第5章 Awakening <1>

 第5章 Awakening


<1>


 委員会。それは魔法使いという存在を滅ぼすことを目的とした組織。幸いなことに、今までは話には聞いていただけでそいつらに出会ったことはない。聞いていた話だとそいつらは、目的のためなら手段を選ばない。冷酷で、残忍で、刻薄な存在。決して正義の警察なんかではない。そう、警告なしで発砲するような、まるでこいつらのような……。

「う……ぁ……」

 地に伏した沖田が苦しげに呻いている。それをまるで虫ケラを見るような冷めた目で見下ろす男たち。

「いいんですか? こいつはすぐに殺さなくて」

「ああ、こいつには餌になってもらう。本命のためのな」

 スーツ姿の男は沖田のもとに歩み寄ると、痛みに喘ぐ沖田を踏みつけた。

「ガッ──!」

「おい、まだ死んでくれるなよ? お前にはまだ役目があるんだ」

「な、やめて!」

「うるさいなあ。黙ってろよ。雪月……いや、ヒーローツッキー」

 学生服の男が拳銃を手にこちらへ向かってくる。

 こいつの顔……見覚えがある。名前は知らないが、どこかで……? いや、むしろ何度も……。

「よお、東雲。お前が魔法使いだったなんてな。しかも、女を従えてヒーローごっことは。そんなやつとは思わなかったよ」

「お前は……」

「ああ、どうせ名前も知らねえだろ? お前は周りの人間に興味なさそうにしてたもんな。それが例え、クラスメイトだったとしても」

 クラスメイト……。そうか、こいつは僕が学校の屋上で雪月と話した後、教室に戻った時に沢田と話していた相手だ。

「あなた、藤永くんよね? どうしてこんなことを」

「俺は委員会だからだよ。つってもただの鳩だけどな。あの日、東雲が魔法を使ってるのを見て、世話になってるこちらの先生に伝えた。そして今、粛清の時となった」

 雨が上がって魔法は使えず、戦いを終えて気を緩めていた。周りに人もいない。確かに、こいつらにとっては絶好の機会というわけだ。

「先生、こいつらはどうしますか?」

 先生と呼ばれたスーツ姿の男は、僕たちに冷めた視線を向ける。なんて冷たい瞳をしているんだろう。まるで深海のような青。あの女とは真逆の瞳。

「そうだな、お前のクラスメイトなんだろう? お前が好きにするといい。ちなみに女の方は魔法使いではない。だが、協力者ではある。処分は任せる」

 僕は雪月を庇うように前に出た。

「そうだ。雪月は魔法使いじゃない。お前らの標的じゃない」

「うーん、ま、そうだな。任せると言われたから、雪月は助けてやってもいいかな。流石の俺も、女を殺すのは気がひけるし」

「灰夜くん! 私だって──」

「黙ってろ!」

 前に出ようとする雪月を静止しながら、藤永とかいう男からは視線を外さない。正直、この場を切り抜ける方法は思いつかない。だが、せめて雪月だけでも助けたい。僕がどうなろうが、雪月晴月はこんなところで死んでいい人間じゃない。

「東雲、お前が他人を庇うなんてな。教室でのイメージとは真逆だよ。人は見かけによらないもんだな。……もしかしてあれか? お前らは付き合ってんのか?」

「雪月は……僕の大切な人だ。僕のことは好きにすればいい。だが、雪月に手を出してみろ。地獄の底から這い上がってでも、お前を殺す」

「なるほどねえ。……ああ、いいことを思いついたよ」

 藤永はそう言って悪魔のような笑みを浮かべる。

「お前がそこまでいうなら雪月は助けてやる。ただし、条件がある」

「条件……?」

「簡単なことだ。東雲、お前そこから飛び降りろ。そうすればお前の女は助けてやる」

「それを……信じろと?」

「信じるも何も、俺の言うとおりにするしかないだろ? 女のために飛び降りて自ら死ぬか、ここで俺に二人とも殺されるかだ」

 手にした拳銃をちらつかせながら、ヘラヘラと藤永は笑っている。

 こいつは下衆だ。さっきもまるでゲームのように、笑いながら人を撃っていた。ふざけている。こいつの言葉を信用するなんて、ありえない。

「先生! それでもいいですよね? 面白そうだし」

「……いいだろう。確かに面白いショーになりそうだ。私も少し手伝ってやる」

 スーツ姿の男は、腰元から拳銃を取り出したかと思うと、躊躇のかけらもなく踏みつけたままの沖田の足に目掛けて引き金を引いた。

「ガァ……ァ……!」

「次はもう片方の足だ。お前が飛び降りるまで続ける。死なない程度に人間を傷みつけるのは職業柄得意でね」

 拳銃を持たない手の方には、いつの間にか小振りのナイフが握られていた。

「次まで一分やる。さあ、どうする魔法使い?」

 文字通りの悪魔が、そこにはいた。

「ははは、最高だよ先生! 僕もそうだな、一分経ったら雪月の足でも撃ってみようかな。ああ、僕は素人だからな。手が滑って腹を撃つかもしれない。もしかしたら頭にいってしまうかもな」

 藤永のいう光景を想像して、怒りで頭が真っ白になる。雪月を撃つだと? 今にも飛びかかりそうになる体を必死に理性で食い止める。

「……二十秒だ」

 スーツの男が淡々と告げる。

「…………」

 選択肢はない。いや、どの選択肢を選んでも、僕の死は確定だ。ならばせめて──

 僕は立ち上がり、屋上の端に足を向ける。

「灰夜くん! だめだよ! 灰夜くん!!」

「動くな!」

 追い縋ろうとする雪月を藤永が静止させる。

「黙ってみてろ雪月。でないと僕は東雲を撃つ」

 銃口を此方に向ける藤永を見やりながら、屋上の縁に立って下を見下ろす。

 なるほど。あの時、雪月はここから落とされたのか。この高さは助からない。

 地面に叩きつけられるのを想像する。潰れたトマトのように、みっともなく赤色を撒き散らす僕の体。それを見て、奴らは嗤うだろう。雪月は……泣いてくれるだろうか。

 縁に立ったまま、体を反転させる。

「……四十秒」

 刻限が近づいているからか、秒数を告げる男は微かに口元を吊り上げている。吐き気がする。

 藤永は、相変わらずの悪魔めいた笑いを溢している。頭に血がのぼるのを感じる。

 雪月は、目に涙を浮かべて僕の名前を叫んでいる。 

「……五十秒」

 僕の物語はここで終わりだ。

 淡々と過ごしてきた灰色の物語。

 俯きながら歩いてきたモノクロの世界。

 そんな僕の常識(日常)を、雪月は壊してくれた。

「雪月、まだ面と向かって言えてなかったな。雪月のおかげで、僕は救われた」

 走馬灯というやつだろうか。

 八年前、僕が捨て去ったそれ以前の記憶がフラッシュバックする。

 雪月と初めて出会ったあの日。

 階段から落ちてきた真っ白な服の少女。

 真っ白な屋上に、雲ひとつない青空。

 くだらないことで笑い合った、捨て去るべきではなかった、僕の大切な思い出。

「──ありがとう、晴月」

 僕は地面を蹴り、世界に別れを告げた。

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