第九話 真実の一端を知る者

 3日前のこと――

 早朝に、1人の少年がリベリアルの衛兵隊に保護された。

 その少年はかなり衰弱しており、このままでは死んでしまう可能性すらあった。だが、幸いなことに、光属性の使い手数名が手を尽くしたことで、何とか命の危険が無いと言えるほどまで体調を回復させることが出来た。


 依然として意識は失ったままだが、それは極度の疲労によるものなので、1週間もすれば大丈夫だろうと判断した衛兵たちはその少年をベッドに寝かした。

 その後、衛兵たちは少年が来た方向から、その先にあるカナリア村で何かあったのではないかと思い、調査をしに行くことを決めた。

 そして今、先発隊の3人が馬を走らせ、カナリア村へと向かっていた。


「ゲイリスさん。カナリア村で何があったと思うっすか?」


 軽い口調でそう問いかける男の名前はジン。衛兵隊の中でもトップクラスで強い若手の衛兵だ。


「そうだな……分からんと言っておこう。盗賊かと最初は思ったが、盗賊がわざわざカナリア村を襲うとは思えん」


 ジンの問いに、ゲイリスは一瞬考え込んだ後、そう答える。

 ゲイリスは、衛兵隊の隊長で、何十年と衛兵を務めるかなりのベテランだ。そんなゲイリスが予想すら言わず、分からないと言ったことに、ジンは少し驚いたような顔をする。


「あ~……魔物の襲撃って線はないのか?」


 もう1人の男、ジークがそう問いかける。ジークは今年で衛兵歴15年と、そこそこのベテランだ。最近はピークを過ぎたことによる体の衰えが目立ちだしているのを気にしていて、若い身体の維持の仕方について、必死に勉強しているらしい。


「あの辺はそこそこの魔物しか出ない。例え突然変異で強力な魔物が生まれたとしても、あの少年しか逃げてこられないほどの強さだったとしたら、もっと前から発見されているはずだ」


 ゲイリスはジークの質問にそう答える。


「なるほどっすね~……あ、ゲイリスさん。見えてきたっすよ」


 そう言って、ジンが指を指す先に見えてきたのは、カナリア村だ。

 だが、どこかおかしい。

 そこで、ゲイリスは馬を走らせながら目を凝らして、先を見つめる。


「む……な!? 焼けた跡がある」


 ゲイリスが見たのは、黒く、ボロボロとなった建物の残骸の数々だった。

 ゲイリスの言葉と目に入って来た光景を前に、2人はひゅっと息を呑む。


「不注意による大規模火災って言いたいところっすけど、街まで逃げてきたのが1人だけって時点で盗賊っすよねぇ……」


「マジか。だが、何故こんなところに……」


 絶句する2人に、ゲイリスは声をかける。


「まだ近くに盗賊がいるかもしれない。警戒を怠るな。村の入り口に着いたら、馬から降りるぞ」


「了解っす」


「分かった」


 2人はゲイリスの言葉に頷く。

 3人は村の入り口まで馬で進むと、そこで馬から降りた。

 すると、ここでジンが何かを発見する。


「ん? ゲイリスさん。そこに死体あるっすよ」


 そう言って、ジンが指差す方向にあったのは、村から出てすぐの場所でうつ伏せに倒れている男の死体だった。


「お、本当だな。何か手掛かりになる物がないか、一応見ておこう。その後は、埋葬だな」


 ゲイリスはそう言うと、その死体へ歩み寄った。

 そして、その死体の前でしゃがむ。


「む……なるほど。ここにあったもう1つの死体は持ち去られているのか」


「ん? どういうことだ?」


 ゲイリスの呟きにジークが反応する。


「そのままの意味だ。この男性の前に血だまりの跡がある。位置と大きさからして、どう考えてもこの男性のものではない。つまり、もう1人いたということだ」


「なるほど。状況から考えると、服装からしてこの男性は村の人で、盗賊と相打ちになったってことになるっすね。それで、後から来た盗賊が、仲間の死体を持ち帰ったと」


「そうだな。それは半分正しい。残念な事に、これがあるせいで盗賊ではないと分かってしまったがな」


 ゲイリスは死体の直ぐ近くに転がっていたものを手に取ると、地面の土で軽くふいてから2人に見せた。2人は、ゲイリスが持つものを見つめ、緊迫した表情で息を呑む。


「六芒星のミニバッジ。我が帝国の軍団長がつけているやつっすね」


「その色は第二軍、クロム様か……見たくない物を見てしまった気分だ」


 2人は顔色を悪くしながら、口をそろえてそう言う。


「クロム様は遠距離戦特化。近距離戦に持ち込まれたら、相打ちに持ち込まれるというわけか……いや、それよりも、どうやらカナリア村は国の思惑によって消されたようだな。だがそのことは、ここだけの話に留めておけ」


