狼頭人身の留学生(2)

 グレオヌスは携帯端末コンソールスティックを立ち上げてσシグマ・ルーンと連携リンクさせる。事前に受け取っていた校内案内図を視界の右下あたりに表示させた。


(さすがにσ・ルーンまで着けてる生徒は半分程度ってとこ)


 それは主に人型機動兵器アームドスキンの操縦に用いられるものである。基本的に日常生活でも装着し、普段の行動とそれに伴う脳活動電位、つまり脳波を学習させる。それによって身長が20mもある巨大機械を感応操作可能にするものだ。


(教員室? いや、校長室か。お話はさせてもらってるからな)


 母デードリッテが話を通してくれている。そのお陰で校長とも通信で面識があった。挨拶をして、もしかしたら校内を紹介してもらえるかもしれないくらいの気構えでいく。


「誰? 転校生?」

 道筋を辿ろうとすると声掛けを受けた。

「ああ、そうです。留学生です」

「そうなんだ」

「はい。グレオヌス・アーフといいます」


 その少女は目をキラキラとさせながら近寄ってくる。おそらく、珍しい獣人種ゾアントピテクスに興味を抱いたのだろう。人類種サピエンテクス社会に慣れた彼も笑っていると見えるよう口角を上げた。


「あたし、ビビアン・ベラーネ。一年生」

 少女は名乗ってきた。

「僕も一年生に編入することになってます」

「じゃあ、同じ十六だわ。敬語なんていいから」

「そうか? じゃあ遠慮なく」

 くだけた口調に親しみが込められていた。

「案内しよっか?」

「校長に到着の挨拶に伺っただけなんだ。どうだろう?」

「ついてきて」


 無造作に手首を掴んで引っ張られる。ビビアンはどちらかといえば距離感が近いタイプなのだろう。


(面倒見がいいのか)

 さばさばとした印象。


 驚いたのは、彼女もσ・ルーンを着けていたことだ。それもあってグレオヌスに親しみを抱いたのかもしれないが意外といえば意外。


(感応操作汎用機としての地位も確立されてきたからな)


 各種オペレーションや機器操作にも用いられるような時勢である。一概に珍しいとはいえない。ただし、ビビアンのものも簡略化されていないパイロット専用の装具ギアに見えるのだが。


「どこの人?」

 引っ張りながら尋ねてくる。

「アゼルナン。混血ミックスだけど。知ってる?」

「わお、有名人種だ。会ったの初めて」

「そのわりには平気っぽいな」

 笑いが鼻息で抜けてしまう。

「どういうこと? 確かに同い年にしては大っきいけど」

「それだけか」

「それと、なんか可愛い」

 青みの強い黒髪に碧眼の彼女が言う。

「とてもそうは思えないけどな」

「そう?」


 グレオヌスの見た目は言うまでもなく獣じみている。狼系獣人種だけあって、頭髪もない頭頂の左右には大きな三角耳。鼻筋から額にかけての毛並みは短めでも、耳の下から顎にはふさふさの獣毛が生えていた。

 額から耳裏の毛皮は焦げ茶色が強い。目元や口吻マズル、頬の毛並みは白っぽいものがかなり混じる。毛先は黒っぽく、鼻も真っ黒で瞳は銀眼。丸っきり獣に見えるだろう。


「こんなに毛むくじゃらでも?」

 人類種サピエンテクスと違って耳の中まで長い毛がある。

「違うのよ。ペット扱いしてるんじゃないわ」

「大丈夫。慣れてる。母なんて、幼い頃はずっと抱いてたいとか言ってたし」

人類種サピエンテクス?」

 彼は「そうさ」と答える。

「父と違って先祖返りじゃないからマズルは短めだからかな」

「あー、鼻面そのまんま長いともっと狼っぽいかも」

「この顔でしゃべり掛けられると違和感ある?」

「なーい」

 ビビアンは快活に笑う。


 そのへんは俗に「中央」といわれるメルケーシンだからかもしれない。様々な人種が入っているし、差別などするほうが白眼視される。


「それにしても編入生多いわ。この前来たばっかりなのに」

 グレオヌスは首を傾げて「そうなのか?」と尋ねる。

「それ可愛い。ちょっと前に女の子がね。そっちは親の転属絡みで変なタイミングだったのよ」

「だったら僕のほうが奇異だろうな。手続き大変で時期がずれ込んだから」

「カリキュラム、大丈夫?」

 リモートで補完していたと伝える。

「いつでも相談して。クラス違ってもどんと来いよ」

「ありがとう。助かる」

「みんな優しいから心配しなくてもいいわ」


 校長室に着いたのでビビアンに礼を言って入室する。挨拶と各種完了手続きに目を通してもらって退室した。見送りを受けると、外ではまだ彼女が待っている。


「あら、ビビアン?」

 彼女はちょこんと頭を下げた。

「ちょうどいいわ。グレオヌス君はあなたと同じクラスだから案内して差しあげて」

「ほんと? やった、友達一番乗り!」

「よろしく頼むよ」

 改めて握手する。

「んじゃ、こっち」

「ああ。では、校長、三年足らずですがよろしくお願いいたします」

「ええ、よい学校生活を」


 また手を引かれて廊下を進む。案内図などとうに不要になっていた。


「ビビアン、どしたの? それ、誰?」

 途中、級友らしき女生徒グループから声が掛かる。

「留学生。明日紹介する。今日は案内だけ」

「わかったー。じゃあ、明日ね。バイバーイ」

「うん。悪いけどさっきの続きは明日」


 会話は続いているが、彼はそれどころではなかった。身体が固まっている。その少女から目が離せない。

 芯から熱くなってくる。吐息も熱を帯びているかのよう。病気に浮かされるが如く小さく震える。呼吸も浅く速くなっていた。


(彼女は……)


 グレオヌスは一目惚れというのをその身で味わっていた。

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