第8話 初登校です

「――みなしゃんはじめましてっ! わたしは矢野ラレアと申しますっ!」


 週明け。

 ついにラレアが我が高校に降臨した。


 朝のホームルーム。

 俺が所属する2年1組教室の教壇で、黒セーラー姿のラレアが意気揚々と自己紹介を行っている。

 

 ラレアよ……とりあえず変なことは言わないようにな?


「わたしはこのたびママの再婚により日本にやってきましたっ。そこに居るタクミはわたしのおにいちゃんだったりしますっ!」


 ――えぇ!

 ――マジ!?

 ――うらやま!


 と注目が集まってきたので、俺は「うっす……」と軽く何度か会釈する。

 兄妹であることは別に隠さない、というかラレアの振る舞いを考えれば隠す方が難しいと考え、普通に明かしていいぞと伝えていたのでこれは予定調和と言える。


 ラレアの自己紹介が続く。


「マイフェイバリットジャパニーズフードはナトゥーとジャロ系ラーメンですっ」


 無難な自分語りいいぞ。


「それと、日本と言えばやっぱりアニメですよねっ。マイフェイバリットジャパニーズアニメはハスムカイのトロロですっ」


 となりじゃない上に食べ物になってるんですがそれは。


「シーフードさんも好きですっ」


 言わんとしてるアニメは分かる。


「ドゥルルもんもサイコーだと思いますっ」


 すげえ巻き舌だな。


「あとは金曜道路ショーで天空の城が放映されたときにみんなでバーモント! って呟く日本のX文化は素敵だと思いますっ!」


 カレーのCMかな?


「ちなみに座右の銘はインガオホーで、将来の夢はお嫁さんですっ。よろしくおなっしゃっしゃす!!」


 最後に盛大に噛んでしまったものの、可愛い外国人美少女がそんな挨拶をしたら当然ながら人気が出ないわけがなく――


 ――ラレアちゃんどこ出身なの!?

 ――肌めっちゃツルツルでぷにぷに!

 ――お人形さんみたい!

 ――飛び級ってマ!?


 朝のホームルームが終わったあとの休み時間、ラレアは女子を中心に取り囲まれ始めていた。


「まぁ、ああなるわよね」


 さもありなんと言わんばかりに、眞水が俺の傍にやってきた。


「くっそぉー、あんな美少女が妹になったってマジかよー! 羨ましいなぁチクショウ!」


 友人のイガグリが俺に軽くヘッドロックを掛けてくる。

 そんなイガグリを昔やってた合気道でいなしながら、


「お前みたいなのが絡んでくるから楽しいことばかりでもないけどな」

「ちっ、嫌味かよ巧己! あんな義妹が居たら何があっても楽しいに決まってらぁ!」

「まぁな、それは否定しない」


 ラレアが来てからというもの、俺の生活には確かに彩りが生まれている。

 夜一緒の布団で寝るのだけはどうにかして欲しいところだが、一緒に暮らす上でそれ以外の不満はない。


 そう考えていると――


「――おにいちゃんっ!!」


 女子の群れを掻き分けて、ラレアが困り顔で俺のもとに駆け寄ってきた。


「みんないっぺんに話しかけてきて困りますのことですっ! わたしショートケーキタイシじゃないのに!」

「聖徳太子な!」


 なんで逸話は知ってるのに肝心の名前を覚えてないんだよ。


 ――おにいちゃんだって!

 ――かわいい!

 ――矢野くんいいなあ。

 ――矢野って結構おにいちゃん感あるよね~。


 一方で、女子連中が俺のことも話題に上げていた。

 ラレアの影響で俺にまで注目が及ぶらしい。


「ふんっ、今更巧己を注目し始めるなんてみんな遅いのよ私は幼稚園の頃にはもう巧己という男の子の良さに気付いていたわアレは私が5歳のときのことよ転んで泣いている私に巧己が近寄ってきて小さな背中でおぶって家まで連れ帰ってくれたのがすごくカッコよくてねそれ以来私はもう巧己以外の男の子には絶対に――」


 ――眞水の矢野マウントがまーた始まったよ……。

 ――そんだけ語るのに好意自体は否定するからイミフ……。


 ……眞水が周囲に呆れられていた。


 一方で男子たちが――「ラレアちゃん彼氏居んの!?」「LINE教えてっ!」などとアプローチし始めていたので、お前ら散れっ! と一喝してやったのは言うまでもない。


   ◇


「――おにいちゃんっ、わたしぶかつがやりたいですっ!」


 放課後。

 帰り支度を整える俺のもとにラレアが近付いてきた。


「部活?」

「うぃっ。放課後にかけがえのない仲間とトゥギャザーしてなんらかの活動に耽ることこそ、日本におけるアオジルというモノではないでしょうかっ」


 多分アオハルって言いたいんだと思う。

 ともあれ、


「部活かぁ」


 ラレアがやりたいならそれを止めようとは思わない。

 しかしラレア単体で自由にやらせるのは怖い。

 トラブルがないとも限らんし。

 だからラレアが部活をやるなら俺も一緒に所属すべきだろうな。

 長年帰宅部のエースを務めてきた俺だが、いよいよ引退のときが来たのかもしれない。


「ちなみに何部に入りたいんだ?」

「迷いの心ですっ」

「運動部と文化部なら?」

「ぶんけぶ!」

「じゃあ文化部棟の見学でもしてみるか?」

「します! 行きましょう!」


 そんなこんなで、俺とラレアは文化部棟へ。

 眞水は塾なので一緒じゃない。

 

 そんな移動のさなか、背後を振り返ってみるとラレア目的の野次馬男子が大量に付いてきているのが、なんともうーんって感じだった……。


「……なあラレア、ああいうのイヤなら言えよ? 俺が朝みたいにガツンって言ってやるから」

「へーきですっ。それにああいう手合いはこうすれば居なくなったりしませんかねっ?」


 ――むぎゅ。

 と、ラレアが俺にくっついてきた。

 俺の腕を抱いて、豊満な胸を押し付けてくる感じで。


「お、おい……」

「えへっ。わたしは家族のおにいちゃん一筋ですよって分かってもらえれば、男子たちは諦めて散っていくはずですっ」


 ちらりと背後を窺ってみると、野次馬男子たちは「うあああああ!!」「クソがああああ!!」などと叫びながらその場で四つん這いになって地面を叩いたり頭を抱えたりしていた……。

 そこに混じってイガグリが「くそぉ! くそぉ!」と仰向けに寝転がって悔し涙を流していて何やってんだよと思ってしまう……。


「これでだいじょーぶですねっ。行きましょう!」


 意気揚々と文化部棟に再出発するラレア。

 果たして大丈夫なんだろうか……俺、無駄に男子のヘイト集めただけじゃない?

 

 しかも依然としてラレアが俺の腕を抱いたままなのがちょっと良くない。

 こういうスキンシップをされたら好きになっちゃう。

 深呼吸。

 落ち着け巧己。

 相手は妹、義理だけど妹。


(……よし)


 気を取り直して、ラレアをそっと引き剥がして隣を歩く。


 さて……改めて文化部棟へレッツゴー。


 はてさて、ラレアは一体何部に入ることになるんだろうか。

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