第四十五話 リックと異世界テンプレ

 リック視点


「……あ、意外と直ぐだ」


 走り始めてから1分も経たずに、冒険者ギルドの看板が見えて来た。あの、剣と盾が合わさったようなマークが、冒険者ギルドの証なのだ。


「ふぅ……よっと」


 いざ冒険者ギルドに入ろうと思った途端、急に緊張感が押し寄せてきたが、軽く深呼吸をして心を落ち着かせると、そっと両開きの扉を開け、中に入る。

 冒険者ギルドの中に入った直後、様々なところから視線を浴びたが、冒険者だと思われたのか、直ぐにその視線は潮が引くように消えていった。俺が持つ杖に視線を向ける人がまだちらほらいるが、まあこれはかなりの一品なので、分かる人には分かるのだろう。


「……ふぅ。にしても、雰囲気あるなぁ……」


 俺は冒険者ギルドの中を歩きながら感嘆の息を漏らす。

 正面奥にある受付。右側にある依頼掲示板。左側にある酒場。

 もはやテンプレと言っても過言ではない。

 そうして冒険者ギルド内を、まるで美術品を見るかのような目で見ながら、俺は受付まで進む。

 そして、受付にいたのは綺麗な受付嬢――


「はい。依頼の完了ですか?」


 ……じゃなくて、初老の男性職員だった。

 いや、普通に可愛い受付嬢がいる所もあるよ。ただ、そこってやけに並んでいる人が多いんだよ。

 で、あんまり今日は時間が無いから、仕方なくほとんど人が並んでいないこの人の所に並んだって訳だ。

 まあ、今後いくらでも受付嬢の所に並ぶ機会はあるからね。欲を優先して、すべきことを疎かにしてはいけないのだ。


「いいえ。冒険者登録に来ました」


 俺の言葉に、初老の男性職員は「そうですか」とニコリと微笑みながらそう言うと、俺の前に小さな水晶玉を置いた。


「では、ここに魔力を流し込んでください」


「分かりました」


 俺は頷くと、その水晶玉に手をかざし、魔力を軽く流す。俺の魔力はかなり多いので、下手にぶち込むと最悪この水晶がぶっ壊れる。いや、冗談とかじゃなくて、マジのやつね……


「……はい。もういいですよ。では、名前を教えてください」


「リックだ」


「なるほど。リックさんですか……」


 初老の男性職員はそう言いながら、ペン先が金属で出来た奇妙なペンを、水晶玉の下から取り出した銅色のカードに走らせる。

 やがて手を止めると、ペンを置き、水晶玉を片付けてから俺の前に銅色のカードを差し出す。

 名刺サイズのそのカードには中央に”G”と黒い文字で書かれており、その下には”リック”の名前が黒い文字で書かれている。


「これが冒険者であることを示す冒険者カードです。冒険者はSからGの8段階にランク分けされており、Gランクは一番下になります。ランクアップは冒険者ギルド独自の基準に基づいて上がることになっております。そして、依頼はあちらの掲示板にある依頼票を剥がして、ここに持ってくることで依頼を受けたことになります。また、その横にある常設依頼、緊急依頼等は剥がさなくて結構です。受けられる依頼は、そこに書かれているランクと同等がそれ以下のみです。ただし、依頼に失敗した場合、ものによっては違約金を支払わなければならないこともありますので、ご注意ください」


 なるほどなるほど。まあ、あらかじめ聞いていたことと同じだな。特に気にしなければならないこともない。


「それでは、これにて説明を終わらせていただきます。ただ、今日はもう遅いので、依頼を受けるのであれば明日にした方が良いですよ。時間には余裕を持った方が良いですからね。その際に、所属するパーティーも探してみてはどうでしょうか?」


 初老の男性職員は親切にそうアドバイスをくれる。

 ああ、そういやパーティーを組むというのもあるのか。

 ただなぁ……俺、自分で言うのもあれだけど、Aランク冒険者相当の実力を持つフェリスさんをタイマンで倒せるくらいには強いから、そんじゃそこいらのパーティーに加入したところで、逆に足を引っ張られる可能性が高いんだよね。だが、かと言って高ランク冒険者がいるパーティーに加入するなんて出来るはずがない。

 でも、冒険者としての知識を得る為にも、どこかしらのパーティーに加入しといた方が良さそうだな……

 明日、パーティーメンバーを募集している所を探してみるか。


「ありがとうございます。明日、また来ることにします。それでは」


 そう言って、俺は冒険者カードをポケットに入れると、踵を返して歩き出した。

 さて、冒険者になることには成功したし、次は宿を探さないと。あと、夕食も探そう。

 そう思いながら歩いていると、酒場で酒を飲んだっくれていた、いかにも遡行が荒そうな冒険者3人が俺に近づいてきた。機嫌も結構悪そうだ。何か不運なことでもあったのだろうか?

