第2話 イエナキオトコ


異界の地で不貞腐れたように地面に転がって半時、異世界召喚、何だか悪くない気がしてきた。


思い返すと前の世界に未練という未練がない。交流のある友達もいない。俺の奨学金を使い込んでいたギャン中の両親とはとうの昔に縁を切った。俺を知る人間といえばイビリの凄いパートのおばちゃん位だ、このまま俺が帰らなかったら土曜のシフトキツいだろうな、可哀想に。ザマァみろ。

とんだ人生だった、趣味の一つもなければ、金もない。借金返済の為の極貧生活、踏んだり蹴ったり、ラジバンダリ、はは、おもろ。


あれ、なんだろう頬の痛みは引いたのに涙が止まらない、なんだろう。


二十余年、積みに積み重なった負の遺産を精算出来たと思えば案外悪くないのではないだろうか、むしろいいまである。そんな風に柄にもなくポジティブシンキングし始めると


「──おい、にぃちゃん」。


頭の上から少女の、どこか危なげのある爽やかな声が聞こえる。声の方を見上げると琥珀色の瞳をした明るい茶髪の女がいた。


「にぃちゃんなにしてんの?」。


不思議そうな顔で公共の場で恥ずかしげもなく地面に寝転がるタモツを見下ろしている。

タモツは徐ろに立ち上がり土埃を払った。

「ちょうど今、セカンドライフに活路を見出していた所でね」。

「訳わかんね、ところでニィちゃん財布持ってない?」。

「はっ、少女よ、俺は鴨だがネギは背負ってない」。


タモツが小馬鹿にした様に笑うと少女は腰に携えたダガーナイフに手を置いた。


「ちょ、マジ勘弁してください」。


タモツはなれた手付きで財布を差し出し深々と土下座をした。黄金比、究極系のやつ。


「ごめんなニイちゃん、私も必死なんだ」。


地面に置かれたタモツのがま口財布を回収すると少女は軽い身のこなしで屋根に上り逃げていく。タモツは見えなくなるまで、その後ろ姿を呆然と眺めていた。


────治安悪すぎだろ異世界。


深々とため息を吐く。嵐のような女だ、嵐のように去っていった、財布をとって。


まぁ、中には7円とレシートしか入ってないけど。


給料日前日のフリーターの財布事情をナメるなよ、閑古鳥すら餓死してるからな。

情けない事を得意気にいう。立ち上がり膝についた土を払うと


「───災難だったのぉ、」。


弱々しい老人の声だった。声の方に目線を向けるとそこには、みすぼらしい身なりの男がいた。その男は髭をたくわえ、古びたコートにくるまれ、路地の片隅で寝床を見つけているようだった。


一瞬戸惑ったタモツは苦笑いを浮かべ、「あぁ、全くだよ。付いてない」と返事した。


「やれやれ」とため息をつきつつ、タモツはホームレスの隣に座る。


ホームレスはしばらく無言でタモツを見つめた後、やや哀愁漂う表情で言った。「人生、なかなかうまくいかんこともある。」


異界の地、どこか孤独な雰囲気に包まれていた。周囲からは冷たい視線が向けられ、自分を知っている人が誰もいない異世界で少しの孤独を感じていた。そんなせいか、ホームレスのような身なりの男には、心温まるものがあった。


「そうだな、山あり谷ありだ」。

 

タモツはその言葉に共感を覚え、微笑みながら頷いた。

「おい、若人、お主名前は?」。


「タモツ、アコガミタモツ」。


「そうか、わしのことはゲンさんと、そう呼ぶといい」。微笑みながらそういった。


───────────────


それから、ゲンさんはタモツに色んな話をしてくれた。今の生活、困難に立ち向かう方法、そして人々との交流についての話。ゲンさんは経験豊富な者として、タモツに多くの知恵と助言を分けてくれた。


少し打ち解けて、ゲンさんはタモツに微笑みかけながら言った。「茶ぁいるか?」


「丁度、体内の水分全部大地に吸わせた所だ」とタモツは答え、茶を受け取った。

ボロボロの湯呑みに黒い液体。知り合ったばかりのおっさんに渡されたものを口にするなんて衛生観念ばっちこいだが、礼儀として出されたものは頂こう。 

ゲンさんに対しても信頼が芽生え始めている。

タモツは恐る恐る湯呑みを顔に近づけ、茶を啜る瞬間、これまでに経験したことのない奇妙な味がタモツの舌を襲う。驚いたタモツは、言わずもがなの問いを投げかけた。


「何で淹れた茶?」とタモツが尋ねると、ホームレスは謎めいた微笑を浮かべて応えた。


「困難に立ち向かう勇敢さや決断力を象徴するもの、逆境を乗り越える不屈の闘志の象徴とでも言うべきか」。


ゲンさんの真剣な面持ちに思わずつばを飲む。


「それでこれは一体何の茶なんだ?」。

タモツも場の空気に飲まれピリ付いた雰囲気を出す。







「────わしのクソ。」



「ヴォエ!!そこになおれクソジジィ!!」。






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