14 懺悔と悔恨



 結婚したいなんてからかうのはやめて欲しい。

 24歳の年増で子連れで子供の作れない体です。

 そんなこと言われたら腹が立ちます。


 蹴ったの最初だけでしたが、いくら追い出してもあなたはめげませんでしたね。

 毎日、何度も押しかけてプロポーズ。


 「俺のほうが年上だ」

 「子供? ソーマいるじゃねーか」

 「あんたと暮らせんなら、なにもいらねぇ」


 ガサツ。だけど、言葉は優しさにあふれて裏がありません。

 貴族しかしらない私にとって、新鮮なタイプでした。

 いつしか、やりとりが楽しくなって、あなたが来るのを待ち望む自分がいました。

 心が傾いていくのがわかりました。


 だけど。


 私には言えない過去がある。失った人たちに申し訳が立ちません。

 結婚は無理だと告げると、シニロウさん、いいましたよね。


「それがなんだ。俺は孤児だ。過去はろくでもねぇし親の顔も知らん」


 見当ちがいな返答ですよね。飽きれて笑っちゃいました。

 数か月後。私たちは所帯をもちました。それがこの家です。


 この人といれば錬金術の隠れ蓑になる。

 あなたの愛を受け入れたのは打算です。ですが。

 この人ならいいかって思ったことも嘘ではありません。

 私は幸せ。すべてあなたのおかげです。


 そして皆さん。

 私だけが幸せになってごめんなさい。





 □ 〇 □ 〇 □ 〇 □ 〇 □





 夫。子供たち。家。

 マリアは何もかもを失った。

 自身の至らなさを激しく恨んだ。


「わ、私、こんども、なにもできなかった。彼も、子供たちも失ったしまった……〔修復〕」


 八つ当たり気味に錬金術を発動。家が元通りに直っていった。メイヤは「すごい」と大袈裟に喜ぶ。励ましのつもりだった。


「こんなことができたって」


 錬金術は創作する技。描いた錬成陣であらゆるものを産み出したり別の物に変化させる。貴族の魔術は戦いのなかで発達してきた攻防の技。


 戦う技でない錬金術とは土俵が違う。戦ったところで勝てはしない。マリアは痛いほど理解していた。


 メイラが頭を下げる。

 

「……申し訳ございません奥さま。アイツの鼻をあかして悦に浸ったせいです。バルバリを開き直らせグレンさまスイレンさまを奪われる事態を招いてしまいました」


 子供たちは、ハレルヤに似ている。とくにグレンは成長すれば瓜二つになるだろう。オスタネスの血筋を継いた顔立ちだから、バルバリが自分の子だと言えば疑う人はい。


 ヤツは弟を殺して首を持ちかえった。首を差し出し、潔い決闘で死んだと報告するつもりだ。証言は配下の者たちだ。

 伯爵は家督をバルバリに継がせるしかなくなる。完全勝利だった。


「許せない……あいつ。私自身も」


 マリアは唇をかみしめて泣いた。血で涙が赤く染まる。これ以上かける言葉は、メイラには見つからなかった。


 マリアは3日3晩、嘆きに明け暮れた。


 4日目の朝が開けたとき、彼女は「血の奇跡」におこった出来事を簡潔に話し、母の目が忘れられないと涙をぬぐった。


 その日から、彼女は錬金術の研鑽に明け暮れるようになった。


「錬成陣は設計図だけど、どうしてあんなものが必要なのかしら、誰かが図を見て組み立てる? 家を建てるように? それは誰? 自然? 空気? 木? 火? ちがうわよね。メイラはどう思う?」


 身重の身体で考えながら仮説を立てて実験する。錬金術の制約、魔術の制約、発動条件、速度の違い。

 メイラに精霊の力が枯れるまで魔術を使わせたり、ひとつひとつ、検証していく。


 ひらめくたび紙に記して実験。そしてそれは必ずといっていいほど失敗した。ぶつぶつ言いながら部屋に引きこもっては、アイデアが浮んだと悪はしゃぎして、次の検証へ立ち向かう。


 そんな繰り返しが半年以上も続いた。


「空気は自由でいいわよね。水だって形がなくて、どこまでも流れる。木はいくらでも伸びそうだし。私だけだわ不自由なのは。水にさせて」


 マリアの言動が徐々にまともでなくなっていることに、メイラは気づく。今朝はメイラの作った料理をつつきながら、空中の一点をみつめてる。


「お食べになってください奥さま」


「魔術は呪文よね? いったい誰が言葉を聞いて実現してるの? 精霊? 神様?」


 常識から外れた言動。焦点の合わない目つき。メイラは、根を詰めすぎたマリアの頭がおかしくなったかと不安に駆られる。


「きょうは休まれたほうがよろしいかと。お腹の子供にも障ります」


 何より、いつ生まれてもおかしくない。臨月を向えているのだ。


「そうだわ。違う。誰もいやしない。聞いてるのはメイラ。見てるの私なの!!」


 目の下にできた深い隈。綺麗だった顔は、まるで老人のようにヤツれている。


「……奥さま」


 バリバリに憑りつかれた彼女の頭にあるのは、錬金術による復讐。夜更けになっても寝むらず朝は早い。食事もろくに摂ろうとしない。夜更かしをして食事をぬくなど、もってのほかだというのに、いつもいつも、研究と称して意味のない言葉をノートに書き綴って、違うと破り捨てる。


「見ていて――」


 マリアは、凝視する空中に人差し指を置いた。またバカな真似を。トンボでもとるつもりか。哀れすぎる罵倒する気力もわかなくなった。


 マリアの指がくるりと動き、彼女にとって意味のある何かを描いた。


「〔水球〕」


 魔術の呪文のようで呪文とな異なる短い言葉を発すると、空中に水の球が出現した。思いもかけない出来事に、メイラは驚くしかない。


「……ウォーターボール? どうして」


 ふよふよ浮んだ水の塊の大きさは人の頭ほど。完全な球形ではなく、回転しながら形を変える歪な塊だ。魔術のウォーターボールは、生まれた瞬間から狙い定めた目標物に突進するが、この水球は、同じ位置に浮いたまま。


「できた……仮説が当たった……設計図を見てるのは私。ふっふっふ。発動の起点は錬金術者にあると考えたの。網膜に円を印象づけることができれば。場所を選ばないで発動……する……」


「奥さま!」


 マリアは笑みの表情で、ふらついた。睡眠不足の果て、理論の完成に安堵して、疲れが噴き出したのだ。立ったまま眠りこけそうになる体を、慌てたメイラが支えた。

 倒れはしなかったがマリアはお腹を抱えてうめいた。


「う……うまれる……」


「ええ? 早くベッドに!」


 二階には上げず、一階の空いた寝室に寝かせた。


「うぅ……でる」


「えーと。お湯に綺麗なタオルに……奥さま、いきって」


 出産は、何度か立ち会ったメイラだが、一人で取り上げるのは始めてのこと。助産婦さえいない。


「ふっふっヒー、ふっふっヒー、ふぐっ」


「頭が出ました! もうひと頑張りよマリア!」


 出産は二度目。双子のときが半日におよぶ難産だったことにくらべれば、1時間もかからずに産み落とせた安産だった。メイラの奮闘で産まれ第3子は、元気な男児だった。


「おめでとうございます! きっとすくすく育ちますよ」


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