ニッケルオデオン蟹

かにミサイル

感傷 お題:生かされた村 必須要素:ヘッドホン

沢村一佐さわむらいっさのヘッドホンの中には村が二つあった。

右側に一つ、左側にもう一つ。彼がそれに気づいたのは音楽を発するスピーカーの奥から声が聞こえたからだ。声は度々、沢村に助けを求めた。農耕の方法、物々交換の不満。沢村はその都度、スマートフォンでそのことについて調べ、農具について、硬貨について、彼らに助言を与えた。


いつからか沢村は二つの村から神と崇められていた。しかし、沢村はある時から始まった異変に悩んでいた。彼らはヘッドホンのつるの土地について争い始めたのだ。


どうやらその土地は豊かで農耕をするにはとても適していると右の村長から聞いた。沢村はヘッドホンを手に取り、つるを一度撫でた。プラスティック製だった。やがて彼らは沢村の教えた鍬や鎌で殺し合いを始めた。


そして彼らの声はどこからも聞こえなくなった。沢村は再び静かになったスピーカーから音楽を流し始める。壊そうと思えばいつでも壊せた。そんな安物のヘッドホンだった。


沢村はいまでもそのヘッドホンを使い続けている。ひょっとしたまた彼らの声が聞こえる日が来るのかもしれないと。信じ続けて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る