第六話 2人の戦い

 クロム視点


 自分の屋敷で、僕は皇帝陛下の印が押された宰相からの指令書を読んでいた。


「兵を率いて、要請を無視し続けているカナリア村の住民を皆殺しにせよ。なお、盗賊の襲撃で落とされたことにする為、兵には盗賊に見えるような振る舞いをするよう命じろ……か。あ~あそこね」


 嘗て見た光景を思い浮かべながら、僕は前髪を掻く。

 カナリア村は、エスティア王国との国境から僅か4キロの場所に位置する村だ。

 軍略という観点から見て、エスティア王国がカナリア村を攻めてくるのは時間の問題。だが、あそこに我が帝国軍の砦を造れれば、これ以上にないぐらいの防衛拠点となる。そうすれば、多くの民の命を守ることに繋がるんだ。

 それなのに、カナリア村の奴らはここから離れたくないの一点張りで、頑なに首を縦に振ろうとしなかったらしい。

 そのことを聞いた時は、流石の僕も怒ったよ。

 あそこじゃないと駄目だって説明、ちゃんと聞いてなかったのか?

 国境から近すぎず遠すぎず、それでいて街へと続く道がある。そんな条件を満たしていてかつエスティア王国から狙われている場所に防衛拠点が無いのことがどれほどヤバいことなのかを、あの村の住民は理解出来ないのかな?

 あー結構ムカつくね。

 あいつらは精々、素行の悪い兵士どものストレス発散に役立ってから死ねばいい。

 



 森を抜けて、カナリア村へ到着した僕は率いている兵士たちにこの村を囲むよう命じると、木の上に登った。そして、目を強化すると、カナリア村の中を観察する。


「……あ、気づかれてるな」


 気付かれないように配置を終えて、奇襲しようと思ってたんだけど、見た感じ、どうやら数人が兵士たちの存在に気付いたみたいだ。

 辺りをキョロキョロと見回していた人が、ちょっと焦った表情で村中の家を訪問しているのだから、間違いないだろう。


「……うん。いい的だ」


 そう呟くと、僕は弓を構えた。


速度上昇付与エンチャント・スピード


 そして、無詠唱で矢に速度を上げる付与魔法をかけると、矢を放った。

 勢いよく飛んで行った矢は、1人の女の頭を貫いた。

 女はそのまま血を流して倒れる。

 うん。死んでるね。


「あと2人も……」


 僕は再度矢を放つと、続けざまに残り2人の頭も撃ち抜く。


「……よし。上達しているかは分からないけど、腕が衰えているってことはなさそうだ」


 弓に限らず多くの分野において、ある程度の高みに至ってしまっていると、成長というものを感じられなくなってしまう。まあ、それも仕方ない話で、ここまでくると成長するスピードもだいぶ緩やかになるのだ。そして知らず知らずの内にピークを過ぎ、衰えてしまう。

 おっと。思考に耽っていないで、そろそろ本格的に攻めないと。


「よし。やるか。では、全軍、進め!」


 僕の声と同時に、兵士たちは一斉にカナリア村へと流れ込んでいった。

 そして、流れ込んだ兵士たちは、瞬く間にカナリア村を制圧していく。


「この勢いでエスティア王国に攻め入れればいいんだけどなぁ……」


 ただ、現実はそう甘くないんだよね。

 エスティア王国との戦力差は無いと言ってもいいぐらい、拮抗しているのだ。それじゃあ、こんな風に制圧なんて出来やしない。てか、出来るんだったらとっくに戦争は終わっている。


「は~……ん? あれは……」


 村の出入り口をよ~く見てみると、ここから逃げ出す一歩手前の親子らしき人影が見えた。炎は光属性魔法、結界バリアで突破しているようだ。

 兵士たちは……ああ、殺されちゃってるね。

 遡行が悪く、嫌われ者の彼らだが、実力は決して低くない。これでも、帝国軍の一員なのだから。

 となると、どうやらあの男はかなりの実力を持っているようだ。

 まあ、僕よりはだいぶ下っぽいけど。


「よし。練習相手に丁度良さそうだ」


 僕はここ半年、接近戦のことも考えて、剣術にも手を出している。

 どうやら僕は剣の才能もあったようで、僅か半年でそこそこの腕前になることが出来た。


「剣で、命のかかった戦いをするのは初めてだ」


 僕は思わずニヤリと笑う。


「ただ、万が一ってこともあるし、念のためハンデを貰ってから戦うか。速度上昇付与エンチャント・スピード回復妨害付与ジャミング・ヒール


 僕は親らしき男に回復魔法を妨害する付与魔法をかけた矢を放つと、木から跳び下り、そこへ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 グレイ視点


