第47話 自由人と雨デート
「完全に梅雨だな」
「雨季みたいな感じだよね?」
「そんな感じだな。多分」
外は大雨。暑い上にジメジメとしているので、部屋は除湿を掛けていた。
そんな中、シャルは窓から外を眺めながら目を輝かせている。
「日本の梅雨って初めてだからなんかわくわくしちゃう」
「……梅雨を梅雨として楽しむ人、中々珍しい気がする」
「そう? 雨って素敵じゃない?」
雨、か。低気圧で体調を崩す人も居るし、気分が落ち込むという人も居る。
……まあ、俺はそういうのはないな。
「俺は嫌いじゃないな」
「じゃあ私と居たら楽しくなるね」
「自己肯定感の鬼。正しいんだけども」
雨の中だろうと楽しくなるんだろうな。シャルと一緒なら。
「よし、じゃあ散歩でも……いや。デートするか?」
「うん! 行こ!」
手を差し出すと、きゅっと掴まれる。
そして、俺達は出かける準備を始めたのだった。
◆◆◆
雨なので人通りは少ない。その代わり車が多くなっているので気をつけなければならないが。
「いつもより暗い雰囲気。雨の匂い。元気な花達。――うん、良い。楽しいね」
「そうだな。凄く良い」
シャルと居ると楽しい。視野が広がったように思えて。
……言葉にはしないけど、俺はこんな風に楽しそうにしているシャルを見るのも好きだ。
「ねえ、テオ。どこ行こっか?」
「……公園の様子、見に行きたいと思ってる。公園というか花だな」
「いいね、公園。雨の日の公園って楽しそう」
誰も居ないはずだが……それも承知の上だろうな。
「よし、じゃあ行こう、シャル」
「うん!」
――しかし予想通り、まっすぐ公園に着く事はなかった。
「見て、テオ。あの木、鳥が雨宿りしてる」
「テオ、これって紫陽花だよね? ここに咲いてたんだ。気づかなかったな」
「ふふ、おっきな水たまり。気をつけてね、テオ」
本当に――何をするにも楽しそうで。いっしょに居ると本当に楽しい。
「やっぱり雨の日は猫ちゃん居ないんだね」
「きっとどこかで雨宿りしてるんだろうな」
雨の日ってこんなに楽しかったっけ。……シャルといっしょだからこんなに楽しいんだろうな。
「あ、かたつむり」
「危ないからあんまり触らないようにな」
「大丈夫。寄生虫とか凄いから触らないようにって小さい頃お父さんに注意されたから」
「もう注意されてたか」
「でもちっさいね。私が見たかたつむり、もっとおっきかったよ」
彼女は見るもの全てが新鮮なようで……実際新鮮なんだろうな。
「あ、公園だったね。急ごっか」
「いいよ、別に急いでないし。俺も楽しいから」
そう返すと、彼女は嬉しそうに。楽しそうに笑う。
きゅっと小指を絡めてきた。手をつなぐと雨で濡れてしまうから。……これでも濡れるには濡れるけど、気にならない程度だ。
「分かった。じゃあ色んなの見ながら行こ」
「そうしよう」
――雨の音。車の音。水を踏む音。
彼女と一緒なら、その全てが新鮮なように思えたのだった。
◆◆◆
「大丈夫そうだな」
「水のやりすぎとか分かるの?」
「なんとなく、だけどな。雨が続く日は水やりも制限してるし、多分大丈夫だと思う」
花壇を見る限り、花は元気そうで
大雨が続くようなら相談しておかないといけないが、今のところは大丈夫だろう。
「それにしても、雨の日の公園ってほんとに人居ないね」
「まあそりゃな。この雨なら砂場も滑り台もぶらんこも出来ないだろうし」
「それもそっか。……でも、公園を二人占めしてるみたいでこれも悪くないね」
シャルに言われて周りを見渡す。
公園には誰も居ない。車の通りも少なくて、ただポツポツと水たまりがあるのみだ。
「五年前なら傘をほっぽり出して遊んでたかな」
「シャルならやりかねんという思いが」
「ふふ、今やったら大惨事になっちゃうからね」
今日のシャルは薄いシャツにショートパンツとラフな組み合わせである。こういう格好好きだからな。それに今日は暑いし。
……しかし、その格好は雨で濡れたら大変な事になる格好でもあった。
「き、気をつけてくれよ?」
「大丈夫だよ。テオ以外に見られたくないし……いざとなったらテオにくっついて歩くからね」
「それは大丈夫とは言えないと思う」
外でも理性をゴリゴリ削るつもりかと思っていると――シャルが周りをきょろきょろと見回していた。
「……公園、誰も居ないね」
「シャル? シャルさん? 何を考えてるんだ?」
「大丈夫大丈夫。健全なやつだから」
「シャルの健全ラインって全裸かどうかだから全然信用出来ないんだけど」
くすくすと笑うシャル。
そして、彼女の綺麗な顔が近づいてきて――ちゅっと、軽いリップ音が鳴った。
「ね? 健全でしょ?」
「……そうだな」
「ついでに手出して、テオ」
パラパラと雨が傘に当たる音が響く。少しの後、俺が手を差し出すと。彼女に手を握られて。
普段とは少し違う――しかし、むにゅりとした柔らかな感触に手のひらが支配された。
そして同時に、彼女の手が俺の胸の上に置かれる。
「……健全?」
「健全だよ。ほら、前話した……私も意外とドキドキしてるんだよ? ってやつ。確かめる良い機会だし」
シャルに言われて気づく。その幸せな感触の奥から、ドクドクと早い心音が聞こえていた。
「おっきいからわしっと行かないと聞こえづらいんだよね」
「……心臓の音ならもう少し上の方でも良い気がするんだが」
もっと上の胸の間とか聞こえやすいだろう、と思っていると。シャルが小さく呟いた。
「だって、テオに触って欲しかったんだもん」
その声は雨の中でもしっかりと聞こえた。
同時に、ぞわりと心を撫でられたかのような感覚に襲われる。
「あ、テオの心音早くなった」
「……」
「……ここも。ふふ。動けなくなっちゃったね、テオ」
それら全てが見透かされていて、楽しそうに輝く彼女の瞳から逃げる事も出来ない。
「誰も居ないよ、周りには」
「……ダメだ。外では絶対。あと、今日はそういう日じゃないから」
単純に犯罪であり――外でそういう事を一回でもしてしまうと、歯止めがきかなくなるのが目に見えていたから。
「ふふ、そっか。残念。じゃあしばらくここで待とっか」
「……ありがとう」
「私が原因だからね。もうちょっと揉んどく?」
「や、やめとく」
思えばずっと彼女の胸に触れていた。
どうにか……むりやりそこから手を引き剥がし、彼女から目を逸らす。
「次はどこ行こっか?」
「……ご飯、食べに行くか。散歩でもしながら」
「おっけ。散歩しながらね」
それから俺達は……五分ほどしてから公園を出た。
雨はまだまだ止みそうにない。
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