第41話 地獄蟻 vs 悪魔憑き 3


◆◆◆


 怨嗟地獄蟻は憤っていた。

 理由はいくつもある。

 根城にしていた地脈から漏れ出すエナジーが、ここのところ摂取できていなかったこと。別のモンスターに奪われたのかと付近を探るも、いつも上手く逃げられてしまい、腹立たしい思いをしたこと。さらに最近、根城近くの餌が減ってきていて、空腹から弱ってきていたこと。

 そして今。


 棲み処となる森から遠く離れた地まで来てしまったかと思えば、何だこれは。

 外敵はいないが餌も少なく、おまけに地脈が細い。

 ますます腹は減り、ぶつける先の無い苛立ちは増していく。

 何もかも恨めしい。

 そして今。

 

 肉は少ないが、ようやくそれなりに味のするモノが湧いてきたのだ。

 せめてわずかでも腹を満たし、気を紛らわせようと思った矢先。


 が現れた。


 何だアレは。

 矮小な身に、恐るべき雷霆を宿した炎の化身。

 この六つの瞳でも追いきれぬほどの速力。

 アレは不味い。


 モンスターは番など作らない。故に親も子も無い。

 全てが地脈より噴き出すエナジーの澱みに溜まった滓の底より生まれ出づる。

 ただ似通った構造で生まれてくるモノが似通った性質を有しているから、同じような生態をとるに過ぎない。

 だから知らない。あんなモノは。

 そして自分がなぜ恐怖しているのかということも。


 しかし、この身に存在しないはずの遺伝子、もとい、この身に刻まれた本能が、その危険を感じ取っている。自分を脅かす存在から逃げろと警鐘を鳴らしている。


 それでも――アレを食いたくて仕方がない。

 肉は舌に乗るほども無さそうではあるが、あれほどの強き魂……どんなにか極上であろう。

 言葉を持たぬモンスターながら、その味わいは筆舌に尽くせぬに違いない。


 先ほどの黒い閃光。

 肌は焼け、その衝撃に一瞬すべての思考を停止してしまったほどであった。

 そして同時に、痺れた。……物理的にも、心理的にも。


 アレは美味そうだ。

 食いたい、食いたい、食いたい。

 本能が告げる危険信号をも上から塗りつぶす欲望への誘惑。

 そうだ。我慢することは無い。食ってしまえ――。


 固まっていた時が動き出す。

 怨嗟地獄蟻は、いまふたたび姿を変えたアレから発せられる変質した膨大なエナジーに歓喜する。

 さあ、この苛立ちを満たしてくれ。


◆◆◆


「これは……?」


 俺はいま、どうなってる?

 意識はあるけど、感覚が無い。そこにある体を外側から見ていて、自分のものじゃないみたいになっている。

 見た目も……子どもの体じゃない、少し背が伸びて、黒い衣を纏っている。

 さっきまで俺を包んでいた青白い炎は全て、背中から大きく伸びる四枚の翼に変わっている。

 そして周囲を飛び交っていた稲妻は無くなり、代わりに頭上に一つ、黒く輝く光輪が浮かんでいる。


「ふん。やはり全盛に比ぶれば、ちと弱いか。だが……奴を止めるのには十分だな」


 俺……っぽいやつの口から発せられた声は、悪魔の声だ。

 つまり、俺の体にあいつの意識が入り込んで。


『悪魔に乗っ取られた!?』

「人聞きの悪いことを言うな」


 悪魔が俺っぽい顔でこちらへ振り返る。

 へー、俺って成長するとこんな顔に……十四、五歳くらいかな……って、そんなこと考えてる場合じゃない。


『どうなってんだ?』

「契約を裏返したと言ったろう」


 無表情な顔で悪魔が応える。

 それはどういう――と問い返そうとしたとき、蟻野郎の咆哮が俺たちの意識を戦場へと引き戻した。


「ギギギギギガガガガガ!!!」


 さっきまでの緩慢さは消え失せ、殺意を振りまくように前脚を鎌のごとく振り回しながら俺たちに突撃する。

 悪魔はそれを一瞥し、ひらりと身を翻す。

 ほんのわずかな踏み込みで、俺たちは蟻の突進から擦り抜けるように脇へと逃れた。


『な……!?』

「ふん。ぺらぺらとおしゃべりしている暇は無いようだ。どうやら本気になったらしい」


 悪魔の言う通り、今度はすかさず急制動し、こちらへとあの強烈な蟻酸を放出してくる。

 すると、勢いよく背の翼をはためかせ、上空へと飛翔した。

 六つの複眼が俺たちを捉え、すかさず蟻酸を撃ち出す。

 四枚の翼はそれぞれが細かく風を操り、連続で襲い掛かる攻撃を躱していく。


「簡単に言うと、儂はお前から力を貰うことで術を行使していた。それがお前と儂の契約の一つだ。今はつまりその逆。儂がお前に力を渡す。その力を使って、お前が奴を止めるのだ」

『俺が……!?』


 空中へ撒き散らされる蟻酸の毒煙を払うように、悪魔は翼で風を巻き起こす。

 そして奴自身の足元を地面すれすれで飛行し、動きをかく乱している。

 蟻は俺たちの体が近すぎて上手く狙えず、地団太を踏むように暴れている。


『その、術って、どうすればいいんだよ。俺にそんなもん使えないぞ』

「案ずるな。全盛とはいかんが、儂の力をもってすればある程度の無茶は力で押し通せる。術だの式だのと小難しいことは考えず、お前の想像イメージを具現化させようと思え」

「俺のイメージ……」


 考える。

 アイツを止めるために必要な力。

 みんなを守る、助けるために必要な――。


『よし、決めた』

「準備はよいか? ゆくぞ」


 悪魔は振り下ろされる脚の隙間から蟻の腹の下を潜り抜け、そのまま尾を掴んで蟻の巨体をひっくり返した。

 思わず天を仰ぐ蟻の顔面を踏みつけ、奴の気を削いでから宙へと舞い踊る。

 蟻はすぐに起き上がって来るも、こちらを見失ったのか、きょろきょろと辺りを見回している。

 今がチャンスだ。


「ちなみに、破壊の術は奴には通じんぞ。今の儂でも魔光雷デビルズ・サンダーフォースを上回る力は出せんからな」

『先に言え!』


 悪魔が翼を広げ、その力を俺へと渡してくる。

 なんつー、莫大なエネルギーの奔流……!

 俺が俺の肉体のままだったら、扱いきれずに自爆してたかもな……!

 

「さあ、見せてみろ。お前の想像イメージを」

「おう!」


 悪魔が腕を掲げる。その腕に重なるように現れる、黄金の燐光。

 頭上の黒い光輪に花の模様が象られていく。


鎮魂花リポーズ・オブ・ソウルズ

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