ディメンションorオペレート

「“一生涯酒を飲めない体”or“竜の眼”」


そう小悪魔が宣言すると、周りの空間はオープン・バーから何もない真っ黒に塗りつぶされた空間へと変わる。


【ディメンション・オペレート】


白髭のリザードマンは空間が変わろうとも一切、驚く様子はなく。

心は穏やかに、ただ真っ直ぐ目の前の小悪魔(敵)を見据みすえる。


小悪魔の両手には、真っ黒な揺らめくモヤのようなものをまとっている。


リザードマンは思う。


(敵を見据えても冷静。心は澄み切り穏やかそのもの。それに疑いはない。)


(だが、なんじゃ。この異質な者は?)


(なぜさっきまでからっきしであった魔力が今は底を覗けんほどにあふれておる?)


(魔力のない弱者。ドアを蹴破り、入ってきおった時にはそう感じておった)


(それが今ではどうだ。この世で最下級の弱者がなぜ今は、先々代魔王様と同等の魔力量を持っておる。)


「さあ、ジジイどっちが望みだ」


ふてぶてしい笑みを貼り付けた顔から発せられる挑発的な言葉。


「その選択で何か変わるのか?」


そう言葉を発した瞬間、リザードマンは再び走り出した。


その目がとらえる先は、小悪魔の腕。


異質な何かを纏う、武器として使われるであろうその手を切り落とす。


得体の知れない相手への闘い方をリザードマンは熟知じゅくちしていた。


相手の攻撃よりも早く先手必勝のひとなぎを決める。


“対刃耐性”がある小悪魔に対してリザードマンは、刃に水の魔法を纏わせ攻撃を繰り出す。


刀身全体を高速で水が回るようにかけられた魔法は、まさに水刃すいじんのチェーンソー。


魔法への耐性は?


そして、何度も何度も身をえぐる細かな水の斬撃に耐性がどこまで通用する?


リザードマンは相手に自身の全力をぶつけてりにいく。


リザードマンが走り出したのと同時。


小悪魔は、くうを持ち上げるかのように手を振り上げる。


すると、リザードマンの足元に黒い穴が発現。


「!!」


寸前で身体を捻るリザードマン。

黒い穴からは小悪魔の腕が伸びてくる。


(やばっ、避けられた)


自身の攻撃を避けて見せたリザードマンに思わず冷や汗をかく。


小悪魔にとって今まで対峙してきた相手とは比べ物にならない程の実力者。


小悪魔は、攻撃を仕掛けても攻めを崩さないリザードマンの姿勢に圧倒された。


一切、躊躇のない真っ直ぐな攻撃姿勢。


当たれば必勝の攻撃を小悪魔は、必死に繰り出す。


空間の至る所から手が伸びる。


四方八方を塞ぐように攻撃を繰り出してもリザードマンはあらゆる方向からの攻撃を見切り対処してみせた。


その動きは、まさに未来を見ている者の動き。


当たらない。


攻撃が一切当たらない。


腕はおろか、指一本も触れられない状態の中。


知らないうちに仕掛けられていた攻撃。


小悪魔の頬近くに飛ばされた水滴がぜる。


バチッ!


「痛っ!」


かすり傷程度だが切れた頬から血が滲む。


(思った通り、魔法への耐性はない。)


(魔力での身体強化や防御を一切とっていない。それほどの魔力を保持しながら身体は生身。ならば、切るのは容易たやすい。)


リザードマンは、未来を見通し攻撃を避けながら自身の考えが確信へと変わる事に勝機しょうき見出みいだしていた。


切れた頬の血をぬぐう。


(やっぱりな)


戦いの最中さなか、小悪魔は心の中で自身の力についてひとつの納得を得る。


(俺の“スキルトリックオアトリート”は万能だけど絶対ではない。)


(“トリックオアトリート”で作られたこの空間は、俺の立ち回りのしやすいように出来てはいるが、実際のところ俺に攻撃は当たるし傷つける事も倒す事ももちろん可能だ)


考えが頭をよぎるのと同時に、メイド姿をしたゴースト少女の後ろ姿が浮かぶ。


その刹那せつな


「戦闘中に考え事は御法度ごはっとじゃぞ若輩者じゃくはいものが!」


再びリザードマンの接近を許してしまっていた。


「しまっ!」


「スキルへの多大なる過信。貴様の敗因はいいんはそれじゃ」


両腕が斬り飛ばされる。


舞う両腕。


苦痛に満ちている小悪魔の表情。


振り抜いた刀の奥にて、ただ静かに、冷静にを崩さなかったリザードマンの顔が、嗜虐的しぎゃくてきな表情へと移り変わる。


(ああ……ええのう。調子に乗っておる若い芽を摘むこの快感)


