令和・退魔侍録~失業一歩手前になった俺の前に天使の生まれ変わりの女の子が現れて、その子の侍になりました~

陰猫(改)

第1章【侍と天使】

第1話『退魔の儀~お寝坊侍と時間厳守の陰陽師~』

「ふわぁ~」


 欠伸を一つしながら風馬景信は背筋を伸ばすとベッドから立ち上がり、近くにあったテレビのリモコンを操作してテレビの電源をオンにする。


『──次のニュースです。戦ヶ崎市伍光地区にて怪異の出現を確認しました。これに対し、政府は近隣の侍や陰陽師に応援を要請するとの事です』


 風馬は顔を洗って歯を磨くと寝間着から普段から外出の為に着こなしているくたびれた黒いワイシャツと色褪せたジーパンに身を包み、侍である事を象徴するジャケットを羽織る。

 そして、普段から愛用している刀の手入れをしてから黒塗りの鞘に納めると玄関の扉を開けながらスマホを起動して着信履歴やLINEヤホーを確認する。

 5件にも渡る着信回数や短いLINEのメッセージスタンプの履歴を見て、風馬はダメ元で相手に電話する。

 留守録に切り替わりそうになった直後、連絡相手に繋がり、風馬はとりあえず大丈夫そうで安心する。


「もしもし、風馬です──あー。すみません。今、目が覚めました。

 いまから向かいますんで、もう少し踏ん張ってて貰えますか?・・・はい。全速力で向かいますんで。大丈夫ですよ。事故ったりしませんから・・・はい。あとは着いてからですね。わかりました」


 風馬はスマホの通話機能で相方である人間──相川朝緋にそう連絡すると普段から使うクロスバイクを漕いで全力疾走で向かう。

 その速度はテレビで活躍する競輪選手並みに速く、途中で車を五台ほど追い抜いて相川が待つ現場へとクロスバイクを漕ぐ。

 肉眼で茶色のスーツの女性と常識では考えられない異形の生物が対峙しているのを確認すると風馬は急ブレーキを踏み、腰のベルトの専用ホルスターに差していた鞘から刀を抜刀すると異形の生物へと向かうようにして後輪を浮かせたクロスバイクから跳び上がる。


「いらっしゃいませえぇ!」


 その異形の生物に斬り掛かりながら叫ぶと異形の生物──ドラゴンも雄叫びを上げながら上体を起こしながら翼を広げ、その前足を風馬に振るう。

 ドバンと言う音を風馬が聞いたのはその直後であった。

 相川が牽制でドラゴンにショットガンを放ったのである。

 ドラゴンが怯んだ瞬間を見計らって風馬は空中で身を捻り、突き出された腕を斬り捨てながら着地し、怒り狂うドラゴンの反撃を予想して炎を吐かれるよりも先にそのまま素早く後方へと下がる為に跳ぶ。

