マヤ ~episode 15~
「駄目だ。」
職員室で頭を下げる私にタッキーがはっきりと言った。
「でも私、皆の足を引っ張るばかりで―」
「認めない。メンバーはこのままでいく。足でまといになると思うんだったら、もっと練習して強い心を持て。それと、補欠との交代もする気はない。話は以上だ。」
私は下唇を強く嚙んだ。
「失礼します。」
そのまま職員室から退室した。
廊下をずんずん突き進みながら私は泣き出しそうなのを懸命に堪えた。
なんで認めてくれないの?どう考えたって今の私がチームのメンバーじゃ、インターハイなんて行けるはずがないのに。他のメンバーは優しいから、お前はでるな、なんて言ってこないし、タッキーの口からメンバー変更を伝えてくれればそれで上手く収まるはずなのに。私もこの苦しみから、解放されるはずなのに。
「私、都総体出ない。」
家に着くと、二人に向かって私は言った。
「メンバー、外されちゃったの…?」
花蓮が大きく目を見開いて言う。私は静かに首を横に振る。
「今日は認めてもらえなかったけど、なんとかタッキーを説得してメンバー変えてもらうつもり。」
私はぽつり、と言った。
「なんだか、あほらしくなっちゃったの。努力するの。」
言わずに、自分の心の中だけにとどめておこうと思っていたことが、二人の顔を見るとほろりと出てしまった。一回溢れ出ると止まらない。次から次へと、言葉が滝のように流れ出てくる。
「私今まで、何してたんだろうって。あんなに努力してさ、バカみたいに。私さぁ、すっごく努力してた!」
私は涙で目がかすみ始めたのを感じた。
「なのにさ、なんで?練習であんな結果出したことなんかないのに、なんで?私、毎日朝練も昼練も放課後練も行って、家でも動画見返して反省点探して、効率的に練習しようとしてたのに、なんで?ちょっと前までは私の方が断然的中率良かったのに、なんで?どうして私だけスランプになるの?」
こんな風に思っていたんだ、と自分でもびっくりするくらい、色んな感情がこみあげてくる。
「『栗原は弓道の才能ないから努力しなさい。そうすれば天才に太刀打ちできるようになる』って言われて、それを信じて頑張ってきたけど全然ダメ。次こそは、次こそはってスランプになってから頑張ってきたのに、一回も改善できてない。私にさぁ、不可能ならさぁ、なんで私が期待するようなこと言ったの?」
涙が一筋、頬を伝う。
「だからもう、いいの。私、頑張るの、やめる。」
「部活も、辞めちゃうの?」
花蓮がはっと息を飲んで言った。私はゆっくりと首を横に振った。
「それもね、考えたよ。でもね、ここで辞めたら自分のこともっと嫌いになっちゃうだろうから。私は何一つやり遂げられない、弱虫野郎だってね。」
私はそう言ってひとつ、しゃくりあげた。
「だからね、部活に気合を入れるのをやめるの。努力しなくて練習でも中ってなければ、試合になんか出なければ、落ち込まずに済むもん。」
無理やり二人ににっこり笑ってみせた。二人に伝えてるというよりは、自分に言い聞かせるために声に出しているような気がする。
「でもさ、それってつまんなくない?」
玲奈がばっさり言った。
「試合で勝つ気ないなら、続ける意味なんてないじゃん。もう、そうやって決めてる時点で真綾は弱虫だよ。皆が期待してくれてるんだったら、結果がどうであろうと最後まで努力して―」
「あんたに何が分かんのよ!」
気がついたら、私は怒鳴っていた。
「あんたにこの私の苦しみ、分かる?努力しなければこんなに辛い思い、せずに済んだのに。頑張ったらさ、頑張った分だけ結果が付いてくるもんなんじゃないの?報われるものなんじゃないの?それにさ、知ってるよ、私が一番知ってるよ。私が弱いってことは!心も、勝負にも、何もかもに弱いよ、知ってるよ!でももう無理なの。限界なの。もうこれ以上、こんなに辛い思いなんかしたくないの!」
一息ついてみると、顔がもう涙でぐしょぐしょになっていた。その状態で、思いっきり玲奈を睨みつける。そんな私を、花蓮はあっけにとられたように見つめていた。長女のくせに赤ん坊みたいに暴れ散らかして八つ当たりしている私を、末っ子の玲奈が冷静に見つめ返していて、私はだんだんイライラしてきた。
「でもね、真綾、都総体まであと一か月なんだよ?真綾の人生のうちの一か月なんて、あっという間だよ。それに今努力しなかったら、絶対後悔することに―」
「あんたに努力する人の気持なんか分かんの?一回も何も続いたことないくせに。努力なんて、人生のうちで、一度だってしたことないくせに!」
ついに、ドカーンといってしまった。言った後、言うべきでないことを口にしてしまったことに気が付いた。明らかに玲奈は傷ついた顔をしている。その隣で花蓮も、非難するような目で私を見ている。
謝らないと、とは思いつつも感情が爆発してしまって、私はくるりと踵を返すと、階段をできるだけ大きな音がなるように踏み鳴らしながら登り、自分の部屋の扉をバタン、と閉めた。
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