 妻、ダリアとの間に生まれた1人息子、レイは俺にとって命にも代えがたい、宝のようなものだ。

 素直で賢く、元気があって、優しい。そんな息子だ。

 だからこそ、俺はレイを守りたい。

 何としてでも――


「やるね。その状態で僕の剣を正面から受け止めるとは。どうやら僕はお前を見くびっていたようだ」


「お前も、俺より細い腕で、よくそんな力が出せるなぁ!」


 俺は一気に力を入れて、こいつを押し飛ばす。

 だが、こいつは押し飛ばされると同時に自ら後ろへ跳ぶことで、衝撃を和らげた。


「おっと。まだ力を出せたのか。瞬殺するつもりだったのに。こりゃ面倒だ。さっさと終わらせないと、あの子を逃がしちゃう」


 こいつはわざとらしくそう言って、再び剣を構えると、凄まじい速度で連撃を叩き込んできた。


「くっ」


 完全には防ぐことが出来ず、体の至る所に傷が出来る。

 くそっ 足に傷を受けたせいで満足に動けない……

 この連撃から一旦逃れる為、俺は矢を受けていない左足で地面を蹴って、後ろへ下がる。

 すると、こいつはおもむろに手を止め、口を開いた。


「ふぅ。気まぐれだが、冥途の土産に教えてやるか。僕の名前はクロム・ガーランド。ディート帝国第二軍団長だ」


 ちっ 予想以上の大物じゃねーか。こいつの名前は田舎村で暮らす俺でも知っている。

 ディート帝国第二軍団長。クロム・ガーランド。

 隣国エスティア王国との戦争開始直後、2000メートル以上離れた場所にいた敵将の1人を弓による狙撃で討ち取ったヤバい奴だ。

 だったら猶のこと、足止め――いや、相打ち覚悟で殺さないと。


「そうか。俺の名前はグレイ。カナリア村で暮らす狩人だ」


 こうやって少しでも時間は稼いでおこう。レイが死んだら、後悔してもしきれないんだ。


「ご丁寧にどうも。それじゃ、さっさと続きを始めようか。これ以上対話しても、僕に益はなさそうだからねっ!」


 クロムはここで会話を切ると、俺に斬りかかってきた。

 ちっ 速いな。

 何で弓で有名な奴が、ここまで剣の扱いが上手いんだよ!

 そう心の中で悪態をつきながら、俺は必死に斧を振る。

 くそっ 右足に矢を受けたせいで踏ん張りがきかない。

 このままクロムの攻撃を受け続けたところで、1分も持たずに殺られるだろうな。

 なら、まだ余力があるここで勝負に出るしかない!

 そんな俺を見て、クロムはニヤリと笑う。


「お、中々いい顔になったね。じゃあ、僕も。身体強化ブースト!」


 すると、こいつがいきなり無属性魔法、身体強化ブーストを使いやがった。しかも、無詠唱だ。

 無詠唱の分、効果は本来よりも少し劣るが、それでも3倍近く身体能力が上がったような気がする。

 急がないと……!


「くっ はああっ!」


 俺は決死の覚悟で特攻する。


「はっ!」


 そこに容赦なく剣が振り下ろされるが、俺はその剣の軌道を左腕で無理やり逸らす。

 そのせいで左腕を切り落とされてしまったが、隙さえ生まれれば十分だ。


「はあっ!」


 俺はクロムめがけて斧を振り下ろす。


「くっ 魔力よ。防壁シールド!」


 クロムは寸でのところで半透明な円形の防壁を展開する無属性魔法、防壁シールドを短縮詠唱で展開して、俺の斧を防いだ。

 だが、その程度で俺の斧は止まらねぇよ!


 パリン


 そんな音を立てて、防壁シールドは砕け散る。

 よし! やれる!

 そう思った矢先、俺の脇腹に激痛が走った。恐らく、こいつの剣が届いたのだろう。

 だがもう遅い!


 ザン!


 その音と共に、クロムの頭は真っ二つに割れた。


「俺の……勝ちだ」


 そう宣言するとともに、俺はうつぶせで地面に倒れた。

 ……動けないな。

 感覚的に、どうやら俺はクロムの最後の一撃で、脇腹を深く切られたようだ。


「こりゃ助からねぇな……」


 意識はもう暫く保っておけそうだが、いずれ失血死するだろう。

 すると、目の前に誰かいるような気がした。

 力を振り絞り、上目で見てみると、そこにはいつものダリアがいた。

 実際にそこにいるって訳ではなさそうだな。

 もしかして、走馬灯ってやつなのかな?

 それとも――

 まあ、何だっていい。それよりも、言いたいことを言わないと。


「ダリア……レイを守れたよ。軍団長相手にすげぇだろ……」


 すると、ダリアがニコリと笑った。目に涙を溜めているけどな。


「そんな顔しないでくれ。最期にダリアの泣き顔なんて見たかねぇ……」


 ただまあ、俺も泣きたいって気持ちはあるよ。

 だって、レイのこれからを見られないのだから。

 レイの子供を、この手で抱いてみたかったんだよなぁ……

 そんなことを思っていると、だんだん視界がぼやけてきた。

 涙……じゃないな。

 となると、どうやら逝く時が来たようだ。


「レイ……幸せに生きてくれ。ダリア……ありがとう」


 その言葉を最後に、俺の意識は途絶えた。

 最期に俺が見たのは、いつものように笑う、ダリアの姿だった。

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