第17話 ベアトリーチェの魔法教室


 「え? ベアトリーチェが魔法教えてくれんの?」

 「ええ。いざという時に、あなたも魔法が使えた方が良いでしょう。私も常にリリー様を護衛出来るわけではないですし、私たちが駆け付けるまでの間、あなたが盾になってくれれば文句なしです」

 「子どもに何を期待してるんだよ」

 「あら、子ども扱いしてほしかったのですか?」

 「うっせ。……わかったよ、教えてくれるっていうなら有り難い話だ。よろしくお願いします」

 「ええ、こちらこそ」


 家事が一段落したところで、事務室で書き物を纏めていた彼に声をかけた。

 どうやらまた女の子たちに追いかけられて、逃げてきたらしい。

 ついでとばかりに、次の礼拝で配る予定のカードを整理していたという。

 生意気な目つきをして、実に働き者だ。


 「ところで今日はシスター様方を見かけませんが、どちらに?」

 「教会の方。もうすぐ祭りも近いし、準備で忙しいんだよ」

 「ああ、もうそんな時季でしたね」


 この国では秋の収穫を終え冬を迎える前に、神に祈りを捧げる越冬祭を行う。

 収穫祭では、豊かな実りへの感謝を。越冬祭では、無事に厳しい冬を越えられるように祈願する。

 この国は冬になると雪に埋め尽くされ、川は凍り付き、太陽も分厚い雲に覆われてしまう。毎年、スラムでは冬を越せずに亡くなる者も多い。


 今年は例年になく不作だったと聞く。

 国や各領でも対応は考えられているが、残念ながらこの世界では、全ての人がその恩恵を受けられるわけではない。ある種、そういったところの受け皿として教会が存在している街もあり、領主たちは教会に寄進することで関係を築いていたりする。


 この街でも、救いを求める者たちのためにと教会が炊き出しや回復魔法での訪問治療などを行っている。きっと皆さん目が回るほど忙しいのだろう。


 「孤児院の運営はほとんどが信者からの寄付・貴族様の寄進で賄ってるからな。どんなに忙しくても、教会の職務を疎かには出来ない」

 「この街には確か、メーテル教会は二つありましたね?」

 「ああ、街の反対側に第一教会があって、うちは第二。でも、あっちの通りにはエイサス教徒の人たちの方が多く住んでいるし、それに最近、建物の老朽化で修繕工事が始まったばかりで、信者さんたちがみんなこっちに流れてきてるんだ。向こうの牧師さんたちも、せっかくだからって工事中は本部の方に出張に出ちゃってるし。まぁそんなわけで、今年の祭りはうちだけで執り行う予定なんだけど」

「第二教会の方だけで大丈夫なのですか?」

「いや、はっきり言って全然手が足りない。先生は孤児院があるから普段のお勤めは軽くしてもらってるんだけど、今回ばかりはそうも言ってられなくてさ、だから俺もこうして手伝ってるってわけ」

 「なるほど。それなら、私もお手伝いしなくてはいけませんね」

 「なに? 心配してくれてんの?」

 「当然でしょう。私もメーテル教徒の一人ですし、シスターにはお世話になっていますから」


 騎士団では宗派による偏りが起きないように、隊ごとにある程度の調整がなされているが、現国王がエイサス宗派の為、いまはそちらの勢力が幅を利かせている。

 そうしたところにもこの国の腐敗が表れていると思うけど、まあ、それはここで言っても仕方のないことだ。


 「けどまあ、何とかなるよ。先生は地元の人たちには慕われているし、ハロルドさんもかなり手を回してくれてるしね。それに、いつもカーターおばさんが助けてくれるから」

 「カーターおばさん?」

 「毎年、夏と冬にきまって大口の寄付をしてくれる人がいるんだ。子どもたちの養育費の足しにってさ」

 「へえ……そのような素晴らしい方がいらっしゃるのね」

 「うちが何とか潰れずに済んでるのも、カーターおばさんのおかげだよ。……よし、終わり! じゃ、魔法教えてくれよ!」


 区切りがついたらしく、執務机から私のいるソファーに腰を下ろす。

 ……見た目はどう見ても五歳の少年なのだが、その精神は明らかに釣り合っていない。

 本来ならそんな怪しい人物、騎士として放っておくわけにはいかないのかもしれないが。私は、彼は信頼できると思っていた。


 何よりリリア様が唯一、心を許している相手なのだ。

 誠実な人物であるのは疑いようもなかった。


 「さて、魔力感知の訓練までは終えたと言っていましたね? では、今日からは魔力操作の訓練に移りましょう。自分の内から魔力を練り上げて、全身の回路に巡らせていきます」

