ミュッセルの家(3)

「ミュウの家に行ったんだ」

「ああ」


 ビビアンに前日の一件を詫びられる。その流れで彼女はグレオヌスに問い掛けてきた。


「見た?」

「まあね」

 ビビアンは奇妙な笑みを返してくる。

「ぶっ壊れてるでしょ?」

「それは感性がって意味かい?」

「全体的に」

 ひどい言い様である。

「君も『ブーゲンベルクリペア』に行ったことがあるんだよね?」

「もちろん。だから言ってるの」

「昨日も少し話したけど、僕は軍人の家庭で育ってるんでね。ああいうのはそんなに奇異には映らないんだ」


 身近に兵器と呼べるものを置くことだろうと考えている。ましてや、それを自作しているのが不思議だと思っているか。


「アームドスキンが置いてあること? そっちは変じゃないわ」

 指を振っている。

「街中にだって警察機とか消防機とか全部アームドスキンに切り替わってるのよ。外れには星間G平和維P持軍FGFの基地だってあるし」

「メルケーシンだとそうか」

「それに、あたしたちの住んでる居住区画。ミュウの家やグレイが泊まってるホテルだってそう。地下は工廠になってて、アームドスキンの生産ラインがずらりと並んでるのよ?」

 ギョッとするようなことを言う。

「それは本当?」

「うん、住民ならみんな知ってる」

「てっきり宇宙プラントにしてるものだと」


 重量物を建造するなら無重力下のほうが圧倒的に有利である。利便性は格段に上がる。


「通うの大変じゃない。働いているのはメルケーシンの住民なの。地下に降りるだけのほうが楽でしょ?」

 自明の理である。

「なるほど。最先端だからこそ、か」

「さすがに航宙船クラスは軌道上で最終組み立てするけど部品は工廠で作ってる。持って上がってから組むの。反重力端子グラビノッツ様さまね」

「現代に合わせた製造様式ってわけだね」

 効率的とはいえないかもしれないが。

「そうすれば、危険な宇宙作業をしに家族を残して単身で上がる必要は最低限にできるわ」

「自動化でほとんどなくなった重力下の事故よりは宇宙作業での事故のほうが致命的なんだ」

「そういうこと。おわかり?」


 それが「中央」とも呼ばれる星間管理局本部のあるメルケーシンでの常識らしい。他の惑星国家で常識かどうかはまた別の話だろうが。


「でも、まあ、個人でアームドスキンを作っちゃうなんてのは常識外よ」

 ビビアンも苦笑いしながら言う。

「そこまでの凝りようはミュウならでは。あたしたちなんてね」

「ねえねえ、なんの話?」

「んー? グレイが昨日ミュウのとこに行ったって話」


 少女の一団が交じってくる。彼女らは一昨日ミュッセルと一緒にいた、ビビアンの友人の少女たちだった。


(そういえばみんなσシグマ・ルーンを着けてる。ミュウにばかり目が行ってて気づかなかった)


 だからといって彼女ら皆がアームドスキン乗りと思うのは早計である。なにせ全員がそれなりに装飾を施してアクセサリーのようにしているからだ。民間では最近の流行りだと聞いている。

 なのでパイロット用か否かは一目で判別できない。σ・ルーンの用途も多様化していて、オペレータ仕様、技術者仕様、作業支持架ワークスリフト操作など作業者仕様、挙げればキリがないほどに種類がある。生徒にも散見されるのはその所為だ。


(志望を聞いてまわるのも変だしさ)

 軽々に口出しできない。


「あははー、ミュウのはねー」

「やり過ぎ感ある」

「だからこそっていうのもなくない?」

「本気」

 一斉に色々言われると混乱する。ビビアンに頼んで順に紹介してもらった。


 金髪に黒い瞳に三角耳の猫系獣人種パシモニアがユーリィ・ユクル。元気いっぱいの女生徒。

 ピンクに染めた髪に緑の鮮やかな瞳がレイミン・ラーゼク。皮肉げな言葉遣いの女生徒。

 髪を真っ青に染めて瞳は茶色なのがサリエリ・スリーヴァ。見た目のわりに理屈っぽい女生徒。

 ヘーゼルの髪に青い瞳の地味目なのがウルジー・ウルムカ。無口な女生徒。

 以上、四名がビビアンとよくつるんでいる華やかな女子集団らしい。そこに混ざっても遜色ないミュッセルが異常だといえば異常なのだが。


「で、君たちはミュウがアームドスキンを自作しているのを変に思ってないわけなんだね?」

 口調からしてそう理解した。

「だってねー」

「ミュウじゃん」

「だよね」

「聞いてない?」

 プレッシャーに思わず腰が引ける。

「聞き損ねてるね。知ってるなら教えてくれると助かるんだけど」

「だったら、今日はちょうど試合だし、一緒に見に行く?」

「それがいいじゃん」


(試合?)

 妙なキーワードが出てきた。

(確かにミュウはなんかの格闘技経験があるとしか思えないけど、アームドスキンと試合となんの関係があるんだ?)


 話が繋がらないままに女子集団と約束させられてしまう。とうのミュッセルも授業が終わるや否や、用事があると言ってさっさと帰ってしまった。

 致し方なく彼は女生徒に囲まれて校門をくぐる。あまりの慣れないシチュエーションにいたたまれなさが半端ではない。


(ああ、昨日のミュウの家の居心地の良さが恋しいよ)


 グレオヌスはオートバスの一角で女子に囲まれて冷や汗をかいていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る