第23話 フィリスの力の片鱗

《23話》


【魔界─邪竜ファヴニアルの棲家】



俺の前に舞い降りて来たフィリスは俺の両手を包み込むように握り


「ディガル君……もう大丈夫、覆っていた邪竜の瘴気は浄化したよ?」


と励ましてくる。


(これアレだ、死に際に天使様が迎えにくる的なあのシーンみたいだな…)


フィリスは、どうやらいち早くファヴニアルの位置に気付いたようで俺を絡め取ろうとする瘴気を上手く払ってくれたようだ。


「フィリス……フィリス…!…ありがとう、本当に…ありがとう…!」


ホントに情けないが俺はフィリスに縋り付いてしまう…。


そもそも生まれてこの方ホントに"命の危機"というものに遭遇したことが無い。


(いや…今の日本で死ぬかもしれないというような経験をしたことがある人の方が少ないかもしれないが…)


邪竜を目の前にして俺は初めてそれを体感した。人間は自分が死ぬかもしれないと思った時、本当に無力だ。


仮に悪魔になったとはいえまだ今の俺は少し身体能力の高い人間に毛が生えたレベルだ…。自分の死を目の前にしてもそれを避ける対処法すらまだほとんど無い…。


「アハハ、ディガル君大袈裟だよ。」


「いや…フィリスのおかげでやっと落ち着く事ができたよ…助かった」


だが顔は涙で濡れている為、フィリスの服を汚さないようには配慮して…なるべく顔は近づけないようにしているとなんかこの姿勢は違和感がある……。


──そもそも後から聞いた話ではあるが俺が泣きそうになってたあの瞬間は時間にすると20秒程の話であり、俺の中でだけは体感時間がやたらと長く感じていただけのようである…。


それでも瘴気を食らえば自分が自分で無くなるような感覚になるのは一つ学習になった。


(それにさっきのあの…昔のフィリスの…そして俺がフィリスと殺し合ったこの記憶についても…まだ断片的で、この記憶が解放されたトリガーについても理解出来ていない…)


「大丈夫…ディガル君は死なさない…私がついてる…」


フィリスは優しく背中を擦ってくれる…が、俺はフィリスのオーラがいつもとは違う事に気づいた。


───触れてしまえば爆発してしまいそうな、一見冷静なのに内面は燃え滾っているような……そんな感覚を…



       ★



「ねぇ。」


フィリスは先程までは、俺のピンチを救った後いつものように俺には優しく、そして悪戯っぽいような笑顔を向けていた。


しかし、フィリスは振り返ると討伐隊の悪魔達の方を見据え、殺気を放ちながら圧をかける。


その絶対零度のようなフィリスの視線を見た討伐隊の数人の悪魔は「ヒッ…」だの「ウッ…」だの…怯えて声にならないような悲鳴をあげる。


まぁ、邪竜を討伐しに来たら邪竜より更に強いのは確実である熾天使が現れ殺意を向けられているんだから無理もない。


「私はここに来た時からあなた達をずっとディガル君の横で観察してた。…今さっき、ディガル君を見捨てようとしたよね。助けようと最後まで邪竜の圧に屈せず動いていたのはガイルとヒューガと後ほんの数人だけ…安全管理…甘過ぎでしょ。」


フィリスは淡々と話しながらも、一切殺気を隠そうともしない。正直俺でもこんな尋問のような事をされればビビらないわけが無い。正直邪竜の威圧なんてフィリスの威圧に比べたら全然比較すらならない程である…


その言葉に悪魔達の一部は図星というような反応をして目を逸らす。


「チィッ…熾天使が魔界のやり方に口出しすんなよ…雑魚は捨て置くのも選択肢の一つだろ…」


「へぇ…そうやってピンチになれば味方でも切り捨てるんだ…。」


フィリスは光のない瞳でその愚痴をこぼした悪魔の方を見れば、抑揚無く返答する。


しかし、超級で実力もあり自分の力に自信があるのだろう悪魔の一人はフィリスの圧に屈しながらも


「…それがどうした。討伐隊は慈善事業じゃねぇ!自分の身を守るだけで精一杯な状況になれば"雑魚"に意識を向ける余裕なんてある訳がねぇだろ!」


と真っ向から必死に声を張り上げる。


「ふーん……」


フィリスは怒りもしなければ、その悪魔の発言を静かに聞いている。しかし一切威圧をやめようとしない…


(ブチギレられるよりこういう怒り方される方が遥かに怖いよな……汗)


