第1話 恋愛初心者の初交際

「突然こんなこと言って驚くかもしれないけど。実は俺、前からずっと藤村さんのことを良いなって思ってたんだ。もしよかったら、俺と付き合ってくれないかな?」


 放課後、夕焼けの差し込む教室で突然そんなことを言われた時は、私もさすがに驚いた。


 藤村晃14歳。告白されたのなんて人生初で、しかも相手は女子人気の高いサッカー部のエースの男の子。

 正直、なぜ私なのかと疑問に思ったよ。


 だが困った。彼は目立つ奴だから存在は知っていたものの、それでも顔と名前を知っている程度。それまで付き合いなんてなかったのにいきなりこんなことを言われても、返事に困ってしまう。


 やっぱり断ってしまおうか。一瞬そう思ったが、答えを待つ彼の姿を見て、開きかけた口を閉じた。


 私は女子の中では長身な方だが、彼は更に頭ひとつ分くらい背が高くてな。にもかかわらず、なぜか彼のことが小さく思えたよ。


 告白する時はやっぱり誰しも緊張するものだろうから、きっと彼も萎縮してしまっていて、それで小さく見えたんだろうな。

 そう思うと、妙に可愛く思えて。せっかく勇気を出して告白してくれたのなら、それに応えるのが礼儀ではないか。

 だから私は、ハッキリ返事をしたんだ。


「うむ、よかろう!」

「ほ、本当か!?」


 返事を聞いた彼は本当に驚いた顔をしていて、それからしばらくの間、頭から離れなかったよ。


 とにかくこうして、私達はカレカノとなったわけだけど。

 それがまさかあんな結末を迎えるなんて、この時は思ってもいなかったよ。




 ◇◆◇◆




 まさか私に彼氏ができるなんて、晴天の霹靂。塞翁が馬。

 まあ私も恋愛漫画やドラマは見ているから、そういった事に全く興味がないわけじゃなかったからな。やっぱり内心、ドキドキしていたよ。


 しかし同時に、困ったこともあった。

 付き合いだしたはいいが、自分が誰かと付き合うなんて考えたこともなかったからな。何をすれば良いのか、さっぱりわからなかったのだよ。


 しかし彼はそんな私と違って交際のいろはと言うものを知っていたようで。付き合いはじめてから最初の日曜日、一緒にカフェにでも行かないかと誘われたんだ。

 勿論断る理由もなかった私は、二つ返事でこれに承諾したのだが……。

「ここのパンケーキが評判良いって、友達が言ってたんだ。きっとララも気に入ると思うよ」


 テーブルを挟んで、反対側に座る彼。

 最初は私のことを名字で呼んでいたが、この頃になると愛称のララと呼ばれるのが当たり前になっていた。


 私達は勉強のこととか、彼の所属しているサッカー部で起きた出来事とか、他愛もない話に花を咲かせ、そうしているうちに注文していたパンケーキが運ばれてくる。

 そしてそれを見た私は、皿に乗っているパンケーキの不思議な形を、見て少し驚いた。


「ずいぶんと変わった形をしているのだな」

「だろ、これかこの店の売りなんだ」


 そのパンケーキは、クマの形をしていた。

 人里に降りてきて騒ぎになるようなリアル熊じゃなく、つぶらな瞳をした愛らしいテディベア。

 なるほど、映えを意識した、目で楽しむこともできるパンケーキというわけか。


「これは中々に可愛いな」

「良かった、気に入ってもらえて。サッカー部の友達がさ、女の子を誘うならここが良いって教えてくれたんだ。男一人だとこういう店には入りにくいけど、ララと一緒ならこういうのも悪く……」


