第33話 マーリン①

 一同は水の妖精に連れられて、更に森の奥へと進んでいった。


「ここだ」


 水の妖精は、その場に止まる。前方には、一際大きな木がそびえ立っている。


「ここにいるってのか? この辺りに、住めるような所はないが」

 マックスは、いぶかしむように辺りを見回す。


 水の妖精は、大木の方に飛んでいくと、その前で止まった。


「マーリン! 私だ、ルチアだ」

 水の妖精――ルチアは、大声で叫んだ。


「あの子、ルチアちゃんって言うんだね」

 ヘッジは、あえて名乗ったルチアを見て言った。


<ルチアか……後ろの者たちは?>

 しばらくすると、大木から声が聞こえてきた。一同は耳をそばだてる。


「マーリンの助けを求める者たちだ。『マーリンに何かしたら容赦はしない』と言っておいた」


 その場は、つかの間、静まり返る。まるで、エメラーダ一同を見定めるように。


<ルチアの信を得たと言うことか。わかった。入れ>


 次の瞬間、目の前にツリーハウスが現れた。


「おわっ! 家が出てきた! ここにマーリンちゃんがいるんだね」


「マーリン?」

 ルチアはヘッジに顔を向けると、眉をひそめた。


「いちいち気にしてたら、キリがない。だから、こいつのことは無視しろ」

 マックスはヘッジに指を指しながら言う。


「マックスちゃんも冷たいね! でも、そういうとこ好き!」


 ルチアは、ツリーハウスの中に入る。それにならい、一同も、中に入った。


「来たのか。それにしても、こうして見ると、随分と面妖な者たちだ」


 エメラーダたちは、部屋に入るなり、そこにいたであろう女に無遠慮に見つめられた。


 女はフードの着いた、黒いローブを着ている。

顔を見ると、長き年月により刻み込まれたシワがある。高齢であることは明らかだが、背筋はピンと伸びているため、年齢を感じさせなかった。


「あんたが、マーリンちゃん?」

 怪しいものを見る目付きをしている女に対し、ヘッジは軽い声色で尋ねた。


「マーリン?」

 女は聞き返した。


 ヘッジは外見通りの年齢だ。女にしたら、息子もしくは孫くらいの歳であろう。

 それなのに、まるで若い女を口説くようなノリで呼びかけたのだ。それはそれで、いい気分はしないだろう。


「失礼しました。こいつ、見境がないもので……」

 マックスが代わりに弁明する。


「ハハハハハ!」

 女は豪快に笑いだした。


「ハハハ。耄碌もうろくババアをお嬢さん扱いか。いかにも、私は、マーリンだ」

 マーリンは、改めて名を名乗る。すっかり上機嫌になっていた。


「一体何者なのだ、貴様は。マーリンと会うのは初めてだというのに、瞬時に信を得るとは」

 ルチアは、疑いと不思議がないまぜになった目で、ヘッジのことを見た。


「俺ちゃんのラブが、マーリンちゃんにも届いたってことだ!」

 ヘッジは、これまで見た事ないような笑顔を浮かべる。


「それで、何用で来たのだ?」

 マーリンは、改めて聞き直した。


「我々は――」

 エメラーダはこれまでの経緯を話し始めた。


「虫のいい話なのは存じております。ですが、今は正しく危急存亡の状況です。何卒、お力をいただけませんでしょうか」

 エメラーダは、頭を下げた。


「こうべを上げよ。そなたはドラフォンのものではないのだから、私の個人的な因縁とは関係ない」

 マーリンは、エメラーダの言葉を聞き、静かに答えた。


「ありがとうございます」

 エメラーダは顔を上げる。


「私が気になるのは、そこの御三方だ。見たところ、ハイキルディア大陸のものではないようだが」

 マーリンは、マックス達の方に視線を移した。


「そうだ。ハイキルディアってのは知らんが、そもそもグレイセスのものでもない。俺たちは、アナセマスから来たんだ」

 マックスは、正直に答える。


「アナセマス……ねぇ」

 マーリンは、顎に手を当て、遠くの方を見た。


「アナセマスを知っているのか?」

 マーリンの思わせぶりな反応をしたのを見て、フォレシアが質問をした。それに対し、マーリンは「うむ」と言いながらうなずいた。

 

「ならば話は早い。今現在、ドラフォンで猛威を奮っているヌイグルミと植物の件か。言っておくが、あれは我々とは関係ない」

 フォレシアが口を開く。


「いや、そなたらを責めているわけではない。だがこの件は、アナセマスが大いに関係しているだろう」


「アナセマスが関係しているのか。それじゃ、クソ妖精の仕業だな」


「クソ妖精か。アナセマスでは、妖精のことをそう呼ぶのか」

 マックスの乱暴な物言いに、マーリンは苦笑いをした。


「あながち間違いではないぞ。混沌の吹き溜まりから生まれし、悪しき混沌の主に使役されし存在。アナセマスの妖精とは、そのような存在だ」

 ルチアは淡々と語る。


「『悪しき』は余計よ!」

 ルチアの物言いに、ルシエルは抗議した。


「そういえば、こいつが意識を飛ばしたとき、あんたは障壁を張ったんだっけか。それで正解だ。こいつと関わると、ロクなことにならないし」

 マックスが同意する。


「あんたは預言者でしょ! 主様に目をかけられてるのに。これは光栄なことなのよ!」


「だから俺は預言者じゃねぇよ! 『あの女』が一方的にちょっかいを出してるだけだ!」


「ふぅむ、あの女か……」

 マックスとルシエルが口喧嘩をしている最中、マーリンは意味深長に呟いた。


「お前、まさか、あの女のことを知っているのか?」

 マーリンの呟きが、マックスの耳に入る。気になったので、マーリンに尋ねてみた。


「私は、友と魔術の研究をしていたことがある。そのとき、混沌の存在を発見した」


「それとなんの関係が?」


「混沌の主は『女』であろう?」

 マーリンは、ニヤリとした。


「まぁ、そうだな」

 マーリンのニヤケ顔の意味がわからない。マックスは訝しんだ。

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