エピソード27 日本最東端と給油問題

 3月。

 翼と美宇は、根室にいた。


 根室ねむろ。そこは北方領土を除くと、日本最東端の町。ここは、3月どころか5月も中旬まで桜が咲かない。


 真夏の気温も30度も行かないような、日本とは思えない、極寒の地。

 気候的には、温暖湿潤気候の日本より、亜寒帯気候のロシアに近いくらいだ。


 そんな「春が遠い街」で、彼女たちが最初に向かったのは、もちろん一番東の果てだった。


 納沙布のさっぷ岬。


 根室半島の先にある、日本で最も東にある岬。


 着いてみると。

「すごい! 向こうに見えるの、ロシア?」

「ああ」


 翼が岬の尖端にある建物の2階にある、望遠鏡を覗いて、歓声を上げていた。

 ここ納沙布岬からロシアが実効支配している、北方領土の歯舞群島・貝殻島までは約3.7 km、同じく水晶島までは約7 km。

 つまり、肉眼でも見える。


 ましてやその日は晴れていたから尚更だった。


「ここについては話せば長くなるが……」

 と、前置きしてから、美宇は語る予定だったが。


(思い出せない)

 3年前より以前の記憶が消されていた美宇は、この北方領土のことを、確かに授業で習った気がする(※北海道の学生は北方領土のことを勉強として教えられる)が、思い出せなかったのだ。


「まあ、いいよ、美宇。それより根室に行って、給油しよう」

 翼が気にしていたのは、ロシアのことより、目の前にあるバイクのことだった。


 早速、根室市街地に戻り、ガソリンスタンドを探す。


 見つかったものの、ここで大きな問題に直面する。

「お、重い!」

 ガソリンスタンドは、通常、電気でホースからガソリンを「汲み上げる」のだが、電気が止まった状態だと、クランクを差し込んで手で回す必要があり、しかもかなりの力で回してもノズルからはチョロチョロと出るくらいしか地下タンクから上ってこないのだ。


 翼と美宇、2人がかりでもなかなか給油できずに、普段の倍以上の時間がかかっていた。


「だからEVバイクにしようって言ったのに。EVならバッテリーさえ充電できればどこでも……」

 恨み節のように主張する美宇に、しかし翼は大きく首を振っていた。


「ダメだよ、EVなんて」

「どうして?」


「北海道はただでさえ寒いんだよ。EVは寒さに弱いから、すぐダメになる。おまけに充電する場所も限られるし」

「なるほど。しかし、この重労働は、なかなか堪えるな」

 女2人の力では、この「電気で動かない給油ホース」からの給油は大変だった。


 しかも運がいいことに、これまでは比較的ガソリンスタンドに、「電気が来ていた」ところが多かったことが幸いしていた。


 毎回、給油するだけで、これだけの困難を要するという事実。

 電気がないと、いかに大変かを彼女たちは身をもって知らされていた。


 ちなみに、根室港にも、やはり人気がなく、漁船の残骸が転がっているだけだった。


 冬が長い北海道にも、ようやく遅い春が訪れようとしていた。

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