第47話

「この記事は、先日偶然羽鳥さん達と会った母がずっと持っていた記事です。母はずっと羽鳥さん達を探していたようです……」


 そう告げ、自分はその場に跪く。


「おい、何やってるんだ健吾」


 その問いには答えず、自分は両手を芝生の上に突くと、頭を下に下げようとした直後、羽鳥はとっさに片手を掴み、無理矢理立たせる。


「健吾、何する気だ!!」

「何…… ははは。今の俺にはこんな形で謝るのが精一杯……」

「健吾っ」

「でも…… どうしたら許してくれますか…… 何をすれば俺は償う事が出来るんですか……」

「許す? 償う? そんな行為は無用だ!!」

「無用? 俺は、羽鳥さんのお兄さんを殺してしまったんですよっ」

「それは違う」

「違う訳ないじゃないですか!! 現にお兄さんは……」


 思わず叫ぶと共に、溢れそうな涙を堪えながら彼を見る。すると羽鳥は複雑な表情を浮かべると空いてる手で無造作に頭を掻いた。


「確かに今兄はいない。淋しい思いをしていないといえば嘘になる。だからといって、健吾に謝って、償いをしろと言うつもりは毛頭ない。そんな事を言ってみろ、自分の方が兄に怒られる!!」


 しかしそう言ってくれたとて自分には到底鵜呑みにできる話ではなく、俯き歯を食いしばる。すると羽鳥は一回溜息を吐いた。


「兄は当時から活発で、正義感の強い人だった。だから、溺れている健吾を見つけ、助けなければと思い行動に移し、全力を尽くした。兄が助けたかった人が助かったんだ。それはそれで自分はうれしい。それに、こうやって会えたのも兄が呼び寄せたのかもしれないしな」

「でもっ!! これではあまりにもお兄さんがっ…… 周りがいくら俺を責めずにいたとしても自分自身が許せないん…… です……」

「健吾…… そこまで言うなら、どうか兄の事を忘れないでいてほしい。兄の人生は人より短命ではあったが、兄がそれでもこの世で精一杯生きていた事を覚えておいて欲しい」

「羽鳥さん……」


 すると今まで掴んでいた自分の手を開放すると、羽鳥は一部視界開けた場所から、プール場を見つめる。


「自分も幼少期の記憶は曖昧な所があるんだが、唯一鮮明に憶えている事がある。それはあのプール場を兄とよく来て遊んだ記憶でな。もし、自分が兄と同じ境遇に見舞い、この世に生が無くなった仮定した時、自身を忘れられるのは淋しく感じたんだ。それは裏を返せば兄もそうなのかもしれないと。だからせめて、思い出の場所で自分が働き、不意に当時の事を思い出せたりしたら兄も喜んでくれるであろうと思ってな」

「あのプール場で…… お兄さんと……」


 ゆっくりと視界を羽鳥と同じ場所に視点を移す。


「羽鳥さん…… わかりました…… 俺忘れません。羽鳥さんのお兄さんの事」

「おう。よろしく頼む。兄もきっと喜ぶぞ」


 そう言い、彼がいつものように豪快に笑う姿に、少しだけ自分の顔が綻ぶ。そして示し合わしたように再び夕日に照らされ水辺がキラキラと反射するプール場を見つめた。


 山の斜面に綺麗に整備された墓石達。流石に中腹あたりに作られている為、眼下は街を一望できる。非常に眺めの良い場所だ。また、今の時期はお盆のまっただ中である。多くの人が墓参りに来るおかげで、日頃はモノトーン色に統一されている一体が、色鮮やかな空間へと変わっていた。そんな墓石の一角。またそこも綺麗な花が飾られた墓碑に線香を手向ける為、自分と母は赴いていた。先日自分が羽鳥と話をしたことにより、互いの家が各の状況を知るきっかけとなったのだ。その際、もし許されるのなら墓参りをさせて欲しいと申し出た所、それを羽鳥家の方が快く承諾し、今こうして、17年の年月を経て命の恩人と対面している。そんな状況でもあり、母は終始瞳を潤ませていた。


「本当にこんな境遇にも関わらず、お墓参りまでさせて頂いて。感謝の言葉しか出てきません」

「いえ、来て下さってありがとうございます」

「でもこんな偶然ってあるんですね」

「本当にそうですね」


 線香をあげ終わった二人の母親は、自分等が墓石に線香を手向ける背後で、しみじみと話していた。そこに、手を合わせ終わった自分達も合流する。


「きっと兄も喜んでいるぞ、健吾」

「そうだとうれしいですけどね」

「よし、じゃあ俺達はこれでもう行かないとな。お昼休みが終わってしまう」

「そんな時間ですか!! じゃあ急がないと。お袋俺行くけど」

「分かった。私はもうちょっとここ居るわよ。羽鳥さんのお母さんに車で乗っけてもらうことになってるから。それで帰るわね」

「貴方達。二人共自転車だから、帰り坂急だし気を付けなさい」

「うむ、分かった。じゃあお袋も車気を付けてくれよ。人の乗っけていくんだから」

「分かっているわよ」


 そう言うと、自分等は足早にその場を後にし、墓地園入り口に停めていた自転車にお互い跨がると、目的地である市民プール場まで、軽快に走り出す。先程、羽鳥の母が言ってはいたが、坂が急でなかなかのスピードが出てしまう。が、夏の暑さの中では、すこぶる爽快なサイクリングとなっている。勿論、そんな道のりということもあり、帰りは行きの半分ぐらいの時間で、戻ってくることが出来た。お陰で、午後の開始時間に少し余裕で到着し、着替えを済ませると、サークルルームで昼休みをする面々と合流した。


「お疲れ様です。さっきいきなり二人いなくなったと思ったら、出てたんっすねーー で二人でどこ行ってきたんすか?」


 梶山が自分等の姿を胡乱な目つきをしながらニヤリと笑う。その表情に思わず苦笑を浮かべた。


「いやーー どこっといっても……」

「兄弟に会ってきたような感じだな」


 いきなり羽鳥があっけらかんとした表情で思わぬ発言が飛び出す。


「兄弟??? どういうことだ健吾」

「た、大河さん、いや、そのっ、ちょっと待って下さい。羽鳥さん!! その直接すぎませんか…… 皆さん混乱しますから」

「兄弟? 何故?」

「えーー 何でだよ俺も会いたかった」


 次々と出てくる様々の声に反応がついていけない。すると、羽鳥がいつもの豪快の笑いを見せる。


「そうかちょっと説明が足りなかったか。どうやら健吾が自分の兄の古い友人だったようでな。今、お盆中だし、墓参り行ったという感じだ」


 彼の『古い友人』という言葉に思わず涙ぐみそうになってしまったが、それを隠すように笑みを浮かべる。


「御影さん。最初にそういう説明してくださいよ」

「おうそうか剛。皆もすまんすまん」


 すると周りの皆がなんだと言いだけな笑いが起こり、一階フロアにその声が響きわたった。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです

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