愉快な記念品(17日目:額縁)

 足元が暗くなろうかという刻限にようやっと辿り着けた街は、前訪れた都市より規模は幾分小さかった。小さくはあったが――どこか美しい街であった。街の建物と周囲の自然がうまく馴染んでおり、その景観を見るだけで気分がよくなってくる。

「これは素晴らしい眺めだね。まるで一幅の絵のようだ」

 ランフォードは感嘆の声をあげている。ジェフも周囲を見回しては、愉しそうな顔をしていた。

「つかぬことを聞くが――魔族にも、絵はわかるのか?」

「わかるとも、コンラート君。魔界にも絵の文化はあるからね。ただ、私はこちらの世界の絵の方が好みだよ」

「それはラン、お前がこっちに肩入れしているからじゃないのか?」

 ジェフがランフォードを見てにやりと笑う。ランフォードは苦笑いを浮かべた。そういうところはあるかも知れないね、と答えながら。

「街の見物は明日にしようか。早く行かないと宿がなくなってしまうからね。宿を取ったら食事にしよう」

 宿の看板を見つけると、急ぎ足で一行はその建物に向かった。



 翌朝は早くに宿を出た。晩のうちに話し合って、屋台で朝食を食べて、街を見物しようということになったので。

「この街は絵が盛んなんだろうか。絵を売る店があちこちにある」

 コンラートはランフォードの手に抱えられて街を見物していたのだが、絵を売り物にしている露天や店が多いのに気付いたのだ。

「そうだね、コンラート君。確かに画商が多いように思える。絵のような街だからかね?」

 あの花の絵はいい絵だね。言いながらランフォードはさっさと額縁に入った絵を一枚、購入していた。

「ランフォード。その絵はどこに……」

「私の家に飾るのだよ。きっとこういう絵は、私の娘が好むだろうからね」

「む、娘?」

 意外だった。まさかランフォードに娘がいたとは。このように、コンラートに付き合ってあちらこちらを旅なんかしていられるのだから、独り身だとてっきり思い込んでいたのだ。

「おや。私に娘がいてはおかしいかね、コンラート君? 可愛い娘がひとり、私にはいるよ。あの子がこちらに来たら、君にも会わせてあげるのだがね」

「……ご婦人が、俺の姿を見たら倒れてしまうのではないか?」

「――あの子なら多分大丈夫ではないかね。どう思う、ジェフ?」

「ソレイユか? 問題ないだろう。むしろ、可愛いと言うんじゃないか?」

 可愛い? どう見ても生首の俺が? ランフォードの娘というのは、相当な変わり者のようだ。――父親に似て、と言ったら失礼になるだろうか。

「よくわかってるじゃないか、首だけ騎士。ソレイユは母親よりもランに似ている」

 視線を合わせるためだろうか。ジェフがコンラートを片手で持ち上げた。いつも思うが、大きな手だ。

「母親――って、ランフォードには奥方もいたのか?」

「そりゃいるさ。ランの性格で、妻も無しに子を作ると思うか、首だけ騎士?」

 ……全くそうは思えなかった。魔族というのはどういう夫婦関係を築くのか、元は人間であるコンラートにはわからないが、ランフォードはそういう男だとは思えない。極めて、人間に近そうだ。

「……俺に付き合っていて、奥方は何とも思われないのか?」

「サティナはランの性格なんざ、わかりきっているからな。また始まったな、くらいにしか思ってないんじゃないか? なあ、ラン?」

「大丈夫だよ、コンラート君。妻にはちゃんと、君の行く末を見届けるまで付き合ってくると連絡してあるからね」

 ランフォードはにこにこ笑ったが、本当に大丈夫だろうかとコンラートは思わずにはいられなかった。

 そのランフォードだが、見ると先程買った絵だけではなく、他の絵もたくさん買い込んでいた。野山を描いた絵、城の絵、街の絵など。本当に絵が好きなようだ。

「……ずいぶんと買い込んだんだな、ランフォード」

「どれもよく見えてね。――そうそう、絵を買っていて思いついたのだよ。コンラート君、君の絵を描いて貰わないかね?」

「お、俺の絵?」

 コンラートは素っ頓狂な声を上げた。一体ランフォードは何を言い出すのだというように。

「君の絵を額縁におさめるのはどうかと思ったのだよ。良い顔をしているからね」

「そりゃあいいな、ラン。確かに最近の首だけ騎士は、なかなかいい面構えだ」

 ……ジェフまで同意してしまった。どこで描かせるのがいいか、額縁の色は何色が良いかなどと、鼻歌交じりで愉しそうに思案しはじめている。

「待ってくれ、二人とも。俺はこの通りの生首だ。誰もこんな俺の絵なんか描かないと思う。絵描きが卒倒するだろう」

「俺様は抜かりないぜ? そこは俺様の部族の絵描きを連れてこよう。きっとお前に美を見い出して、何枚でも喜んで描くと思うぜ?」

「それはいいね。ジェフの部族なら、きっと素晴らしい絵に仕上げてくれるだろう。コンラート君、君も自分用に描いて貰えば良い。その肖像を小さな額縁に入れて、私たちと出会った記念にすれば良いからね」

 そんな記念品は要らない――! コンラートは思ったが、それを口には出せなかった。

 あまりにも、ランフォード達が楽しそうだったから。

「――連絡を入れたぜ。すぐに来るそうだ。楽しみにしてたぜ、首だけ騎士に出会うのを。首だけになっても意思があるなんて、素晴らしい人間だと感激してたぞ?」

「も、もう連絡を入れたのか。ジェフ? というより――俺の意志は確認なしか?」

「無いな。拒否権は存在しないぜ。おとなしく描かれとけ。あとで俺様がグリューワインでも奢ってやるからな」

「グリューワインは欲しいが、俺の肖像は断る! そんな恐ろしいものを遺そうと思うな!」

 コンラートの叫びは、誰にも聞き入れられることなく。

 その後何時間も、コンラートは絵のモデルを務めることになったのであった……。

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