第3話 暴かれた本性

 彼と別れる。そう決めたのは良いのだが……。


 私は基本、思い立ったらすぐに行動に移すのだが、この時ばかりはさすがにそうはできなかった。

 そもそもこういう時はどう謝ればいいのか、正解を私は知らない。

 腹でも切ればいいのか?


 だけどいい加減な気持ちのまま、ズルズルと今の関係を続けて良いものでもない。

 結局彼にちゃんと話をするのは、試合のあった翌日の放課後になったよ。


 その日は朝から学校があって、いつ話をしようか考えていたけど、その間ずっと心苦しかったよ。


 そして色々悩んだけど、サッカー部の練習が終わった時間を見計らって、部室に行って彼を連れ出して、それから話を切り出すことにした。


 そうと決まれば、後はその時を待つだけだ。

 陽が落ちて、辺りが暗くなったころ、私はサッカー部の部室に向かった。


 やはり少し緊張していて、ドアノブに触れる手が微かに震えていたっけ。

 だけどここで怖気づいてはいけない。だがドアノブを回して、手前に引こうとしたその時、中から彼の声が聞こえてきたんだ。


「あーあ。ララのやつ、全然俺になびいてねーよ」


 それは酷く面倒臭そうな声。私は思わず、ドアを開けるのを止めた。

 すると他のサッカー部のメンバーの声も聞こえてくる。


「さすがのお前も、いい加減お手上げか? まあしょうがねーか。相手は藤村だもんな」

「うるせえ。けどもう限界かも。だってアイツと付き合ったって、全然面白くねーんだもん」


 不満げに私のことを愚痴る彼の声に、さすがに戸惑ったよ。

 まあ確かに、私は彼女らしいことなんて全然できていなかったし、愛想をつかされたとしても仕方がない。

 付き合ってはみたものの、私が想像を絶するダメダメな彼女だったということだ。


 そうなるとやはり、別れるのが正解なのだろう。そう、この時は思ったのだが……。

 しかしそれから聞こえてきた話は、私の予想とは少し違っていた。


「だいたいよう、お前らが悪いんだぜ。俺だったら男に全く興味なさそうなララのことも落とせるんじゃないかって言うから。ちっ、こんなゲームするんじゃなかった」


 ゲーム?いったい何を言っているんだ?

 それに彼の態度が、いつもとは違いすぎる。だけど部室内に一緒にいるサッカー部員は慣れた感じで、話を続けた。


「昨日のララには驚いたぜ。普通試合中俺が手を振ってきたら、ドキッてするよな。なのにアイツ、いきなりキレての」

「アレには引いたわ。藤村って美人だしスタイルいいけど、アレはねーや。彼女にするにはちょっとな」

「なあ、もうこのゲーム終わりにしねーか? お前らがララをデレさせたら飯奢ってくれるって言うから乗ってみたけど、割に合わねーよ。本当は好きでも何でもねーのに気のあるフリをするのも疲れてきたし。アイツと付き合うのしんどいわー」


 彼の疲れたような声を聞いて、全てを悟った。


 ……ああ、そういう事か。

 おそらく彼は仲間内で、私に告白して惚れさせるという、ゲームでもやっていたんだろう。

 好きだと言ったのも、カフェに誘ったのも、全てはゲームの一環。

 見事デレさせることができたら彼の勝ち。友達から食事をご馳走してもらうという、そんなゲーム。

 要するに私はそのゲームのための、駒でしかなかったということなのだよ。


 男は怖いねえ。

 あの笑顔も優しさも、全部嘘。全てはただのゲームであり、暇潰し。私はまんまと、彼の遊びに付き合わされていたというわけだ。


 隠されていた真実を知って、一気に力が抜けていったよ。

 だけど彼の本性を知っても、不思議と怒りは湧いてこなかった。


 たぶんそれは、結局私も彼の事が、好きではなかったからなのだろう。

 さすがに友達に近い『好き』あったのだろうけど、本来彼女が持つべきであろう『好き』の気持ちとは、かけ離れていたのだろうな。だから幸か不幸か、そこまでショックというわけではなかった。


