第19話 司祭様の部屋の謎


 ベアトリーチェと訓練を行うこと数日。

 ようやく魔力暴走の心配が無くなったらしく、一人で訓練を継続しても問題無しと彼女からお墨付きを得たので、俺は部屋でも寝る前に訓練をするようになった。

 元々リブロー様の私室だったここは、今はもうすっかり俺とリリーの部屋として使っていた。

 壁一面を埋め尽くす書架には分厚い書物が幾つも収められ、年季の入った大きな書斎机の向こうの窓から差し込む陽光が、部屋中を明るく照らしている。

 何度か掃除をしたものの、雑然とした部屋に沁みついた本の匂いと、小さな埃がきらきらと反射している様がそこはかとなく懐かしさを感じさせて、これも悪くない、なんて思っている。


 俺たちはその書斎から続く内扉の奥の間に設えたベッドに並んで腰かけて、魔力操作の訓練中だ。ベアトリーチェがいつまでもリリーを床に寝かせているのが忍びないとのことで、ベッドを用意してくれたのだ。

 おかげで、そんなに広いわけでもない奥の間がますます狭くなってしまって、なんだか申し訳ない気持ちにもなったけれど、リリーはこの狭さにかえってご満悦の様子なので、まぁ、良しとした。

 きっとリリーのお屋敷の部屋はどれも広くて物寂しかったのだろう。


 「わたしがおしえてあげたかったのに」


 ベッドに俯せになって、行儀悪く足をバタバタさせながら文句を言ってくる。

 リリーは俺が勝手にベアトリーチェに師事したことがお気に召さなかったらしく、このところずっと不満タラタラだったのだが、俺がベアトリーチェの手を離れ一人でも訓練できるようになったことで、こうして一緒になって付き合ってくれているのだった。


 「悪かったよ。でもリリーが一緒に訓練してくれると参考になって助かるよ」

 「えへへ」


 枕を抱えて嬉しそうにニコニコするリリー。機嫌が戻って何よりだ。

 昨日なんか視線だけで人を殺そうとしてるんじゃないかって感じにベアトリーチェを睨みつけていたからな。どういう理屈か、髪の毛まで逆立つ勢いでいたので、俺もほっと胸をなでおろした。

 彼女も護衛対象からそんな目で見られたのでは溜まったもんじゃないだろう。


 ……ミルフィの方はといえば、あれからまだ仲直りができていない。そのうち、ちゃんと時間をつくってあげないと。


 魔力を操作し、瞳に集中させる。

 すると視力がぐんと良くなって、同時にそれまで見えなかった粒子のようなものも視えてくる。

 おそらくだが、この粒子が魔力なのだろう。漂うように、あちこちに浮かんでいる。

 そして、同じような粒子がリリーの体内にも流れているのがわかる。

 形も色も違うが、きっと大気中の魔力と生物の持つ魔力の違いが表れているのだろう。

 それに、俺とリリーとでも色が違う。このあたりの個人差もあるのだろうな。


 「みえてる?」

 「ああ、視えるよ。さすがリリーは上手だな」

 「ううん、ゾルバは、すごい。くんれんしても、まりょくがみえるひとは、ごくわずかだって」

 「そうなのか。でも、リリーにも視えるんだろ?」

 「わたしもできるけど、このあいだまでできなかった。だからゾルバはてんさい」

 「そうかな」

 「ぜったい、そう」


 改めて、リリーをじっと見つめる。

 俺は魔術については素人だが、それでもリリーがかなりの才能の持ち主なのはわかる。

 ベアトリーチェに比べるとパワーが足りないようにも思えるが、それは年齢のせいもあるだろう。


 「リリーもすごいと思うけどな」

 「……えへ、ありがと……」

 「ところでさ、魔力が視えるようになって初めて気付いたんだが……この部屋って」

 「うん、まじゅつしょや、まどうぐがいっぱい」


 立ち上がり、書架へ向かう。

 何十冊という本の一冊一冊に、魔力が貯め込まれているのが見て取れる。

 そのほかにも机の引き出しやクローゼットの中に、明らかに魔力を込められたものと思われる品々がずらり。

 司祭様個人のものだろうか。それとも教会のもの?

 どちらにせよ、いずれの品も計り知れない価値がありそうというか、曰く付きじゃね? というか。

 おいそれと手を出せない危ない香りがプンプンしている。


 「司祭様も魔術師だったんだな」

 「うん。たぶん、すごいひとだったんだとおもう。わたしのいえとおなじくらいほんがある」

 「そんなにか」


 確かに、魔術書と思われる本の幾つかには、門外漢の俺が見ても凄まじい力を秘めているであろうと感じられた。

 なかでも特に異彩を放っている一冊を、恐る恐る手に取ってみる。

 カバーは革で出来ているのだろうか、ずいぶん年代物のようだがよく手入れされていた形跡がある。

 表紙には見たことのない、意味不明な記号が羅列していて、大きなボタンで留められている。


 「なんて書いてあるんだろうな?」

 「……いたんなるしんえんのかみなり、ってかいてある」


 異端なる深淵の神なり、か。

 この本だけは際立ってヤバいのを感じる。なんていうか、他とは魔力の質が明らかに違うように思えるのだ。

 タイトルからして不穏な感じが満載だし、司祭様って昔は何してた人なんだろう。

 俺も前世を思い出す前に亡くなられてしまったから、あんまりよくわかってないんだよなぁ。優しくも厳しく、夫婦ではなかったけれど先生とはお似合いの二人だなぁとなんとなく思ったことは覚えている。


 いざ本を開いてみようとして、リリーに止められた。


 「あけちゃだめ」

 「どういうものかわかるのか?」

 「わかんない。けど、たぶん、けいやくしょ? だとおもう。ほんだけでちからをもってるのはあぶない、ってきいた」


 契約書ねぇ。

 魔術の契約というと、なんとなく悪魔との取引的なイメージを連想させるが、この本もその一種なのだろうか。

 この世界には魔法があって、神様だっているんだし。

 そう考えたら天使や悪魔もいるよなぁ。妖精とか妖怪とか、UMAみたいなのもいるんだろうか。


 「なあ、この変な文字……というか記号って」

 「まじゅつげんごのこと?」

 「やっぱそんなのがあるのか」


 そういえば先生の着火魔道具とかハロルドさんの鞄にも変な模様が描かれてたし、呪文を唱えるとき不思議な声色に聴こえるなって思っていたが、あれも魔術言語だったというわけか。

 ただカッコつけて声色を変えていたわけじゃなかったんだ。ダサいとか思ってごめん。


 「こんどおしえてあげるね」

 「ああ、頼むよ」


 リリーは俺の先生が出来ることが楽しいらしい。

 いつもは俺にべったり甘えてばかりだが、こういうところから少しずつ自立させてあげられればいいのかな。

 俺は本を棚に戻し、再び魔力操作の訓練に戻った。

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