互いを示すもの(26日目:故郷)

 雪はますます深くなり、道を行くのもだんだん困難になってきた。

 一行はそれでもまだ旅を続けていた。――先に進まなくてはいけない。誰ともなく、そう思っていたから。

「俺をこうしてずっと抱えていて、手がかじかまないか、ランフォード?」

 白い息を吐きながら、コンラートは話しかける。こうして首だけの身になってもきっちり冷えるのには参った。首の断面が冷たくなってくるのまできっちり感じるのだから、困ったものだ。

「大丈夫だよ、コンラート君。私はこの気候を完全には感じていないし、それにほらこの通り、手袋もしているからね」

 そう言えばランフォードは最近暖かな手袋をするようになっていた。頬に触れる毛糸の感触が少しだけくすぐったい。気候をあまり感じていないとランフォードは口では言っているが、もしかしたら寒いのかも知れない。――ただ、人と同じようにしているのかも知れないが。指輪を全部外すのが面倒だ、と今も素手のジェフとは本当に考え方がだいぶ違うようだったから。

「ジェフ。どこか休めるところは無いかね? コンラート君がだいぶ冷えているんだよ」

「休む場所か? 待ってろ、今すぐ探す」

 ジェフは口の中で小さく呪文を唱えた。そうしてから、周囲をぐるりと見回しはじめる。

「……どういう魔法なんだ?」

「視力を一時的に拡大したのだよ。今のジェフは、かなり遠くまで見通せる」

 私がやってもいいのだが、そういう術はジェフの方が得意だからね。コンラートを守るようにマントを広げて、容赦なく吹き付けてくる風を防いでくれながら、ランフォードはジェフを見守っていた。

「――風が遮れる方がいいな。なら、少し道を逸れるぞ。こっちだ」

 ジェフが先頭に立って歩き出す。ランフォードは頷くと、ジェフの後に続いた。



 着いた場所は、小さいが間違いなく洞窟だった。

「助かったね。ここなら少しは暖が取れるよ」

 ランフォードはコンラートを降ろすと、小さな火を起こした。それだけで少し、暖まってくるようだ。

「……ジェフ。狭くないか?」

「俺様のことなら心配無用だ、首だけ騎士」

 ジェフは痩身だが、ランフォードよりも背が高い。天井のあまり高くない小さな洞窟では、見るからに窮屈そうに感じたのだ。

「強がりを言わずとも良いのに、ジェフ」

 ランフォードの言葉に返事が無いところを見ると、本当は窮屈なのだろう。――それでも黙ってコンラート達に付き合ってくれるのは、彼なりの気遣いだ。付き合いが長くなってきて、コンラートにもそれが理解できた。

「……随分と、故郷から離れたところに来たな……」

 昼食のパンを飲み込んで、コンラートは吹雪き始めた外を見やる。

「やはり故郷は懐かしいかね、コンラート君?」

「……最初の頃は屋敷や城が恋しかったが、今はそうでもないな。……もう、あそこからは気持ちも遠くなってしまったから」

 旅を始めた最初の頃は、屋敷のことや仕えていた城のことをよく夢に見たものだが、最近はそれもなくなった。――もう、あそこには戻ることはないと、自身理解出来ているからだろう。

「生まれ故郷は遥か彼方だが――俺のルーツは、名前にあるからな。それで寂しくないのかも知れない」

「名前? コンラートという名から、君のルーツまでわかるのかね?」

「いや。名ではなく、姓だ。俺の姓からは辿ってきたルーツがわかるんだ」

「――何と言うんだ、首だけ騎士?」

 比較的広くなっている洞窟の入口付近に立っているジェフが、コンラートを促す。ランフォードも聞きたいと言うように、コンラートに頷いてみせた。

「俺のフルネームは、コンラート・ベルガーと言うんだ。ベルガーという姓には、意味がある」

「ベルガーか。――山の近くに住んでた、だったか確か」

「いつもながらこちらのことをよく知っているな、ジェフは。そう、ベルガーはそんな意味がある姓だ。だから山を見ると、これも俺のルーツかと思って――故郷みたいなものかと思えるんだ」

 そんな姓を持っているからか、よく遊んだりした川よりも、山には昔から近しいものを感じていた。今こうして、山に出来た自然の洞窟の世話になることが増えると、なおのことだった。

「ランフォード達には、そういうルーツみたいなものは無いのか? というか、姓はあるのか?」

 興味本位で、質問してみる。

「そうだね。私たちに君のような姓は無いよ。私たちを示すのはこの名と、あとは部族名だね。私はあちらでは、ビナーのランフォードと呼ばれているよ。ジェフならティファレトのジェフだね」

「俺様達を現すのは――強いて言うなら、部族の持つ固有の色だろうな。俺様なら黄、ランなら黒だ。生まれた地はあるが、故郷意識はそこまで強くないからな」

「そうなのか。――姓が無いのは、不思議な感じだ」

 彼らの持っている色は何となくわかる。だからランフォードは黒髪に黒曜石の瞳で、ジェフは金髪にシトリンの瞳なのだろう。魔族としてのオーラの色も、そんな感じだったように思う。

「魔界には、山はあるのか?」

「あるよ。山もあるし、川もあるね。こちらのものとはだいぶ違うけれど」

「――どんな感じなのか、俺が聞いても大丈夫か? ランフォードやジェフの生まれた地のことを、聞いてみたいんだ」

「勿論だよ。……と、ここで話し出しても大丈夫かね? 魔界の話を詳しく始めたら、時間がなかなかかかると思うよ」

「大丈夫だ。今日はここで足止めだからな。――この吹雪じゃ流石の俺様やランでも、力を使わないと動けないぜ?」

 ジェフが指輪だらけの指で、外を示す。外はなおも激しく吹雪いていて、少し先も見えそうに無かった。

「風を防いで、ここで野営しか無いな。ラン、火をもうすこし強くしてやれよ?」

 ジェフが口の中で何か唱えると、外から入ってきていた冷たい風を感じなくなった。――恐らく風を遮るといった魔法を使ってくれたのだろう。

 風を遮って、火を強くしてもらうだけで、狭い洞窟はだいぶ暖かになった。

「どこから話そうね。まずは私の土地のことからでいいかね――」

 ランフォードが静かに魔界のことを語り始める。こちらとはだいぶ違う土地のことを。

 コンラートはランフォードの側で話を聞き、ジェフは洞窟の入口付近でその瞳を閉じている。

 不可思議な魔界の話はなかなか終わること無く、夜遅くまで続いたのであった。

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