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 殺し合いの合図にゴングなど気の利いたものはない。

 先手はこちらからだった。僕は短剣を浅黄に向かって投げつけた。何度も不規則に軌道を変えながら、短剣は浅黄に迫る。浅黄はそれをかわすように横に飛び退く。が、僕の魔法で操られた短剣は標的を逃さない。直角に軌道を変えて浅黄の体目掛けて刺しに行く。

「──くだらん」

 浅黄が手を振りかざすと、小さな水の盾が現れて短剣を弾く。

「雪月!」

 僕の言葉と同時に、雪月は地面を強く蹴って飛び出す。浅黄との距離は十メートル。その間合いを瞬時に詰めて、雪月は拳を振り上げる。

「魔法使いでもないガキに、何ができる!」

 浅黄が再び手を振りかざすと、浅黄と雪月の間に水の壁が現れた。ただの水の壁などではない。短剣を弾いた盾と同じ、その硬度はコンクリートの壁と同等、いや、それ以上だ。

 そんなことは僕も、雪月だってわかっている。だが、雪月の振り上げた拳は止まらない。

「──ハァ!」

 その拳は浅黄を守る壁を容易く貫通し、その顔面を殴りつけた。

 浅黄の体は吹き飛び、転がり、屋上角の扶壁にぶつかってようやく止まった。

「……くそ、何が起きた……!? 本当に人間か? お前」

 血だらけの顔を抑えながら、浅黄は雪月を睨みつける。

「雪月、大丈夫か?」

「うん、灰夜くんのおかげ。全然痛くないよ」

 魔法とは想像力であり、創造力が肝となる。その点、イメージしやすい身体能力の強化は比較的習得しやすいものである。

 だからと言って、雪月が魔法使いになったわけではない。魔法使いである僕が、『雪月ならできる』とイメージし、雪月自身が『私ならできる』とイメージする。お互いの信頼を前提とした、一時的な魔法の付与、魔法使いから授ける強化(ブースト)である。

「くそ、くそ、くそが! お前も魔法使いだったっていうのか?」

「それは、どうかな。なんにせよお前は雪月にぶん殴られた。それが結果だ」

 雪月の代わりに僕が答えてやる。そう勘違いしてくれるなら、それはそれで好都合だ。

 今の一撃は大きい。かなりのダメージが入ったはずだ。浅黄は立ち上がったが、足は震えてよろけている。

「一発入れたぐらいで……調子に乗るなよ!」

 浅黄が三度手を振りかざすと、辺りに小さな水晶が何個も浮かび上がった。

「灰夜くん!」

「任せろ!」

 僕は視界に映る全てに集中する。雑草が生えた寂れたコンクリートの地面、今も雨を降らし続ける曇天、降り注ぐ雨粒、空に浮いている水晶、前髪から垂れる水滴、全てを知(み)る。

 水晶は全部で九つ。全て僕の視界に収まっている。

 手元に戻していた短剣を空に向かって投げる。それは一瞬、空中で動きを止めると、撃鉄を落とされた弾丸のような速度で、空に絵を描くように飛び回る。

 浅黄の魔法で出現した水晶はあっという間に全てが砕け散った。そう、一階でのヒトガタも、夕方に見せたトゲを出す水晶も、攻撃までにラグがある。やられる前に、やればいい。

「チッ、これだけだと思うなよガキども!」

 浅黄の周辺の雨粒達が重力に反して動きを一斉に止める。まさか──

「雪月、僕のとこへ来い!」

 おそらくだが、あの動きを止めた雨粒、あれは全てが弾丸だ。

 その大掛かりな魔法の代償として、浅黄は目を充血させながら吐血した。奴も無茶をしてる。これを凌げば──勝てる!

 雪月が素早く僕の元へ飛んでくる。僕は浅黄と対峙してから、一歩もこの場を動いていない。それは予め、奥の手を用意していたからだ。

 僕はその場にしゃがみ込み、地面に手を下ろす。そこには僕の足元を中心として、雨水で作られた魔法陣が敷かれている。

「Einsatz」

 魔法陣も、呪文も、代々受け継がれてきた魔法を発現させるためのもの。半人前の僕が、それを使うための補助輪だ。

 光出した魔法陣は僕を中心に広がり、半径五メートルの大きさになる。

「なんの真似だか知らないが……これで終わりだ!」

 浅黄が血だらけの手を振りかざす。

 空中に浮かんでいた弾丸が射出される。

 その数は百……いや、二百……三百か?

 屋上全体を覆うような弾丸の雨。

 僕は脳をフルに回転させて意識を集中する。

 その全ての弾丸を捉える。捕らえる。僕の支配下に置く。

 最後のアシストとして、両手をかざす。

  想像(イメージ)する。

  創造(イメージ)する。

 非常識(魔法)を、常識とする(発現する)。

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