぐ駅を出るね。ほら外だよ」

 ほんの少し見ていなかっただけの日差しに目を細める。それと同時に自分には見慣れた街並みが目に入った。彼からしたら知らない場所の光景が映し出されているだろうが……。

「あれ、君……」

 ふと彼の方を見やる。今まで気付けなかった事に驚いたが、彼の目の色は空と同じ、綺麗な水色をしていた。

「ん? なんです?」

「いや……綺麗な目の色をしていたんだな、って」

「そうですか……?」

 その声を聞いて思いつく。

「そうだ……。ねえ、敬語はなしにしない? 僕だってほら……こんなだし。君にだけって言うのもね」

「なら、お言葉に甘えて。よろしく、望月……くん?」

「苗字呼びか……まあいいけど」

 いっそ下の名前でも良かったのに、とは言わずに歩く。街の話、アビスのこと、時折自分語りをしつつ歩き回ってようやくアビスの本部へたどり着いた。

 アビスは一見普通の雑居ビルに見えなくもない建物だが、実は中は全てアビスのオフィスになっているので初めて中へ立ち入った人はみな驚いた顔をする。一階はさすがに普通に玄関だが、外観である雑居ビルの看板通りの店などあるわけが無い。

「このビル、そのまま使ってる感じなんだ……」

「そうだよ、なんでもこの方が分かりにくいからいいんだって。だから外観だけ昔使われてた時のままにして、中だけ一新させたらしいよ」

 ガラスドアの入口まで来ると、何故か立ち止まる奏斗。その背中を押し、無理やり扉を開けさせる。

「ほらほら行った」

「いやちょっと……!」

 と、無理やりドアを開けさせた瞬間。

最上階から突然、爆発音とともに火柱が立ち上がった。

「え……?」

 その光景に腰を抜かせた奏斗はその場で座り込んでしまう。それを尻目に開いたドアから入り、急いで二階に登る階段まで走る。

 その様子を見ても動こうとしない奏斗に声をかける。

「君も来い! 行くって決めたのは君自身だっただろ!」

 それにやっと反応して弾かれたように立ち上がり自分の後へ続く。

「火が上がって見えたのは一番上。あそこは僕達のグループが使ってる場所だったんだ。でもなぜこのタイミングで……」

 自分もままならない頭を必死に動かそうと言葉にして考える。すると上から降りて来た仲間の一人に出くわした。

「も、望月さん! えっと、えっと、大変なんですよ!」

「いや、そのくらいわかってるけど……どういう状況なの?」

「そ、それが……」

 その先を耳にする前に二度目の爆発音が響く。

「えっ、またなの……?」

「……っ、篠山くん、一緒に来てもらうよ。上から降りてきたのが今の所君だけだからね」

「それは勿論! い、行きましょう!」

 自分たち三人はそれから一切言葉を話さず最上階へと歩を進める。とは言ってもこの建物は六階建てなのでそれほど階段が多いという訳では無い。あまり時間もかからずに最上階である六階へとたどり着くと、既に周りは火の海とかしていた。

