初めての魔法訓練


 僕は、魔力吸収が出来るようになった。

 魔力の充填も、魔道具を使わずにできる。

 魔道具を使う方が時間がかからない。ガエタノは僕から吸収の話を聞いて、直接赤珠に充填するように命じた。そのほうがより訓練になると教えられた。


 その日のうちに、魔法詠唱の訓練も始まった。

 ガエタノ、僕が裏庭にでてきた。庭に置かれている樽の横に、チプリノがいくつかの木桶を並べる。


「あの木桶を、水で一杯にする」


 ガエタノが木桶の一つを指さして、ほぼ一言で詠唱する。水のふちが盛り上がるように木桶が一杯になった。


「テオ、やってみろ」


 火事の時に詠唱して使ったからね。これはカンタン、カンタン。



 僕の思い通りにはいかなかった。何度詠唱しても、木桶には一滴の水もでない。


「なんで! あの時はできたのに!」

「ふん」


 ガエタノは、鼻を鳴らして家に戻っていった。



 僕はその後も何度も詠唱したが、桶に水は一滴も溜まらなかった。

 落ち着け。火事の時はできた。何が違う? あの時と何が違う?


 モルンは、樽の上に座り僕を見ている。何度か深呼吸して、あの日、モルンを助けた日を思い出そうといた。

 あの時は必死だった。必死さが必要? いやガエタノはさっき必死で魔法を使ったわけじゃない。


「あの時、おまえを助けたあの時は、どうして出来たんだろうね」


 モルンは小首をかしげて僕を見ている。


「さっき魔力吸収できた時は岩場の時。モルンがいた。火事の時も。僕はどうしていた? なにを考えていた? どんな気持ちだった?」

「ミー」


 モルンが鳴いた。


「うん、僕はテオだった。いつも存在する複数の意識が、全部一緒になってテオだった。他の意識がいるとは感じなかった」

「ニャ」


 ちがった声でモルンが鳴く。


「モルン、『ミー』じゃないんだね? おまえも成長してるんだなぁ。僕らは育って、変わっていくのかな。モルンが育つように、みんなが一緒になって、テオになるんだな。ひとつの意識、ひとつの存在、ひとりのテオに」


 僕はゆっくりと息を吸い、右手を木桶に向けて、ゆるやかに詠唱した。詠唱に合わせて体の奥深いところから、魔力がゆっくりと流れだす。

 ジャッと音がした。木桶を覗き込むと、水が少しだけ溜まっていた。



「ふむ、何年かかることやらと思ったが、あっさり出来たな」


 いつの間にか、ガエタノが僕の後ろに立っていた。


「魔法を使うにはコツがある。誰にでもできることではない。教えられるようなものでもない。皆それぞれの感覚でコツをつかむ」


 ガエタノは、右手で空いている木桶を指差し詠唱した。また水が一杯になった。


「魔法は意志の力だ。詠唱は意志を導くもの。水の量や出す場所、勢い、使う魔力量などを、自分の意志で決めて調整する。魔法を使う時になにを感じた?」

「心を静かにして、体の奥底からの流れを感じました」


 ガエタノが深くうなずく。


「人によっては腹の塊、背中の寒気、手の光り。それぞれに表現が違っている。いつでもその『流れ』を出せるように訓練しろ。それから、感情には注意するんだ」

「感情?」

「火事場でのおまえはどうだった? 強い感情に動かされていたはずだ。あの時はたまたま上手くいった。だがさっきは火事場の時に出来たから、と真剣ではなかった」


 僕はゆっくりうなずく。


「それも感情だ。感情で魔法を使うのは危険なことなのだ。発動できなかったり、効果が変わってしまったりする。いつも冷静で、確実に発動できるようにしろ」


 モルンが、樽の上でコクコクしているように見えた。


「たまたまだったのか。ガエタノ、治癒魔法もちゃんと覚えたい」

「だめだ」

「え? どうして? 治癒魔法は役にたつ」

「だめだ。治癒魔法は簡単に訓練できるものではない。本来は生き物の体や、治そうとする事柄について、深い知識が必要なのだ。間違って使えば相手は死んでしまう。今もお前が治してしまったモルンや親猫、子どもたちの様子を、私が、観察している」


 僕は、モルンの様子をうかがう。観察が必要なの?


「治癒魔法が使える本職の治癒師がいなければ、訓練はできん。今は他の魔法の習得に専念しろ」


 僕は日が沈むまで詠唱の訓練をした。その様子をモルンの金と青の目が、ずっと見ていた。

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