フィリスの威圧を向けられているその悪魔は見るからに焦っている様子であり


「だいたい邪竜討伐に余裕なんて無い、これまでも俺達の身代わりで見学者と称して中級にすらなれない"雑魚"は使い捨ての囮にしていたことなど腐る程ある、文句あっか?あ"!?」


と唾棄すべきような発言をする。フィリスの圧は超級の悪魔ですらヤケクソにさせるのだろう…完全に冷静さを欠いている。


───フィリスは一瞬"フフッ"と笑ったかと思えば、軽く右手で空を切る。


その瞬間、そのヤケクソに喚いている悪魔の左手が消し飛んだ──


(なんだ今のは…刃などは全く見えなかった……速さなのか、それとも別の何かなのか…)


「あ……ッ……!?なんで俺の腕が……ッッ!テメェ!クソ熾天使が!な、何しやがる…!」


「んー…腕の1本位飛ばせばもうちょい静かになると思ったんだけどなー…駄目かー」


フィリスは悪気が一切無い様子で更に前回ルクス・バルディオルに行っていたのと同様の"光の鎖"の束縛攻撃でその悪魔を縛り上げる…。


「グガ……ァァ……ア"ア"……!!」


ギチギチと締め上げられた悪魔は激痛で顔を歪め…


「だって事実だろ……うが!…俺達のような…超級を失う位…ならば!雑魚1匹の命…なんて軽いだろ!俺は……"超級"だ!生き残る義務がある!」


と徹底的に理屈を捏ねながら、自分は悪くないとアピールする。フィリスは光の無い目でボソッと


「──その理屈が正しいのなら…"私がこれから先強くする特異点の"ディガル君は貴方より生き残る義務がある。」 


「あ"!?」


「それに悪魔の超級は現に今100人位は居るんでしょ?でも"熾天使に気に入られた特異点はこの世界で唯一"だよ。それに…いくら超級だとしてもこんな光の鎖も引きちぎれない"雑魚"なら話にならない…」


「特異点……まさか…。そういうことか…どうりで違和感を感じるはずだ…!」


後ろでその様子を黙って見ていたガイルのおっさんが驚いた様子で口を開く。


「…こんのクソ熾天使が!この程度の鎖…引きちぎれない訳ねぇだろ…うがァ!」


フィリスから言葉のカウンターをまともに食らったその悪魔はそう言いながらも、かなり必死に力を込めて光の鎖を引き千切る。引き千切られた鎖は光を放ちながらまるでガラスが割れたように破片が砕けて消える。


「ハァ…ハァ……ほらよ、テメーごときの鎖で俺を縛り付けようってのが無理な話なんだよ…!」


苛立ち紛れだが、高らかにまさに俺の勝ちだと言いたげにその悪魔は叫ぶ。


──今気づいたがフィリスが斬り落とした悪魔の左手は再生されている。やはり超級というだけはあり、回復も相当に早い。


「ふーん…でも、自分の左手を回復し…私の光の鎖を引き千切るだけで随分体力削られてるね。残念…」


──フィリスの澄んだ美しい蒼色の瞳にはまだ光がない…相当に今キレているのだろう。無慈悲にもその悪魔を再び光の鎖で縛りあげ…先程よりもその鎖の耐久力は増しているように見える。


そして光の鎖の形を見れば、薔薇の棘のような鋭利な先端が悪魔の身体に食い込み、その悪魔には耐え難い痛みが与えられているようだ…


「ク……ソ………ふざけやがって…。だいたい、まだ初級のヤツを特異点だかなんだか知らねぇが、無駄に気にかけるだなんて熾天使の目は節穴かy………グフッ!!…ァアア"!!」


勿論フィリスはその発言を許すことはない。言い終わる前に光の鎖でその悪魔を更にキツく縛り上げるのだが……


フィリスが右手で再び空を切る動作をすればその悪魔に突き刺さっている棘のような先端に光が集約され更に光によって灼かれるような痛みを与えている。


(もはや拷問に近い…フィリスって一度敵だと認識した相手にはホントに容赦無いな…多分フィリスは相手がどうすれば苦痛に感じるかを熟知してる……。俺に対しては凄く優しいのに…)


「おい、それ以上煽るな、よせ!相手は熾天使だぞ、奴らは悪魔に対して慈悲なんて無い!冗談抜きで殺されるぞ!」


と…フィリスの光の鎖によって身体を引き裂かれそうなのに持ち前のプライドからか煽りをやめない悪魔に対して近くに居た別の超級の悪魔が宥める。


(まずい…言い方的にそれは今のフィリスにはご法度だ…ただでさえ今のフィリスは機嫌が良くない…)


「…私がそう簡単に殺すと思う?ただでさえディガル君に殺し云々で少し前に迷惑を掛けた私がだよ……殺しはしない……。でも貴様はディガル君や熾天使の存在を馬鹿にした…その罪は重い、許さないよ私は」 

 

フィリスがそう言った瞬間、完全にこのやり取りのせいで蚊帳の外状態にされていた邪竜が



"グギャァアアアアアア"""!!!!!!!"