 彼のやったことは、間違いなく不誠実。だけど私も好きでもないのに付き合っていたのだから、お互い様だった。


 怒るわけでも、悲しむわけでもない。ただ彼の素顔と、大したショックも受けない自分に、言いようの無い虚しさを感じたよ。


 もしかしたら私は自分で思っていた以上に、冷たい人間だったのかもな。


 まあいいや。元々別れ話をするためにここに来たのだから、彼の本心がこれなら好都合だ。さっさと別れ話をして、この歪んだ関係を終わらせよう。

 彼ももううんざりしているみたいだし、それがきっと双方のため。

 だけど、そう思ったその時……。


「なあ、次はもっと、からかい甲斐のある奴を相手にしてみようぜ? ララみたいな何考えてるか分からない奴じゃなくて、俺の事を本気で好きなやつにこっちから好きだって言って舞い上がらせるのも、面白くないか?」


 瞬間、ドアを開こうとしていた手が止まった。


 ちょっと待て。彼はいったい、何を言っているんだ?

 私を遊びの道具に使うのなら、別に構わないさ。だけど、自分のことを本気で好きな子を、遊びに使おうとでも言うのか?


「うわ、お前えげつないなあ。けど確かに楽しいかも。お前のファン多いからなあ。昨日だって一応彼女持ちになったのに、応援に来た女子結構いただろう」

「そう。その中から誰か適当に選んで告ってみたら、面白そうじゃね? どんな反応するか見てみてーよ。最近はララに振り回されてばかりだったんだから、いい憂さ晴らしになりそうじゃね?」

「うわ、サイテーだな。ファンの女の子達に、お前のその本性を教えたいよ。けど例えば告白られたファンの子が、どれだけ言うことを聞いてくれるか賭けをするのも、面白いかもな」

「だろ。実は一人、良い当てがいるんだよ。えーと、名前なんて言ったかな。2年の、結構可愛い女子なんだけど……」

「ひょっとしてあの、ショートカットの子か? 確か名前は……」


 そうして彼らが口にしたのは、なんと昨日私を叱ってくれた、あの女の子の名前だった。


「あの子ピュアそうだからなあ。お前の悪魔みたいな本性に全然気付いていないだろうぜ。期待させるだけ期待させて最後にポイしたら、どんな顔するかなあ?」

「人聞きの悪い事を。当然期間限定とはいえ彼氏になってやるんだから、感謝されるべきだろう。どうだこのボランティア精神」

「なーにがボランティアだ。そうやって今まで、女子を何人も泣かせてきたくせに」

「そういうお前らだって、一緒になって楽しんでるじゃねーか」

「まあな。さんざんメロメロにさせて、そっから突き落とされた時の顔は、傑作だもんなあ」

「俺が悪魔だって言うなら、お前らだって十分悪魔だよ。共犯だよ共犯」

「違えねえな。はははははっ!」


 サッカー部員の……いや、クズ共の笑い声が、扉越しに聞こえてくる。


 いったいうちのサッカー部はどうなっているんだ?

 彼もそうだが、一緒になってこんな悪ふざけを考える他の奴らも、相当クズだな。

 さっきまで冷めていたはずの胸の奥が、今では怒りで煮えたぎっているよ。


 私のことは別に良いさ。けど、自分を慕っている子を弄ぼうなどと、どういう思考をしているんだ?


 すると部室の中から、再び彼の声が聞こえてきた。


「あ、でもその前に、ララのやつをどうにかしないとな。飽きたとか言って、明日にでも別れるか?」


 そんな事を言っているけど……ふ、ふふふふふ。

 何も明日まで待たなくてもいいさ。話なら、今ここでしようじゃないか!


 次の瞬間、私は部室のドアを勢いよく前へと開いた。

 ……後になって考えたら、このドアは押すのではなく引かなければならなかったのだったが。どうやら怒りのあまり、ついドアを破壊してしまったらしい。

 てへっ♪



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