しゃるうぃーだんす?

 バルコニーから戻ったわたくしは、いつの間にやらまた囲まれているヴィアナ王女とエイリルの元へすたすた歩いて行った。

 話しかけてこようとする有象無象はいるが、さっきまでの社交辞令モードは解除したので、おまえらに構ってる時間はないとばかりにあしらっていく。我辺境伯令嬢ぞ?あ、これ悪役令嬢っぽいかも。


「またずいぶん集られたわね、エイリー」


「ベル……猫を被るのはもうおしまいなのですか?」


 挨拶に訪れていた、たぶん二年の伯爵令息を視線の圧でどかせば、我が親友は肩をすくめて苦笑した。


「料理は美味しかったかな?」


 私がバルコニーに出たことくらいはわかっているだろうに、わざわざそう聞いてくるあたり、王女殿下は意趣返しがしたいらしい。

 残念だったな。私はあなたと仲良くなる覚悟を決めてきたんでね。


「ええ、ヴィアナ殿下。お肉や魚はもちろん、パイとタルトがとても美味しかったわ」


 呼称はそのままに、敬語を取り払う。素でいいって言われたしな。咎められたら開き直る予定。

 果たして王女は、目を見開いている。だいたい貴族連中は微笑で感情を隠すものだけど、この驚きは見せているのかね?いや、まあたぶんびっくりして取り繕えてないだけかもな。王族とはいえ、堅苦しいのが嫌いそうだし。


「ベル……」


「いいじゃないエイリー。ここはなんでしょう?」


 華麗なる手のひら返しに頭を抑えるエイリル。はっはっはっ、ごめんね?

 まあ、彼女には後でそれとなく事情を説明しよう。マナリア公が暗殺に一枚噛んでたらおしまいだけど、そこは信頼関係ってやつだ。


「ふふふ……あはははっ!ふふ、はははは。やー、君、すごく面白いねえ、キンベリーちゃん」


「お褒めに預かり光栄ね」


「バルコニーで逢引きしてた男の子の入れ知恵?王女様とは仲良くしとけーって」


「まさか。あれはむしろ、私があなたと仲良くなっていなくて安心していたわ」


「へえ?これまたなんでさ」


「さあ?なぜだと思う?」


 嘘は言ってないけど、これ以上言うわけにはいかない。本人に「あんた暗殺されるよ」って言っても、信じてもらえないどころか、どこから仕入れた情報だとか、おまえが計画してるんじゃないかとか、面倒なことになる可能性の方が圧倒的に高い。


 じゃあなんでこんなことを言ったかといえば、グラスノウを巻き込むためだ。さっきはああいう別れ方をしたけれど、彼の持つ知識は大きい。王女から彼に接触する機会を作っておけば、否が応にも関わることになるだろう。


「私にすり寄る人はいっぱいいる。私を嫌って、疎む人もいる。でも、避けたくせに手のひら返して、媚びるわけでもなく開き直ってるような人は、君が初めてだよ。キンベリー」


 よし、おもしれー女作戦は概ね成功したな。あとは、学園内でも頻繁に接触できるくらい仲良くなって、暗殺の心当たりを聞いたり、それとなく身を守る手勢を増やしてもらったりできればいい。


「でも、面白いと感じているかどうかと、実際に信じるかは別だよ。私、これでも王族だからね」


「ヴィー殿下、ベルはちょっと外れたところがありますけれど、頼れる方ですわ」


「まあ、ちょっと外れてる自覚はあるわね。いいのよエイリー、王女殿下は私が本当に役に立つのか、自分の駒になるのかを知りたいんでしょう?当然のことよ」


「そこまで露骨に言われると、ちょっと肯定しづらいんだけど……」


「役には立つわ。ヴィアナ王女なら知っているでしょうけれど、治癒には自信があるの」


「そう、それだよ。キンベリーの治癒魔法……実演することは可能?」


 実演ときたか。治癒魔法というからには、怪我がないと使えないことは──まあ、わかってて言っているんだろうな。

 私たちは会場の中でも遠巻きに注目されている。衆目の中で、行使対象を用意し、魔法を使うところまで含めて試験ってことか。


 ふーむ。一番早いのは火魔法の代償で燃え落ちた髪を再生すること。次点で燃やした皮膚を治すこと。前者は地味だし、手品みたいに見えなくもない。後者は痛いから嫌なんだよなあ。

 それに、私は正直、自分のできることを貴族の令息令嬢どもに実際に見せたくない。噂に聞く聖女というだけでは、辺境伯の看板もあって遠巻きにしている連中も、自分の目で怪我の治療を見たとあれば、わらわらと私を囲うために近づいてくるだろうから。


 と、なるとだ。


「では、ヴィー王女殿下」


 先ほどまで使わなかった愛称を呼んで、一歩近づく。

 つま先まで神経を集中させて、華麗にカーテシー。ちょっと上目遣いで、左手を胸に、右手を差し出す。


私と踊ってくださいますかshall we dance?」


 治癒魔法の実演とダンス、なんの関わりがあるの?と思うだろうが、まあ見ておいてくれ。私にも考えはある。

 ヴィアナ王女が手を取ってくれるかが肝だけど、キンベリー、超絶美少女だからな。私の上目遣いの火力は火魔法を超えるぜ(お父様談)!