 テディベアの目にフォークを突き刺して、ナイフで顔を一刀両断。

 切り裂いたそれを口に運ぶと、甘い味が広がっていく。

 うむ、味もなかなかじゃないか。って、あれ? 何故か彼は固まってしまっている。


「どうした?食べないのか?」


 冷めては美味しくないから、温かいうちに食べた方がいいぞ。

 すると彼はハッとしたように口を開く。


「ああ、うん。食べるよもちろん。ただちょっとビックリして。さっきまで可愛いって言ってたクマを、容赦の欠片も無く真っ二つにするとは思わなかった」


 ああ、そういうことか。

 見れば心なしか、真っ二つに裂かれたクマの目が、バツ印になっているような錯覚があった。

 なるほど、これはちょっと可哀想かな。

 とはいえ。


「いくら可愛くても、躊躇っていたら食べられないだろ」

「それはそうなんだけどね。そんなザックリとフォークを刺すのはさすがに引くというか……まあ良いんだけどね」


 いったい彼は何をそんなに気にしているのかは分からなかったが、まあいい。

 パンケーキは美味しいのだから。


「あ、あのさあ。もしかして俺、間違ってたかな?女の子は大抵、こういう可愛いクマとか好きだから、気に入ってもらえるかと思ったんだけど」

「何を言っているんだ? 気に入っていないのなら、こうして口に運んでなどいないさ」


 そう言いながら、クマの耳に当たる部分をパクリ。うむ、やはり美味しい。


「そりゃそうだけど……ララって、クマとか好き?」

「クマか、あんまり考えた事は無いが、野生のクマは時として人を襲う事があるから、出来れば会いたくはないな。それでももし遭遇したら、みぞおちに拳を叩き込んで……」

「野生のクマじゃなくて、マスコットとしてのクマ!」


 なんだ、それならそうと早く言ってくれ。なら話は簡単だ。


「もちろん好きだ。そういえば昔、家の近所にあるデパートの屋上に、着ぐるみのクマがいてな。風船を配ったり子供と遊んだりしてたのだが、そのクマの事は気に入っていた」

「へえー。ララにもそんなころがあったんだ」

「夏の暑い日なんて、着ぐるみの中に熱が籠って大変だろうからな。休憩中、頭を取って休んでいるところに、ジュースの差し入れを持って行った事もある」

「ちょっと待った!」


 彼が大きな声を出したけど、さっきまでコーヒーを飲んでいたせいかゲホゲホとむせている。

 こらこら、もっと落ち着いて飲んだ方がいいぞ。


「あ、頭を取ってる時に会いに行ったの?」

「ああ、でないと犬塚さん、ジュースをあげても飲めないだろ」

「犬塚さんって、中の人の名前まで知ってんの⁉」


 何度も通っているうちに仲良くなったからな。

 いやー、懐かしい。暑い中表情一つ変えず、熱心にバイトをするそのクマの事を、子供心に偉いと思ってつい応援していたんだったっけ。

 今にして思えば、着ぐるみを着ていたから表情は変えようがなかったのだろうけど。


「ちなみにそれって、いくつくらいの時?」

「小学校低学年くらいかな」

「それくらいなら、もうちょっと夢見ておこうよ。その犬塚さんって人も、驚いたんじゃないの?」

「うん? そういえば気まずそうな顔していたような。関係者以外立ち入り禁止の場所に入って行ってたからかな?」


 だとしたらとんだ迷惑をかけてしまったことになる。反省しよう。 

 しかし、なぜか私の話を聞いた彼までが、疲れたようにがっくりと肩を落としている。


 これはいったいどういう事だろう? 

 はっ、もしや私が夢中になっていたクマの話をしたものだから、気を悪くしたのか?

 これはヤキモチというやつだな。


「誤解の無いように言っておく。そのクマに抱いていたのは尊敬や憧れの念であって、断じて恋愛感情では無い。だいたい中の人には、彼女だっていたんだぞ」

「別にそんな心配はしてないけど……ていうか彼女がいたって、どれだけ中の人のプライベートを知ってるの?」


 途中から普通に世間話をする仲になったからな。結構色々話していた気がする。

 まあそれはさておき。せっかくのお出かけなのに、彼にこんな顔をさせてしまっては申し訳ない。少しはデートらしいことをしておかないと。


 私は残っているパンケーキにありったけのシロップをかけて、フォークで突き刺す。

 そして……。


「口を開けろ」

「えっ……むぐ⁉」


 不意を突いて、甘々のパンケーキを口の中に放り込んでやった。モグモグと咀嚼する彼を見ながら、私はニッコリと笑う。


「悩んだ時は、甘いものが一番だ。よけいなものをみんな、溶かして飲みこんでくれる」


 果たしてこれが100点の対応だったのかどうか、私には図りかねる。

 だけど彼はそれ以上嫌な顔はしなかったから、悪くはなかったのだろう。


 しかしこの時私は、まだ気づいていなかった。既に自分が、とんでもない間違いを犯していた事に。


 なにしろ私は恋愛の初心者だからな、間違いくらいする。

 しかしそれにしたってだ。まさかこの後あんな事態が起ころうとは、あの時の私は想像もしていなかったよ。


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