第22話 消えた少女 1


 越冬祭当日。

 冬の空は雲一つなく澄み渡り、穏やかな風が頬を撫でていく。

 すっかり葉を落としてしまった木々たちも、今日はなんだかいつもより元気そうに見えてくるから、お祭り気分って不思議なものだなぁ。


 教会には朝から礼拝に訪れる人がひっきりなしだ。

 普段は朝と夕の二回開かれるミサも、お祭りの今日は交代で時間を区切って一日中参加できるし、ありがたいお説教や聖書の勉強会なんかも、いつもは人気がないのにこの日ばかりは聴いてみようなんて思い立つ人が多いもんだから、希望者が殺到して予約待ちになる始末だ。


 それもそのはずで、この世界には前世の発達した娯楽文化が無いので、年に数度のお祭りだけが市民の楽しみなのだ。それにしたって広い場所もそうあるわけでもないし、市民が集まるところと言ったら自然と教会になるわけで、つまりはここが市民の文化交流の場でもあるのだ。

 神に祈りを捧げ、ありがたい説法を聴き、心の汚れを落としてから、気の合う仲間や友人と近況を語り合いつつ、ぞろぞろと広場や市場へ繰り出しては飲んで食って踊る一日なのだ。


 神父様もシスターも交代を挟みつつ、忙しなく動きまわっている。俺とハロルドさんも手伝いに駆り出され、炊き出しや無料のちょっとした治癒魔法の施術など対応に追われて、息つく暇も無い。


 「聞いてたよりも人、多くない?」

 「今年は不作だったから、仕方ないな。そんなに熱心でない人も、みんなまずお祈りにいらっしゃりたいのさ。ま、客が増えればそれだけ落としていく金も増えるってことで」

 「わー、客って。ハロルドさん罰当たるよ」

 「いやいや、商人てのはこれぐらいの気概が無きゃやっていけませんってね。坊ちゃんも覚えておくといいぞ」

 「なんで俺が商人になる前提なんだよ」

 「あなたたち、少し休憩にしましょう」


 先生が礼拝堂から出て来て、俺たちに声をかけた。


 「あれ、もうそんな時間?」

 「みんなを呼んできてちょうだい、今日はこっちで食べましょう」

 「では自分、商工会の皆さんに声かけてきますんで」

 「お願いね」

 「あ、ハロルドさん! 今日、屋台って何出してんのかな?」

 「いつもなら串肉とか揚げパンとかだと思うけどなぁ」

 「揚げパンいいじゃん! 女子連中が喜ぶぜ、きっと!」

 「わかった、頼んでおくよ」


 孤児院に戻り、みんなに声をかけていく。

 ところが一人、どうしても姿が見当たらない。

 ――ミルフィがいないのだ。

 しらみつぶしに部屋を回ってみても、影も形も無かった。

 ちょうど近くを通りかかったブリューばあちゃんに尋ねる。


 「ばあちゃん、ミルフィは?」

 「うん? さっきまでいたと思ったけどねぇ」

 「あいつ、どこに行ったんだ」


 庭の方や食堂など、敷地の隅から隅まで探してみたが、どこにもいなかった。

 先に教会の方へ行ってしまったのか?

 しかし、だとしたら俺とハロルドさんとすれ違わないわけないんだが。


 「ゾルバ!」

 「ベアトリーチェ?」


 声がしたので振り返ると、申し訳なさそうにこちらを見るベアトリーチェがいた。

 案内された先で、椅子に座り泣いているリリーを見つける。


 「どうした?」

 「……ミルフィが、でてっちゃった」

 「出て行った!? どこに!?」

 「わかんない……むこうのとびらから……」


 通用口の方からか!

 あっちは普段、全く使われないからノーチェックだった。

 鍵も閉まっていると思ったが、もしかして乗り越えたのか?


 「なんだって突然……」

 「わ、わたし、なかなおりしたいとおもって……でも、だめで……ゾルバ、みたいに、できなかった」


 しゃくりあげながら、たどたどしく訴えてくる。

 何度も拭った目元は赤くなり、可哀想なくらいに腫れてしまっている。

 俺は優しく髪を撫で、リリーを慰める。


 「大丈夫さ。それより、凄いじゃんか。仲直りしようと思ったんだろ?」

 「おばあちゃんが、おもえば、おもわれるって……ゾルバはそうしてるって。だから、せんせいにやりかたきいて……」


 ……思えば思われるって、リリーに何を吹き込んでくれてんだ、ばあちゃんは?

 俺、そんなこっ恥ずかしいこと考えて無いぞ!


 いや、まあ、ばあちゃんも切っ掛けを作ってくれようとしたんだろう。

 それで先生から仲直りの仕方を教わって、実践しようとしたみたいだが、上手くいかなかったんだな。


 「心配すんなって。仲直りってのはさ、簡単じゃないんだ。一度や二度の失敗なんか、なんてことないさ」

 「ほん、と?」

 「ああ。俺だって上手にやれって言われたら難しい。初めてなら仕方ないさ。また先生に聞いて、何度でもチャレンジしてみよう」

 「……うん」

 「とりあえず今日は俺に任せろ。ミルフィは必ず探してくるから、そしたらみんなで美味しいもの食べよう。ハロルドさんが揚げパン買ってきてくれるってよ!」

 「……うん!」


 ようやく笑ってくれたリリーの頭をわしゃわしゃと撫でて、通用口から表へ。

 すると、角のところでベアトリーチェが立って待っていた。


 「リリア様は?」

 「フォローはしておいた。ちゃんと連れて帰って来るから、一緒に揚げパン食べようぜって約束したよ」

 「そうですか。パンが冷めないうちに戻ってきてくださいね」

 「努力するよ」

 「先程通りすがりの人に伺ったところ、城門広場の方へ向かったようです。……ごめんなさい、まさか乗り越えていくなんて思わなくて」

 「もとはといえば俺の責任だ。後始末は自分でやるよ」

 「私もついて行ければよいのですが……」

 「ここを離れられないもんな。大丈夫、すぐ帰って来るよ」

 「頑張って」


 軽く手を振り、広場に向かって駆けて行く。

 まだそんなに遠くには行ってないはずだし、すぐ追いつけるはず。

 問題は、俺の方があいつと仲直りできるかってことだよなぁ……。


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