腹ごなしの訓練


 夕飯がすみ、夕暮れがせまった。

 まだ寝るには早く、魔法書を読むには明かりが足りない。

 野営地は、たき火を中心にして馬車を円陣に停め、馬車と森の間に護衛が見張りに立っている。


 僕とモルンはジェルマに断って、護衛が見張っている空き地で、剣の訓練を始めた。




 去年からキアーラの訓練は、剣の使い方が中心になっていた。

 モルン用の武器も考案してもらった。

 鍛冶屋のダリオに協力してもらい、金属の刃がついた手甲鉤てっこうかぎをいくつか作ってもらったんだ。

 モルンは二本足で立つことも多い。両前足に装備して使う武器で、防具でもある。


 最初の手甲鉤は、大きくて重かった。

 モルンは装備したままひょいと四足になってしまい、地面を突き刺して動けなくなった。みんなの笑いを誘ったよ。それも不意をつかれた大笑い。ガエタノの大笑いなんて初めてみたな。


 試行錯誤して現在の形になったけど、重くて無骨なことに変わりはない。使い勝手はそう悪くないが、装着も面倒だった。

 モルンが物を宙に浮かせることができるのは、内緒にしていたからね。


 モルンと僕で、「猫のしなやかさ」を活かしたものがほしいねと話し合った。

 王都リエーティの大きな武器工房に「軽く」「鋭く」作れないか、相談することにしている。



 二本足で立ち、前足に二つの手甲鉤をつけて低く構えるモルン。対して、鞘に収めたままの剣を正眼に構える僕。

 僕が腰を落とす。上体を動かさずに、モルンに向かってシュッと踏み込み、剣で突いた。

 モルンは手甲鉤で突きをそらし、頭上に飛びあがる。宙返りして、上から鋭く襲いかかる。

 僕は剣で防ぎ、グッとさらに体を沈める。着地の瞬間を狙い、剣を横に薙ぐ。

 モルンは、空中で体をひねって横から迫る剣をかわす。着地と同時に後ろに飛び退った。

 僕が追撃し、モルンが防ぎかわす。

 モルンは上から、あるいは横から、予測出来ない動きで手甲鉤をふるう。また、地をはうような攻撃も繰りだし、宙返りして攻撃する。

 その機動は目まぐるしく変わった。僕も素早く動いて防ぎ、いなし、逆襲した。


 何事と見物していた護衛たちから声があがる。


「速い!」

「なんて動き!」


 二人が止まり、モルンが手甲鉤をあげて宣言する。


「ボクの勝ちだね」

「ああ、僕の負けだ。いいのを入れられちゃった。目をよけてくれてくれて、ありがとう」


 護衛たちは、何のことを言っているのかわからずに、思わずたずねる。


「い、いまのどれか、テオに入ったのか?」


 僕が構えをといて、護衛たちを振りかえった。

 もれてくるたき火の明かりで、僕の顔をみせた。鼻を横切るように、赤く血がにじんでいるのがみんなにもみえただろう。


「モルンの宙返りを防いだ時に、尻尾で打たれたんだよ。目をよけてくれたけど、じゃなきゃ目を潰されてたよ。見えたでしょう?」


 護衛たちは、そろって顔を横にふる。


「見えなかった」

「魔法だけじゃなく武術も使えるのか」

「やっぱりただの子どもと子猫じゃないぜ」




 夜明け前、僕とモルンは、隊商の頭、セサルの馬車の下から起きだす。

 寝ている人を起こさないようにして結界魔道具を確認していく。


 空が白んできた頃には、炊事馬車から良い匂いがあたりに漂ってきた。焼いた狂猪と豆のスープで朝食を取っているところに、ジェルマがやってきた。


「テオ、昨日の狂猪だが肉を取った残りはどうした? 炊事馬車にはなかったが」

「ああ、あれ? ここに持ってるよ」

「ここ?」


 僕は、自分の革帯から下げている革袋をたたいた。


「え?」

「魔法の袋なんだ、これ」

「え? ま、魔法の袋? 何でも入るってヤツか? そんな物どうして持っているんだ。って魔術師だからか」

「そうなんだよ。ボクも持ってるよ。テオが狂猪を入れたらみんな驚いてた。ふふ、驚かすのって好き」

「こら、モルン。人が悪いぞ。あ、猫がか? ジェルマ、魔術師みんなが持ってるものじゃないんだ。これを作れる人はもういないんだって。魔術師だった両親の形見なんだよ」

「形見。やっぱり親御さんも魔術師だったのか。どおりでな。じゃあ、そこに入ってるんだな。昨日もいったが、魔物は売れる。まだ狂猪の魔力胞は解体していない。赤珠があるといいがな」

「だといいねぇ。ジェルマ、次の村って雑貨屋はある?」


 頬張っていた肉を飲みこんで、モルンが質問する。


「雑貨屋? あるにはあるが?」

「狂猪、高く買ってくれるかな?」

「え? ああ、村の雑貨屋では魔物は買い取ってくれないな。大きな街の魔道具屋か冒険者ノ工舎か、だな」

「そうなの?」

「ああ。ただ、魔道具屋は、だまして買いたたく悪いやつもおおい。冒険者ノ工舎で買い取ってもらうのがいいだろう。隊商の目的地でもあるオルテッサの街にもある。ここから六日の街だ」

「冒険者ノ工舎? 魔術師ノ工舎みたいなものかな」


 ジェルマが、僕の疑問にうなずく。


「ああ、俺たち冒険者が所属して、赤珠やらなにやらを買い取ってもらうところだ。あ、そうか。買い取ってもらうなら、冒険者として登録したほうがいいぞ。少しは高く買ってくれる。誰でも登録はできるからな」

「冒険者か。ジェルマ、ありがとう。そうしてみるよ」

「本当はなあ、俺たちと一緒にやってほしいところだがなぁ。俺たちは領都フィエルの『風の守り手』ってパーティーなんだ。なにかあったら名をだしていいからな」

「ありがとう、ジェルマ」


 ジェルマは笑って手をふり、野営じゅうにひびく声をだす。


「さあ、もう日は昇ったぞ! シャキッとしろよ! いつでも出発できるようにしておけ!」




 次の野営地につくと、ヴェンが、魔道具について教えてほしいと頼んできた。そこで、結界魔道具の確認に、見習いの少年たちを立ち会わせることにする。


 僕とモルンが確認の方法、腐食しやすい部品とその手入れなどを教えていく。ヴェンは特に熱心に聞き、よく質問をする。理解できると明るい笑い声をあげていた。

 もう誰も食事時に僕とモルンを無視せず、にぎやかに食事をするようになっていた。

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