「中に人は!?」

「ええと、俺が下に行った時には確か……そうだ、佐久間さんがまだ!」

「クソ……これじゃ僕達が中に入っても戻れるかどうか……」

 拳を握り悔しさを少しでも緩和させようとした。しかしそんなことをしても今は無意味だ。

「炎に強い能力……秋夜さんがいてくれたらどんなに良かったか……」

「香、今はそんなことより……」

「わかってますけど! でもこれじゃ……!」

 二人で言い合っていると、奏斗が居ないことに気付く。まさか、と思い辺りを見れば……。

「ばっ、バカ! 戻れ!」

「そ、そうだよ……っ焼け死ぬかもしれないのに!!」

 そんな言葉を聞いているのか聞いていないのか、炎の中を進む奏斗。止めたいところではあるが、既に立ち入れない場所まで入りきっている。

「……っ俺、やっぱり秋夜さん呼んできます! このまま見てるだけなんて……!」

 そう言ってまた階段を降りていく篠山。炎の海を進む奏斗。そして……。

「それが君の覚悟ってことでいいんだね」

 無意識だった。そう呟いて自分も火の中へ足を踏み出す。それに気付いたのか、今度は奏斗がこちらを静止させようと声を張る。

「なんで……俺は良いんだよ! あの時だって俺は大丈夫だった、でも望月さんはそうじゃないだろ!?」

 それに対し、自分は薄ら笑いをして奏斗と同じ場所まで立ち並ぶ。

「言ってなかったね。僕の能力は……」

 そう言って床に手をつく。だが決してそれは痛みとか、火傷が酷くなったから、とかでは無い。

「時間逆行なんだよ」

 その言葉をまるで導火線のようにして能力を発動させる。それと同時に青白い光が周り全体を包み込む。炎の赤い光とは対照的な光。それぞれがしばらく衝突しあっていると炎の勢いも次第に消えていく。

 炎が弱まっていくと、その青白い光が時計のような模様をした不思議な印であることが見て取れるだろう。

 自分は炎が完全に消えるまで能力を発動させ続けた。そして。

「あっ……」

 奏斗からそんな短い驚きの声が上げられた。自分も周辺を見渡して、完全に元通りのオフィスの姿を取り戻したことを確認して床に着けた手を離す。

「いやー驚かせてしまったね。ちなみに、これ──」

 と、ネタばらしをしようとした時に。

「あ、炎が消えたからもしかして、と思ったけど、やっぱりもうやっちゃってたんですね」

 階段を降りる【フリ】をしていた篠山もこちらの方へ戻ってきた。

「え? 何?」

 わかりやすすぎる困惑ぶりをしている奏斗に続きの言葉をそっと伝える。

「ちなみにこれ、全部ヤラセ。君の力について知らなきゃ行けなかったから。あ、炎は本物ね。っていうか気付かなかった?この建物の近く、誰もいなかったこと」

「予めこの辺りの人達全員には避難してもらってたんだよ。あ、この建物がアビスの本部っていうのは本当のことだけど」

「ってことは……?」

「君が危険を顧みず人を助けようとするかどうか見極めさせて貰ったってこと。にしても君すごいね。火なんてへっちゃらなんだ! 服は……悲惨だけど」

 そう言ってわざとらしくニマニマ笑顔をうかべる。

「ああー、これは……。」

 と、苦笑をする篠山。それぞれの反応を見てようやく自分の有様に気付いたのか、顔を真っ赤に染めてこう叫ぶ。

「俺全裸に近いことになってるぅぅ──!!」


*****


 そんなことがあってから早数日。俺、本城奏斗はあの一件で、正式にアビスに入ることが決定した。監獄側からは事件が未解決のためにまだ保留という対処になっているらしいが、それも望月曰く時間の問題で解消されるだろうとのこと。

 そして今日。いよいよ、あの爆発事故の捜査を開始するらしい。その件について俺に伝えたいことがあるらしく、本部ではなく人工島のとあるカフェに俺は呼び出されていた。

「んじゃ改めましてっと……。僕は望月朔夜。で、こっちの黒髪のホストみたいな方が……」

「ホストとかやめてくださいよ! ゴホン。えー、俺は篠山香。いつか話すことになるだろうから話しちゃうね。俺の能力は透明化。透明って言っても姿だけが見えなくなる訳じゃなくて、本当に消えちゃうんだけどね。まあいつか見せてあげられることがあったら見せてあげるよ」

 そのあと、笑顔で手を差し伸べられた。こちらも頷いて手を握り返す。色々ありすぎてまだ整理がつかないところもあるが……。まず俺の主観での判断から。

 望月朔夜。彼は焦げ茶の髪色に赤い目の色をした男性。基本的に真面目な雰囲気は好まず、冗談や嘘か本当かどっちつかずの話などを好んでいる、と思う。

 次に篠山香。黒髪に黒目で、望月と比べるとこちらの方が真面目でおそらく常識人であろう。

「えっと、それで今日のお話って……」

「そうだったね……っと、今日から本格的に君の事件を捜査するってことになってるでしょう? それで君一人だとやっぱり危険だからってことで俺とこっちの望月さんと当面の間は組むことになったんだ」

