生首の想い(3日目:だんまり)

 食事の後始末を終えても、雨はまだ降り続いていた。

「これは、しばらくここに留まるほかなさそうだね」

「全くだな」

 外の様子を窺いながら、ランフォードとジェフは頷きあう。

「風の具合からすると、これはしばらく降り続きそうだぜ、ラン」

 俺様、しばらく寛がせてもらう――ジェフは手を振ると、ソファを取り出した。そして悠々と座ると、まるで屋敷にいるかのように手足を伸ばしはじめる。

「……あんた、こんな奴とよく一緒に行動していられるな……」

 コンラートは呆然とジェフを見つめながら、どこか脱力したような声で呟いた。

「うーむ……確かにジェフとは長い付き合いなのだが、ああいう男だと思えばそんなものだよ、コンラート君」

「……あんたはずいぶんと寛大、なんだな……」

 コンラートはランフォードとジェフを見比べながら、不思議そうな顔をしている。どうやら彼に取って、ランフォードとジェフの関係は理解を超えているもののようだ。

「まあどうでもいいがラン、今のうちに休んでおけよ。ついでにお前もな、首だけ騎士」

「……あんた、もしかしなくても俺の名前を覚える気が無いんだろ……」

「ようやくわかったか?」

 ジェフは目を細めて、喉の奥で低く笑う。――こんなに愉しそうなジェフは久し振りに見た気がする。

「コンラート君。あまり気にしないように。ジェフの言うのももっともだ、私たちも休もう」

 流石にソファを出す気にはなれなかったので、ランフォードは大判の布とクッションを二つ取り出した。

「さあ、このクッションで君も寛ぐがいいよ」

 布を敷き、その上にクッションを並べて置いて、ひとつにコンラートの首を置いてやる。

「……悪いな。有難い」

 ランフォードの出したクッションに、すっぽりとコンラートの首はおさまった。


「……ところでコンラート君、ひとつ尋ねても良いかね?」

「構わない。何だ?」

 そう言えば、確認しなければならないことがあった――ランフォードは傍らのクッションに置いたコンラートの首に問いかける。

「これから君はどうしたいかね? 君はその姿になってしまったわけだが、この通り、意識はしっかりしてるのだからね」

 コンラートにも家はあるだろう。騎士だということを鑑みると、仕えている相手や、部下もいるのかも知れない。――一体彼は、今後どうしたいのか。その辺りをランフォードは確認したかったのだ。

 コンラートは、その碧い瞳でじっと洞窟の壁を見つめた。それきり、口をなかなか開かない。――どうしたいか、全く考えていなかったのだろうか? 重い沈黙が、その場に落ちる。

 ランフォードはジェフの方に目をやった。ジェフは、いつになく真面目な表情でひとつ頷いた。待ってやれ、というように。

 だから、ランフォードも待った。コンラートが、口を開いてくれるのを。

 雨は、ざあざあと音を立てて降り続ける。誰一人として口を開かない静寂に、その音はよく響いた。


 ――どれくらいのときが、経っただろうか。

「俺は……帰れるなら、帰りたい」

 ぽつりと、コンラートは低く呟いた。

「……どこに、帰りたいのだね?」

「主君のところだ。あとは、両親にも顔を見せたい」

 こんな姿になってしまってはいるが、俺は健在だと知らせたい――コンラートはそうはっきりと、言い切った。

「決まりだね。では、まずはご両親のところを訪ねてみようか。コンラート君。君のご両親の御在所は、ここから遠いのかね?」

「そこまで遠くない。今は俺が賜った屋敷にいるんだ。でもどうやって俺の屋敷に行くんだ? 今の俺はこの通り、歩けもしないし馬にも乗れないが」

「それは簡単だよ。私たちが君を連れて行くのだからね」

 ランフォードが微笑んでコンラートを見ると、コンラートは一瞬きょとんとしたのち、目を見開いた。

「あんた達がか? そこまで手間をかけさせるわけには」

「構わないのだよ。私たちは急ぐ用事も無い。ここで出会ったのも何かの縁だろう。君が行くところを決めるまで、付き合わせて貰うよ」

 それでいいね、ジェフ? ランフォードが問いかけると、ジェフはにやりと笑って頷いた。

「まあ、ランがいいなら俺様は構わないな。首だけ騎士の行く末も気になるからな」

「だから誰が首だけ騎士だ!」

 コンラートが眉を上げて、声を張り上げて叫んでも、ジェフはどこ吹く風だ。

「あまりコンラート君をからかうんじゃないよ、ジェフ。――おや、雨が止んだようだね。もうすぐ夜も明ける刻限だ。丁度良いから、出発しようか」

「そうだな、ラン。出かけるとするか」

 ジェフは立ち上がると、手を振った。それだけでソファが消え失せる。

「……あんた達はそれで普通なんだろうが……慣れないな」

「済まないね、コンラート君。こればかりは我慢してくれたまえ」

 ランフォードはコンラートの首を両手で抱えると、出していたクッション等を片付けた。

「では、行こうか。コンラート君、ご両親の御在所はどっちの方角だね?」

「ここからだと……西の方だな」

「わかったよ。それでは、出立しよう」

 洞窟を出ると、ランフォードは地面を蹴って飛び立った。その後をついて、ジェフも飛んでくる。

 雨上がりの美しい空には、今まさに太陽が昇ってこようとしているところだった。

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