 ゲイリスはそう言うと、ミニバッジを地面にねじ込むようにして埋めた。


「そうっすね。下手なことしたら国に消されかねない」


「だな。俺もまだ、死にたくない」


 2人はぶるりと身震いすると、そう言った。

 ゲイリスはそんな2人の言葉に頷くと、口を開いた。


「国はここに軍事拠点を造るつもりだ。前にこの村へ向かう文官を通した記憶があるのだが、その時に立ち退きの命令を出したのだろう。だが、村はそれを断った。だから、こうなったのだ」


 ゲイリスは立ち上がると、悲し気な眼でカナリア村の残骸を見つめる。


「それはまた、カナリア村も随分と愚かなことをしたっすね。村1つの意見で国の方針が変わる訳がないって分からないんすかね……」


「あの少年は不憫だな。何も知らないところで勝手に火種を作られ、いきなり村を襲われて、独りぼっちとなったのだから」


 2人は村の決断に対する憤りと、何も知らずに巻き込まれた人への憐れみを思いながら俯く。

 暫く暗い雰囲気が流れた後、ジンが口を開いた。


「てか、ゲイリスさんって推理めちゃくちゃ上手っすよね。よくこの状況からそこまで思いついたな~って思ったっす」


 ジンは笑いながらそう言う。だが、内心穏やかではなく、ゲイリスがカナリア村襲撃に深く関与しているから、そこまで詳しい情報を持っているのではないかと思った。そのため、詳しい情報を知ってしまった自分はゲイリスによって消されるのではないか?という、冷静に考えればほぼありえないことを本気で考えているのだ。

 当然、その心配は次のゲイリスの言葉で霧散することとなる。


「まあ、俺はこれでも隊長だからな。国の思惑とかは、常にある程度知っていないとやっていけないんだ。だから、正直に言うと、このことはあの少年を保護した時点で半ば予想してた。確信はしてなかったがな。だから、別にこのことを知ったお前らを口封じするつもりなど、毛頭ない。むしろ、俺が口封じの対象だな」


 ゲイリスは肩をすくめながらそう言う。

 国境付近の街の衛兵隊長であるゲイリスは、隣国エスティア王国についての重要な報告を文官にすることも少なくない。そのこともあってか、ゲイリスは国の思惑について人一倍詳しい人になっていた。今回の件も、前にカナリア村へ向かった文官と少し話をしていたからこそ、ここまで予想することが出来たのだ。


「あ~そういうことっすか。それなら納得っすね」


 ジンは安心したように息を吐くと、そう言う。


「なるほど。それで、これからどうするんだ?」


「これから……か。一先ず街に帰ろう。そして、調査隊を派遣する。もしかしたら、国はついでに我々の情報網や、対応の速さを測っているのかもしれない」


 ジークの問いに、ゲイリスはそう答える。

 帝国上層部は、ゲイリスがここまで正確に予想を立てているとは思っていないだろう。なら、ゲイリスは衛兵たちを率いて迅速に調査し、帝国上層部に自分たち有能であることを示すことが最適解なのだ。

 それに、もしここで国が関わっているからと露骨に調査を渋れば、帝国上層部も何かマズいことに気付かれたと判断して、口封じに来るかもしれない。

 ほとんどの人が気にしないようなたった1つの村とて、それを滅ぼしたのが帝国であるとバレれば、例え上手く弁明出来たとしても、要らぬ疑いをかけられるのは明白だからだ。


「それが1番っすよね。なら、もう街に戻ります?」


「ああ。この死体を埋葬したら、直ぐに戻ろう」


 こうして3人は死体をその場に埋葬すると、馬に乗り、カナリア村を後にした。

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