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「あんた、仲間だったんじゃないのか?」

 銃口はその男に向けたまま、僕は疑問を口にした。 

「仲間? よしてくれ。ただの道具だよ。使えない道具は捨てるものだ。お前たちもカップが割れたら捨てるだろう? それと同じだ。役目を果たさないのなら必要ない」

「なるほど、あんたも相当なクズだな」

「クズは貴様らだ魔法使い。その力は人の身に余るものだ。だから神は貴様らを滅ぼそうとした。だというのに、ネズミのように潜み、隠れ、魔法をこの世に残し続けた。神に代わり、私が貴様らを滅ぼす」

 この状況にも乱れることなく、この男は平静を保ち続けている。まるで自分の身には危険など全くないように。

「……沖田さんを離せ」

「ふむ、いいだろう」

 予想外にも、男は平然と沖田から手を離し、崩れ落ちる沖田から離れる。

「見たところ、だ。お前は拳銃を扱ったことがない。銃口の照準は私を捉えているようで、芯からは大きくズレている。お前が一発撃ったあとからでも、私はお前を撃ち殺せる。それに覚晴者の女。これはまさに貴様らにとってのジョーカーだが、魔法の扱いに長けていない。その翼以外にも魔法を使えるなら、とうにそうしているはずだ」

 淡々と僕たちを分析する男。確かにこの男のいう通りだ。だが、僕にはまだ奥の手がある。問題はどうやってこの男の隙をつくかだ。

「あなたたちは、どうしてそこまで魔法使いを憎むの?」

「無駄話だな。私は魔法使いを殺す存在。お前たちは殺される存在。それだけだ」

 どうやら会話で解決する余地はないようだ。

 僕は銃口を男に向けたまま、沖田の様子を横目で見る。胴体と足から出血しているが、息はある。まだ助けられる。

「晴月、さっき上がってくる時に話した通りだ。頼む」

「──わかった」

 僕は拳銃を左手で握ったまま、右手で懐にあるモノに触れる。

「なんだ? 服のふくらみからして、大したものは隠してないように見えるが──」

 瞬間、僕の隣に出た晴月が白い翼を大きく、力強く羽ばたかせる。

 翼から生まれた疾風と共に、屋上の地面に溜まった雨水が男に向かって吹き付ける。

 隙はこの一瞬で充分だ。僕は懐から真の奥の手である銀色に輝く万年筆を取り出してしゃがみ込む。

 頭の上を男が放った銃弾が掠める。

 晴月は翼を羽ばたかせたのと同時に沖田の元へ駈けている。

 この屋上の中央に縦断する線を引いたとしたら、右側には晴月と沖田、左側には僕と咄嗟に撃ってきた男。分断は成功した。

 僕は万年筆で地面に素早く「wall」と書き込み告げる。

「Einsatz」

 地面から高さ五メートルの壁が出現し、屋上を二分する。

 これが僕の真の奥の手。父から持ち出しを禁じられていた、東雲家に伝わる魔法道具(アーティクル)。それは書き込んだモノを出現させることが出来る、魔法の万年筆。

 僕は続けて地面に「shield」と書き込み告げる。

「Einsatz」

 地面から出現した大きな盾を掴む。同時に、放たれていた二発目を盾が防いだ。

「なるほど、そんなものまで持っていたとはな。回収せねばならない……が、後回しでもいいか」

 そう言って男は拳銃を下ろし、懐から注射器のようなものを取り出した。それを首元に刺しながら、横に聳える壁を見上げる。

「五メートルといったところか。低いな」

 注射器を投げ捨て、壁に向かって走り出す。おいおい、まさか──

 男は人間離れした跳躍で、その壁を悠々と飛び越えた。

「──Aufheben!」

 一瞬で意味をなさなくなった魔法の壁を解除する。

 くそ、なんだあのデタラメは! 予定では晴月が沖田を安全なとこに運んでから、僕も時間を稼ぎつつ撤退するはずだったのに!

 男が沖田を庇う晴月に対してナイフを振り下ろす。

「──ァ!」

 偶然かそうしたのか、晴月を守るように畳まれた翼が代わりにナイフを受ける。

「──てめえ、離れろ!」

 僕はその元へと走りながら拳銃を男に向け、続け様に三発の弾丸を放つ。が、予測していたかのように男は後ろに跳ね、その全てをかわす。

 滑り込むようにして男と雪月の間に割って入る。男の持つ拳銃は、すでに僕に向けて照準を定めている。

「私たち委員会はな、通常は雨が降っていない時に粛清を行う。だが、時として雨が降っている時にも粛清を行う必要に迫られる場面もある。それは限られた者にしか許されず、遂行できない粛清だが、私はその限られた者の中の一人だ」

「ふざけやがって……。ズルだよ、あんた」

「魔法使いの君がそれを言うのかね」

 パァン、と今日何度も耳にした、乾いた音が屋上に響き渡った。


 ──痛みは無かった。そういうものなのだろうか? 僕は反射的に瞑っていた目を恐る恐る開く。

 僕の目には男の姿は映らず、代わりにどこかで見た覚えの後ろ姿があった。

 腰まで伸びた赤い髪を靡かせ、真っ黒のロングコートを羽織ったその女は、赤い傘を体の前に広げて、僕の前に仁王立ちしていた。その周囲にはいつかと同じように水の妖精達が宙を漂っている。

「ギリギリセーフってとこだね。まあ、遅すぎたといえば遅すぎた、か。まあ、仕方ないだろう? あんな辺鄙な島から文字通りカッ飛んできたんだから」

 その女が振り向く。その瞳は相変わらず燃えるような赤色で、口にはいつか見たのと同じようにタバコを咥えていた。

「久しぶりだね、ハルくん。いい目をするようになったじゃないか。世界の素晴らしさに気付けたのかな?」

 本物の赤い傘の女、雨宮暁子は、そういってはにかんで見せた。

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