 その後方には相川が黒いロングヘアーを靡かせながら凛とした顔でショットガンを手にドラゴンを見据えていた。


「フォローありがとうございます、相川さん!」

「遅い。15分の遅刻よ」

「うぐっ・・・すみません。埋め合わせは囮になる事で許してくれませんか?」

「帰ったら今回の始末書の提出もお願いね」

「うっす。相変わらず、お役所仕事は大変そうですね?」


 軽口を叩きながら風馬は相川と共に今回の怪異であるドラゴンを見据える。今回の怪異の正体は一般的な西洋風のドラゴンのようである。


 風馬達にとっては久しぶりの大物相手となるが、風馬には余裕があった。


「それじゃあ、相川さん。いつもの奴を頼みますね?」

「わかったわ。今回は大物相手だし、長めに集中するから少し時間を頂戴」


 相川はそう言うと風馬にショットガンを預け、風馬の方も相川さんに手にしていた刀を預ける。


「こっちだ、蜥蜴野郎!」


 そう言いながら風馬は相川の詠唱の邪魔にならぬようにショットガンを発砲しながらドラゴンを牽制する。

 その間に相川さんが神経を集中させ、受け継がれし儀式詠唱を開始する。


「我が身に宿りし陰陽の血よ。我が命を以て彼の者をあるべき輪廻へと祓い、清めたまえ。

 我が名は相川朝緋。陰陽師朝月相川法潤言代守の末裔なり」


 相川の詠唱が完了し、ドラゴンの背後に鬼門が出現する。

 そして、相川に預けた風馬の刀の刀身が眩い光を放ち出す。


「──退魔の儀『依り抜きの理』」


 相川はそう呟くと風馬に向かって刀を投げる。

 その刀を造作なく、キャッチすると風馬はショットガンを捨ててドラゴンと対峙し、いつもの真言を以て退魔の儀を完遂する為に動く。


「此処は汝が在るべき世界に非ず!依り代より離れ、その魂の在るべき世界へと還れ!」


 ──風馬が光の刃を飛ばし、それを受けたドラゴンの魂が鬼門へと吸い込まれて行く。

 しかし、流石は大物相手故にか、完全な依り代から切り離すには至らず、風馬は普段なら行わないニノ太刀を繰り出し、ようやくドラゴンの魂を鬼門へと還す。

 完全にドラゴンと呼ばれる異形の魂が吸い込まれて門が閉まると鬼門はスーッと消え、残されたのは依り代となっていた人間とドラゴンが暴れたという痕跡だけであった。


「──退魔の儀"鬼門還し"・・・此処に完了」


「ご苦労様ね、風馬君。相変わらず、見事な手際だったわ」


 そう言うと相川は風馬が投げ捨てたショットガンを拾って彼に近付く。


「ただし、物を扱う時はもっと慎重にお願いね。付喪神になるのも怖いけれども何よりも礼節をわきまえない侍は侍として三流よ」

「あっと・・・すいません。気を付けます」


 相変わらず、手厳しいが、相川が正しいので風馬も素直に謝る。

 風馬が刀を鞘に納めてドラゴンの依り代となっていた人物の安否を確認していると少し遅れてパトカーのサイレン音が遠くから響き渡り、数人の警察官が風馬達に近付いて来る。


「やれやれ。来るのが遅いですよ」

「仕方ないわ。これは侍と陰陽師にしか出来ない事なんですもの。その分、犯罪関連は私達ではどうしようもないわ」


 相川とそんな話をしながら、風馬はチラチラと降りだした雪を眺める。

 こうして、風馬景信と言う侍の令和5年の慌ただしい12月は幕を明けるのであった。


 全ての根源は昭和後半期に現れたインターネットの普及と共に異世界と日本がアクセスした事が発端だと風馬は小学生の頃に習った。

 異世界の存在は現世に直接現れるのではなく、ある条件に該当した人間に憑依し、人間がいままで用いて来たあらゆる武器を無効化するのであった。

 しかし、人間にも対抗手段が完全に断たれた訳ではない。

 即ち日本が誇る刀である。無論、刀のみで相手をしたとしても憑依した人間が劣勢になれば、その魂は憑依対象を変えるのみで真の解決策には至らない事も発覚した。

 そこで更に研究が進み、退魔の儀に必要とされる陰陽師の血を宿す特殊な人間の鬼門への還す儀式であった。

 こうして、受け継がれた異世界との戦いで得た知識と経験により現代に侍と陰陽師と言う役職が蘇ったのである。

 そんな侍と陰陽師の異世界からの侵略──もとい怪異との戦いの歴史は昭和から平成、平成から令和へと続いて来たのであった。

 これがこの世界の異世界と共存しながら行われる特殊な仕事である。

 この仕事がある限り、食うには困らないが、日に日に異世界の勢力──魂が力を付けているので風馬も楽観視が出来ないのも事実である。

 この状況がいつまで続くのか・・・それこそ、神のみが知る世界だろうと思いつつ、風馬は警察官と話していた相川に呼ばれ、彼女に顔を向けて近付くのであった。


 12月ははじまったばかりである。


 ──この時の風馬はまだ自分の運命が大きく動き出すのを知らずにいた。

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