第3話 金メッキに騙されて

あの騒動から翌日。


 俺は朝の支度をしながらテレビを観ていた。どのチャンネルに切り替えても、昨日の事は幸いな事にニュースにはなっていないので大事にならなかったみたいで安心した。きっと周りの人達がなんとかしてくれたに違いない。昨日の俺はどうかしてたんだ。まぁ、今日の俺も相当どうかしてると思うが……


 何故なら、俺は昨日あんな事があったのにもかかわらずまたバリバリにフルメイクで女装しているのだから。

 正直、今の俺の行動は自分でも驚いている。あんな事があった翌日に女装してるなんてどう考えても正気の沙汰じゃない。

ただもう一度だけ……もう一度だけこの姿で街を歩いてみたくなってしまった。


あの時、本当に俺が女装をした男ではなく、女性として扱われたあの瞬間をもう一度だけ味わいたくなった。昨日の様な事態にもう一度になってしまったとしても俺は…………


 この時俺が女装をしなければ未来はきっと変わっていた。この日を境に俺は女装の魅力、いや女装の呪いに取り憑かれ取り返しのつかない決断をすることになる。


 ここでドラマならオープニングが始まるに違いない。きっと、物語の主要人物が紹介と共に音楽に合わせながら踊り出すんだ。最終的にはみんなが集まりタイトルテロップが現れドラマが始まる。



 そして俺は再び街をこの姿で歩いている。


 今日は昨日行った場所よりもっと人通りが多い場所にいる。この姿でいるのはきっと今日が最後。


 いや、絶対に今日が最後にする。


 昨日より余計目立つ場所に行くなんてどうかしてると思うかもしれないが自分自身も可笑しな事をしている自覚はある。だが、今日を最後にするからこそやれるところまでやってやろうと思ったのだ。今日も昨日と同じく周囲の視線が凄く集中している気がする。気のせいだと思いたいがきっとそんな事はないのだろう。明らかに俺は目立っている。


 さて、今日は無事に帰ってくる事が出来るのだろうか?


 街に出てから1時間程経った頃。相変わらず周囲の視線が騒がしい。だが俺も慣れてきたのか、その視線も気になるどころか少し嬉しく思っている自分もいた。


 そんな時一人の男が俺に話しかけてきた。その男は高級そうなスーツを身に纏い昨日出会った二人の男とは全く違う雰囲気を醸し出している。


「突然申し訳ない」


 すると、いきなり俺に金メッキで出来た派手な名刺を渡してきた。俺はそのド派手な名刺に戸惑いながらその名刺を確認する。


 名刺には、|芸能事務所ELDRESSエルドレス社長 間宮 暁


 俺は、驚き度肝を抜かれた。たしか、ELDRESSといえば超一流モデルや国民的アイドルなどの女性だけが所属している大手の芸能事務所のはず。その手の事に詳しくない俺でもわかるくらい有名な事務所だ。


 そんな売れっ子芸能人を多数抱える事務所の社長が何で俺に?しかも、周りを見た感じ護衛や秘書のような人間も見当たらないがまさか一人で来てるのか。


「突然だが私の事務所の専属モデルになってもらいたいと思っている。ちなみに拒否権はないからそのつもりで」


 俺はいきなりの事で戸惑った表情を見せてしまう。


 え、これってまさか俗に言うスカウトってやつなんじゃないか?。普通の人なら喜ぶ出来事なのだろうが俺は別だ。


 だって俺は女じゃない。


 男の俺が女性だけが所属している事務所にスカウトだなんて喜べる訳が無い。社長は拒否権は無いと言っていたが男の俺には断る選択肢しか無い。


「あの、申し訳ありませんがこの話断らせ………」

「これは前金だ。ちなみに一千万ある。もちろん返す必要は無い。君なら正式に契約すれば余裕で倍以上は稼げるはずだ」


 ケースに入った大量の札束を見て思わず言葉を呑んでしまった。だってこんな大金今までで一度も見たことがない。

普通に生きてたらまず無理だろう。

しかも街中でこんな大金見せて大丈夫なのか?ほらほらみんな見てるよ。

あのおじいちゃんなんか驚いて入れ歯取れちゃってるし。まずい、周りがザワザワしてきた。


「流石にこの場ではまずいか。明日私の事務所に直接来てくれ。詳しい話はその時に。あ、事務所の場所は自分でググってくれ」


 そう言うと開けていたケースを締めこちらの意見を聞く間も無くその場を立ち去った。


 俺も周りの視線が気になりそのまま急いで家に帰る事にした。

 家に帰って一時間ぐらい経っただろうか。ちなみに女装の姿だ。俺は家に帰ってからずーっと鏡を見つめている。まさに白雪姫に出てくる魔女が鏡に問いかけている様だ。


「鏡よ、鏡。俺はこの世の女性の中でも一番美しいのですか?」


 もちろん鏡からは何の返事もしない。

 

 当たり前だ。


 だって普通の洗面所の鏡なんだから。こんな質問に意味は無い。俺より綺麗な女性なんて星の数ほどいるに決まっている。そんなの分かってる。そもそも俺は普通の男でただ女装しているだけなのだから。さらに今の俺は普通ですらなくなっている。超大手芸能事務所から女性としてスカウトされているのだから気もおかしくなるし、鏡に問いかけたくなってもきっと不思議じゃない。


 そんなにまで考え込んでしまうのなら、断ってしまえばいいだけの話であってそもそも明日、事務所に行かなければこんな事で悩む必要もない。

 でも、どうしたって頭の中からあるものが忘れられない。


 金だ。あの一千万がどうしても忘れられない。


 今の俺の貯金は当然底をついている。

正直、今月分の家賃は愚か今日の食費すら怪しい状態だ。そんなになるまでこの女装に夢中になっていたのだからどうかしている。ただでさえ貯金の殆どを詐欺師に持っていかれてるのだから生活自体は元から苦しかった。今までは何故か残されていた少しの貯金を切り崩しながら何とかしようと思っていたが、この女装でその貯金さえもほぼ使い切ってしまった。

そんな今の俺にはその一千万は喉から手が出る程、いや、身体中から多数の手が出てきてしまう程欲しいくらいだ。今の例えは分かりづらかったかもしれないがとにかく訳が分からなくなる程欲しいのだ。


 でも、その一千万を手に入れるということは、自分が男である事を偽り女性として芸能界という少し変わった表舞台に立つ事を意味する。それは茨の道というより、もはや道ですらない獣道を歩く様なものだろう。


 もしも、俺が女装をしているとバレればきっと炎上間違いなし。炎上どころかきっと社会的に俺は殺される…………とにかく、どんな事があってもバレる訳にはいかない。


 それでも俺はやるしかない。何故なら今の俺は女装をやめられる気がなさそうだからだ。

 

 別に金に目が眩んだわけじゃない。。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る