「なるほど……」

「それと重要なことがもう一つ。君、まだ自分の能力がわかってないだろう? それもちゃんとわかるまで僕達と行動するってことになってるから」

 それを言われて思わず身が強ばる。炎に対しては耐性、のようなものがあるということ以外、確かに何も分からないのだ。

「よし、かったーいお話はこのくらいにして……すみません! 僕、ココア一杯!」

 いきなりそんな気の抜けたことを言われて思わず望月を二度見する。

「あはは、始まっちゃった……。あ、君も頼んじゃっていいからね。このひと一度こうなっちゃうともう手が付けられないから」

 つまり、コレがこの人達の日常、ということか。

「へ、へえ……えっとじゃあ俺……あ、そうだそういえば……」

 思わず自分も何かを注文しかけた時に思い出す。

「あの時、佐久間さん、でしたっけ、そんな名前の人を口に出してませんでした?」

「ああーあの人ね。うん。ちゃんと佐久間さんって人はいるよ。あの時にはいなかったけど」

 少々興味を持ったのでさらに聞いてみる。

「その人ってどんな人なんです?」

「んー佐久間さんね……ふわふわしてるかな……。良くも悪くも掴みどころがないって言うか……。あ、噂をすれば」

 顎であっちあっち、と合図をする篠山。その方を見るとまたしても焦げ茶色をした髪の男性が入店してきた。

「おや、見たことの無い人がいるなぁ」

「どうも佐久間さん。こっちの彼は新入りくんの……」

「あぁ、君が奏斗くんか、なるほどぉ」

 そう言ってこちらにどんどん近寄ってくる。しまいには目と鼻の先まで顔を近付けてこちらと目を合わせてくる。

「あ、あの!?」

「あ、ごめんごめん、悪い癖が出ちゃったねぇ」

 そう言って佐久間は頭をかくと、あんまり油を売っていられない、と言い出して店を後にしてしまった。

 正直距離感に驚かされている。

「ごめんね……。ここの人たちなんて言うか……。個性的な人多くて……」

 と何故か篠山が謝っていると。

「飲み終わったし行こうか、捜査」

 急に口を出してくる望月。それに対し半ば呆れてそうですね、と返事を返す。

「うん、行こう……」

 店を後にした俺たちはまず人工島を離れるために船へ乗船した。向かう先は俺が元々住んでいた街、東京だ。

「奏斗くん、船酔いとか大丈夫? あ、それと俺にも敬語はなしでいいからね! 堅苦しいのちょっと苦手で」

「わかった、それならタメ口で」

 東京。化学が進歩した現代においてもやはり衰える気配もない最も栄えているであろう都会の中心地。そのとあるデパートで起きた爆発事故。

 そのことを考えると、嫌でもあの日を思い出す。俺が人工島へ行く原因となった爆発事故当日の話だ。


──数週間前──


 俺には元々両親がいなかった。そのためずっと施設で育っていたのだが、十四歳を迎えたある日。普段外出許可はあまり降りないのだがその日ばかりは玄関の扉が開いていたのだ。

 自由に外を行き来できるかもしれない、という僅かな好奇心に負けて扉を開けた俺は、そのまま外へ遊びに行ってしまった。

 外はやはり大勢の人で混雑しているし、そのまま帰ってしまった方があんなことにはならなかったはずだった。そんなことにも気付かない当時の俺は前に外出許可が降りた時の記憶を頼りに、連れて行って貰ったデパートへ向かった。

 だいぶ前の記憶を頼ったせいでたどり着くのに何十分か時間をかけてしまったのだが、それでも何とかたどり着くことには成功していた。

 入口を抜けて二階に上がったり、色々な売り場を見ていると、偶然施設の職員と鉢合わせしてしまう。脱走がバレたことで怒られる、と思った俺は隙をついて逃げ出し、物陰に隠れてやり過ごそうとした。

 そうして時間を潰している時に、事件は起きたのだ。まず最初に誰かの悲鳴が聞こえた。見れば一階の入口で刃物を持った男が女性を一人人質に取り、ナイフを女性の首に近付けていた。