(どんな感じじゃ?失うという感覚は……痛いじゃろ、苦しいじゃろ。喧嘩を売る相手を間違えた自分をひっぱたきたくなるじゃろ。)


リザードマンが、これまで切ってきた相手に重ねてきたのは、先々代魔王に戦いを挑んだ若かりし頃の自分自身であった。


心身共にズタボロにされた自分自身をなぐさめるために、今まで数多あまたの弱者を切り捨ててきた。


ただ、強い者の立場にあぐらをかいていたかった。


敗北という味を覚え込ませ。


相手の矜持きょうじの全てをぎ落とし、その後悔を抱いだかせながら生きさせる。


自身の心をそのようにゆがませた、先々代魔王の邪悪さ。


そこに憧れを抱き、自分も真似したくなった。


その感情が若かりし頃のリザードマンを更に強くした。


全ては弱者を見下げる為に生きる。


それを甲斐がいとし今まで生きてきた。


そんな歪んだ愛憎あいぞうを灯した瞳は、弱者である小悪魔の表情を見て戦慄せんりつする事となる……


目の前には、邪悪に笑う小悪魔の顔。


その表情にゾッと寒気がリザードマンの背中を駆け巡ったその瞬間、


ドスッ!


体に落雷が落ちたかのような、一瞬にして鈍い痛み。


感じたのは、体の芯を掴まれたかのような感覚。


「グッ……!」


触れられた?刺された?


距離を取り、身体を確かめてみても一切の外傷がいしょう欠損けっそんもない。


しかし、その身体には確かになんらかのダメージが刻まれていた。


「はぁはぁ……」


息が切れる、脂汗あぶらあせが止まらない。


あの悪寒おかんはなんであったのか?背中を走った寒気はなんだったのか?


そして、なぜこんなにも息苦しいのか。


リザードマンの頭は疑問に満ちていた。


腕2本を無くした小悪魔が前に立ちつくす。


四肢の一部を失っても、その顔に余裕が消える事は一切ない。


そんな小悪魔を見ていた、未来を見る目が映す光景にリザードマンは目を丸くする。


「………切ったはず、じゃぞ」


………本当にこの世界は理不尽に満ち溢れているとリザードマンは思う。


強き者はどこまでも強く、自分のように弱者はどこまでも弱いままだ。


「いや、切られてないよ」


まばたきを一回。


その一瞬のうちに、切り飛ばした筈の2本の腕が再生していた。


「アンタが切ったのは、この次元に投影とうえいした俺の腕。つまり映像だな。まあ、映像とか言われてもなんのこっちゃって感じだろうけど」


手をぎゅっぎゅっと握りながらしゃべる小悪魔。


「まあ簡単に言うとアンタはどんな魔法、どんなスキルを使っても絶対、俺の腕切れないんだよね」


「ゴフッ!!」


脱力したリザードマンの口から血が噴き出す。


「ああ、これね」


黒い穴を発現させた小悪魔は、手を入れがっしりと掴んだものを握りしめる。


「肝臓。これなかったら酒飲んでもアルコール分解できないんだよね?確か。」


臓器を眺めながら語る小悪魔。


「てことで、“一生酒が飲めない体”になったけど。自分の身体の一部失うってどんな気持ち?」


肝臓を欠損し、ヒューヒューと頼りない息継ぎすらままならないリザードマンは、膝をつき小悪魔を見上げる事となる。


嗜虐的な歪んだ笑顔が貼り付けられた小悪魔の表情。


それは、今までの弱者を見下げてきた自分自身の写し鏡のような姿そのものであった。


(……勝負にすらなっていなかった。)


絶対に切れないとは一体なんだ?馬鹿らしい。


ただただ、相手をもてあそぶかのように繰り広げられた闘いではないか。


それは、自身がいままで繰り返してきた戦いだ。


ただ今回は、立場が逆転しただけ。


リザードマンは絶望した事だろう。


初めて……いや実に2度目の完全敗北。


1度目は先々代魔王に敗れたとき。2度目は自身が弱者としてしか見ていなかった魔力すら感じない小悪魔に弄ばれ敗北した今、この瞬間。


何が自分をここまで絶望させるかといえば。


どちらの戦いも自分の攻撃など一切通用しなかった事だろうか……

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