「……どういうつもりなのかは、わかんないけど。いいよ、乗ってあげる」


 心なしか顔が赤いな。ふっ、顔面は正義。


 さて、ダンスタイムだ。

 私の中のキンベリーとしての記憶において、ダンスは学問の次に大きな比重を持つ。

 土地柄、社交界に出る時期が遅れるため、誰よりも優雅なダンスで田舎者と言う評判を黙らせることを目的に、お母様と家庭教師と一緒に猛特訓したからだ。

 女性パートはお墨付きをもらい、軽く踊れる程度だった男性パートも、エイリルと出会ってからは積極的に練習に励んだため完璧。私に死角はない!

 嘘。セーラー服で社交ダンス、側から見たら結構滑稽かも。ええい知ったことか!


「それでは、エスコートさせていただくわ、お姫様」


「いつまでも余裕ではいさせないからね」


 私たちの身長は同じくらい。手を取って、普通にリードするだけでは格好がつかない。

 ならば右腕は高く、左腕は腰へ。後屈手前まで上体下げましょうねー。王女柔らか!?


 緩やかなステップ。ターンの瞬間は体を起こさせ、ふわり、くるり、会場を舞い踊る。流れるワルツは、練習の時に何度か聞いたもの。慣れてる。


「ヴィー王女」


「なにかな?」


 普通に踊るよりも大変な体勢をさせてしまっていると思うのだが、全く息が切れていない。というか、体感がブレない。

 だけど、いいやだからこそ、予想は確信に変わった。


「右脚太腿から膝にかけて、怪我をした経験は?」


「……!?」


 治療のために兵士をたくさん診ていると、怪我の庇い方みたいなものが、なんとなく見えてくる。片方の足が痛む時は、もう片方の足に体重がかかるし、腰を壊すと腕や肩に負荷をかけがちだ。

 ヴィアナ王女殿下の所作は、王族らしく完璧だ。見抜ける人はまあまずいないだろう。私もこうして一緒に踊るまで予想でしかなかった。


「右脚を軸にしたスピンのときだけ、一瞬体幹がブレてる。タイミングを選べる時、必ず左でステップを踏む。動きやすさを重視した制服なのに、スカートだけは丈が長いものなのは、締め付けると痛むけれど、丈を短くすると痕が見えるからかしら」


 曲の終わり際。突然、彼女の動きが変化した。

 私にエスコートされるままの、穏やかな舞が鳴りを潜め、苛烈に情熱的に──男性パートへと移行する。

 私だから即座に女性側へ変われること、わかってくれよな。


「それ、私に伝えてどうする気?言っとくけど、脅しの道具にはならないよ」


「まさか。治癒魔法を実演しろと仰せだったでしょう?治してあげるだけ」


「それが君なりの誠意の見せ方ってこと?」


 まあね。

 いやー、もし予想が外れてて、古傷じゃなくて単に王女の姿勢にクセがあっただけだったら、どうしようかと思ってたよ。我慢して腕でも切ったかな。

 とにかく、これなら私は痛くないし、治癒魔法を衆目に晒さずに済む。ついでに彼女と秘密の共有をすれば、信頼関係構築にもつながるだろう。


「一方的に秘密を知られているだけじゃ、気分が悪いでしょうし、私も一つ教えるわ」


「なに?平民の男の子に恋してるとか?」


「…………」


 いやそれはそうなんだけどそうじゃねえ。

 そうなんだけど!!そうじゃない!!


「え、ほんとにそうなの?やっぱり逢引きだったの?」


 ──あてんしょんぷりーず。当機はただいまより、錐揉み回転いたしまーす。


「ちょ、ちょっとキンベリー!?わ、わわわ……!」


 ダン!曲の終わりと共にスピンをやめて、優雅に一礼。ふう、あと十秒回ってたら三半規管がやばかったな。


「私の秘密ね、ヴィー王女」


「え、ちょっと待って」


「本当は女の子を好きになりたいのよ」


「はい???」


 跪いて手の甲にキス。ついでにささっと傷を治癒。

 やー、一仕事終わったわ。疲れた疲れた。

 じゃ、退散!!

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