 「どうやって?」

 「全ての生物は須く魔力を持ちます。まずは自身の体内に意識を集中。リリア様との訓練で、魔力が全身を渡っていった時の感覚を思い出して。どこかに眠っている魔力を捜し出すのです。一度見つけられさえすれば、後は簡単なはずですよ」

 「よし……」


 ゾルバは目を瞑り、精神を研ぎ澄ませていく。

 一心不乱に打ち込む姿は、見る者を引き付ける不思議な魅力がある。

 リリア様はこれにやられてしまったのだろうか……とか思っていたら、大変なことが起きた。


 「お、これか!?」


 どうやら魔力操作を理解しはじめた彼が、一気に魔力を練り始めたみたいなのだが……。

 尋常でないほどの膨大な魔力が急速に渦を巻いて、彼に集まっていっている。

 初めてでこれは危険だ。明らかに暴走状態……!

 私は慌てて彼に制止を掛ける。


 「待って、ゾルバ! 魔力を練るのを止めなさい!」

 「えっ?」


 瞬間、うねり高まっていた魔力が一斉に霧散していく。

 あのままでいたら、制御されていない魔力の波が肉体の均衡を乱し、破裂するように噴出してもおかしくなかった。

 声をかけたことで溜まっていた魔力が中途で発散され、難を逃れたようだ。


 「ど、どうしたんだよ。なんか俺、間違ったかな?」

 「いいえ、途中までは上手く行っていました。ただ、魔力をコントロールしきれずに暴走しかかっていたんです。そうだ、痛みはありませんか? どこかおかしなところは?」

 「え……いや、大丈夫、だと思う。何ともなってないよ」

 「そう、安心しました。では、次は焦らず、少しずつ魔力を練りましょう。私の真似をして」

 「……わかった」


 私は掌をかざして、ゆっくりと魔力を集めて見せる。徐々に全体を薄く覆うように魔力の膜が表れ、私の掌を包む。

 また彼が失敗するといけないので、出力をなだらかに、肩の力を抜いて深呼吸とリラックスを意識させる。


 「さ、やってみて」

 「ああ!」


 彼も同じようにして、手をかざす。

 すると驚くことに、またもやあっという間に魔力を練り上げてしまった。

 しかも、今度は一切の無駄も無く安定している。

 先ほど強大な魔力を集めたばかりだというのに、いささかも疲弊している様子がない。

 

 「嘘……。あなた、本当に初めてですよね?」

 「そうだけど」

 「素晴らしい速度と出力……。あなたは将来偉大な魔法使いになりますよ。とんでもない才能の持ち主です」

 「え、マジで?」

 「ええ、マジ、です。ただ、コントロールの精度はまだまだですね。練り込んだ魔力の量が多すぎます。魔力とはすなわち生命力に直結しますから、調子に乗ると寿命を縮めますよ」

 「……ああ、気を付けるよ」


 それから何度か、魔力を練らせてみる。

 彼は魔力量が豊富なせいか、どうしても一度に大量の魔力を練ってしまう癖があるようだった。

 これではすぐにスタミナ切れしてしまう。

 まあ、初めてでここまで出来るのだから大したものだ。そもそもこの年齢で完璧な魔力感知が出来ること自体とんでもないことなのだから。

 コントロールについては追々慣れていけば良いだろう。


 「今日はここまでにしましょう。今はまだ身体が追い付いていないかもしれないですが、既にかなりの魔力を使っていますから、見えないうちに蓄積している疲労は凄まじいはずです。今後は徐々にコントロールを覚えて、最低限の魔力で最大限の効果を発揮できるよう、身体に慣らしていくべきですね。まずは掌に。それが出来たら指先。脚、背中、眼、耳、鼻、全身の細かい部分にまで自在に魔力を操れるようにしましょう。魔法の発動は完璧な魔力コントロールを身に着けてからでないと危険ですから。でも、当分は一人での訓練は禁止。さっきみたいに魔力を暴走させてしまえば、最悪死に至ります」

 「わかった。ありがとう、ベアトリーチェ」


 部屋を出て行く彼の背中を見つめる。

 まさしく数十年に一人の逸材だ。彼ならば本当に、ゆくゆくは宮廷魔術師にも魔導学の博士にもなれるはず。


 「リリア様は良い出会いを果たしましたね」


 願わくば、リリア様に仕える魔術師になってくれたら、なんと心強いか――そのときは同僚として温かく歓迎しよう。

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