 その男は女性を人質に取ったまま二階に上がろうとしていて、俺もその様子をずっと見ていた。正直何かの映画を見ているような、そんな現実離れした光景を見て呆然としていたのだと思う。

 そんな俺をよそに男と女性の会話が聞こえた。

「クソ、クソ、クソ……俺のせいじゃない、俺のせいじゃ……」

「だったら離してよ!! 私には関係ない!! 巻き込まないで!!」

「こうしないと家族諸共死ぬんだよ!!」

 そんな内容の会話をした後、女性は男の手を噛み、男の拘束から逃れた。男はそれに驚いたのかナイフを手から落とし、女性を追いかけるが、何やらおぼつかない足取

りで何度も転んでいた。

「ああ、もう、お終いだ……終わりだ……俺は助からない……」

 そう呟いて男は這いつくばったまま、俺の目の前まで進んできた。

 俺と目が合った瞬間、男は警察らに取り押さえられ、そのまま連行される──。

 はずであった。

手錠をかけられ、一階の入口まで連行されていた所までは普通だったのだ。俺もそれを見ていた時に、施設の職員に手を引かれて帰るところだったのだが。

 いきなり男は爆発した。俺のいる二階にまで爆風が届くほどの威力。俺はもちろん近くにいた人たちも吹き飛ばされ、大怪我所では無い重傷者が多数見受けられた。俺はと言うと幸か不幸か施設の職員が盾になった様で全身を強打する程度で済んでしまった。

 動物のような唸り声を上げて何とか立ち上がり、周りを見ると、一階は既に爆発のせいで火の海であり、二階はまだ燃え移っていない箇所があるものの、爆発のせいでいつ崩れるかも分からない具合だった。

 俺は何も分からないままとりあえず逃げ場を探した。炎のせいでドロドロに皮膚が溶けた人間に助けを求められても俺にはそれを振りほどくことしか出来なかった。周りから聞こえるのは悲鳴と苦しみ悶える声だけ。俺はその中を走り抜け、偶然開いていた二階の窓から無我夢中で飛び出した。

 二階とはいえ約十メートルの高さから飛び降りた俺はそのまま着地などできるはずもなくまたしても全身を強く打ち、そのまま気を失ってしまった。

 目を覚ました時、そばに居たのは医者ではなく警官で、しかも目撃者が少なかった、とかの理由で俺の能力の暴走が原因で今回の事故を引き起こした、という結果になっていることを告げられた。


──そこからは知ってのとおり、監獄送りにされ、今へと至るわけなのだが。思い返せば変なところは多数あった。男の挙動、俺には火傷のあとなどがなかったらしい、ということ。

 東京へ着いたら、それも全部わかるのかな……。と船から見える海を見つめながら物思いにふけっていると……。

「かーなーとーくーん!」

「……え?」

「えじゃないよぉ、さっき僕らずーっと話しかけてたんだけど」

「えっ……ええ!? そ、そうだったの……」

「それは嘘。でも君、ずっとぼんやりしてたけど……やっぱり船酔いじゃない? 平気?」

 心配そうにこちらを見つめる篠山に、つまんない、と船の手すりをコンコンと音を鳴らして蹴り始めた望月。一体どちらにどう返答するのが正解なのだろうか。

「えっと、ごめん。俺ちょっとあの時のこと思い出しちゃって。それで変になってたんだと思う」

「……そっか、じゃあ気分転換に僕の能力の話ね」

「意味わかんないし……まあいいと思いますよ俺は。でも望月さんの能力は俺は知っちゃってるんで聞き流しますねっ!」

「酷いなあ篠山くん……」

「望月さんの能力……そういえば時間逆行、って言ってたような……」

「うん。言った。そのへん詳しく説明しとかないとね。僕の時間逆行はその名の通り時間を逆に戻すものだ。ただし、触れている、または触れた物の、っていう条件付きだけどね」

 その説明が終わると同時に船から汽笛が鳴った。

「おや、もうすぐ着くのかな」

「案外早かったですね……」

 しかしそれは、新たな事件の始まりを告げる、開幕の汽笛だった。だが、この時の三人にはそれを知る由など少しもなかったのである。

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