 そんなことを思っていると、内1人が酒臭い息を吐きながら口を開いた。


「おい。お前、ルーキーだったんかよ。お前にそんな杖は身不相応だ。俺が有効に使ってやるからよこせよ」


「ああ。別にいいだろ? お前に使いこなせるわけがねぇんだし」


 そう言って俺を囲む。

 ああ、これが冒険者に絡まれるテンプレか。

 弱かった頃の俺なら割とシャレにならなかったのであろうが、強くなった今の俺なら、逆にこの状況を楽しむ余裕すらある。


「……あ? 何笑ってんだよ」


 1人がより一層機嫌を悪くしながらそう言う。

 ああ、ちょっと笑みが零れていたか。失敬失敬。

 さーてと。ここは普通に断りますか。ここで潰しちゃったら、俺にも非があることになりそうだからね。

 100パーセント向こうが悪いという状況にした方が、色々と円滑に物事が進むのだ。


「いや。笑ってない。で、返答だが、これを渡すつもりはない。これは恩人から貰った大切な物なのでな」


 俺は平然とそう言うと、もう言うことはないとばかりに立ち去る。

 これで奴らが諦めてくれるのなら、それでいい。テンプレに喜んでいるとは言ったが、暴力沙汰はあまり起こさない方がいいのだ。

 まあ、あいつらが諦めてくれるはずもなく……


「なに行こうとしてんだよ。お前に拒否権はねぇんだよ」


 こいつらはさっと俺の進行方向に回り込むと、イライラが倍増した声でそう言う。

 でも、ここまで来ても殴らないあたり、一応暴力沙汰がヤバいってことは分かっているのかな……?

 まあ、こいつらの話に耳を傾ける必要はない。


「煩いな。じゃ」


 俺は煩わしそうにそう言うと、こいつらを避けて先へ行こうと再び歩き出す。

 そのすぐ後だった。


「ちっ 警告はしたからなっ!」


 そう言って、1人が俺に殴りかかる。


「ああ、やっちゃったね」


 俺は思わずそう言いながら、完全無詠唱で発動させた極小の風圧壁ウインドウォールでその拳を防ぎつつ、その風圧でダメージを与える。


「ぐあ……てめぇ。おい。手を出したってんなら、こっちもやるか」


「だな」


 おいおい。先に手を出したのはそっちだろ。

 そう思いつつも、俺は向かってくる残り2人の殴打も極小の風圧壁ウインドウォールを追加で展開して防ぎつつ、ダメージを与える。


「ガキの……くせにぃ!」


 2人は危機感を抱いて引いてくれたが、1人はそれでも引けないようで、何と腰の鞘から剣を抜いた。

 おーいおい。そりゃ流石にシャレにならんわ。

 周囲で様子を窺っていた人たちも、あれは流石にマズいと思ったのか、一斉に駆け寄ってくる。

 流石に剣を抜かれたら、結構痛い目見て貰わないと駄目だなぁ……


「はっと」


 俺は即座に完全無詠唱で風強化エア・ブーストを使うと、1パーセントの知識と99パーセントの実践感覚によって培われた体術で華麗に振り下ろされる剣をかわすと、手首に手刀を叩き込む。


「ぐあっ!」


 ポキッと手首の骨が折れる音と同時に男は痛みで剣を手放す。


「反省しろ」


 そこに、腹パンをお見舞いする。

 すると、男は「おえっ」と嗚咽すると共に腹を抱えながら地面に崩れ落ちた。咄嗟にやっちゃったけど、嘔吐されなくて良かった……

 次があったら、別の箇所にするか。

 ま、何はともあれこれで制裁完了っと。

 んじゃ、行くか。渋れば慰謝料取れるかもだけど、どうせ微々たるものだろう。

 俺が被害者であることはここにいる人たちからのお陰で証明されているから、俺が悪いと言われる心配もない。


「さてと。街を散歩しながら宿探すか~」


 呑気にそんなことを言いながら、俺は驚く皆を尻目に冒険者ギルドを後にした。

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