とけたたましい咆哮をあげたかと思えば、この場をすべて灼き尽くしてしまう程の瘴気混じりの焔の巨大な塊をフィリスに向けて放とうとしてくる。まるでそれは


『我の目の前で仲間割れか…不遜極まりない悪魔と天使だ…全て焼き尽くしてやろう。』


と言いたげだ……


「フィリス!!後ろ!!」


俺はやっと出せるようになった声を張り上げ、フィリスにそれを知らせる。


フィリスは俺の方を見てニッコリ笑いながら"大丈夫"と口パクで伝えてくる。


「……今私が取り込み中なの理解出来ない?邪竜って言っても言葉もロクに理解してない邪竜如きが図に乗らないで欲しいかなー?」


──フィリスの悪魔に対する怒りの矛先が完全に邪竜ファヴニアルへと移る。


(フィリスが怒っている時は口ぶりでなんとなく分かる…これは間違いなく怒っている時の口ぶりだ…)



"ギャァアアアアアォオ!!!!



そんなフィリスの怒りを全く理解していない邪竜はフィリスへとその爆焔の巨大な塊を咆哮をしながら放ってくる。


フィリスは冷静ではあるが下に居る悪魔達は全く穏やかではない。


「あんなのが落ちてくればここら一体は焦土になる、俺達が蒸し焼きになるのは避けられない!」


「良いから逃げろ!死にたいか!!」


「どこへ逃げろっつうんだ!入り口は邪竜や熾天使が居るんだぞ!?」


そうやって悪魔達はバラバラに行動しようとする状況ではあるが、そんな時でもガイルと呼ばれるおっさんは冷静に状況を見極めていた。


「皆、聞け!逃げ場は上しかない!翔べ!お前ら!あの熾天使と見学者の裏側しか安全地帯は無い!」


「ッ……了解!気に食わなくはあるが…実際あんなの受け取めれるのは今の状況では熾天使しか居ないだろう!」


といち早くヒューガもそれに続く。


そんなやり取りを目撃し、悪魔達は一斉に上に飛び上がる。それを横目で確認しながらも、フィリスは俺の方へと向き直って──


だんだんと巨大な爆炎の塊は俺達へと接近してくる。当たればひとたまりもないし、身体は炎で灼き切れてしまうだろう──しかし、フィリスは俺から視線をそらさない。


「ねぇ…ディガル君…ここぞってタイミングで悪いんだけど、私にやる気をくれないかな?」


「え?……やる気?」


「フフーン♪私があんな邪竜に負けると思う?勿論余裕だよ?だけど、ディガル君が…私を頼ってくれたらやる気も起きるし…ディガル君が望む私の"本気の片鱗"、見せても良いんだけど…?」


「見せて…くれるのか?」


「うん、良いよ…♪」


フィリスが嬉しそうにそう言い終わるや否や、そこに到着したガイルのおっさんがフィリスに頭を下げる。


「先程は我々討伐隊の悪魔が熾天使である貴方様に不敬を働き申し訳ありません…ですが…どうか…どうか!我々も一緒に護って頂け無いでしょうか…!」


フィリスは俺に対して先程まで見せていた笑顔を一瞬にして能面のような表情へと変える。


俺はこのままではフィリスがわざとこの悪魔達に邪竜の攻撃を当てるとも限らない為口を挟む。


「なぁ…フィリス。気持ちは分かる。だけどやっぱ俺はこの悪魔達を見殺しにはしたくない…」


フィリスは目の前にまで迫ってきた爆炎の塊に向けて手を翳すと光の防御壁を生成し、完全にその勢いを止めてしまう。そしてそのままの状態で


「分かってるよディガル君、私も見殺しにするってのは趣味じゃないから。ディガル君のその優しさに免じて許すことも考えてる……。だけど、ガイルが謝るのは違うよね?私は"ソイツ"から謝罪受けてないんだけど?」


フィリスはこの爆炎を"圧縮"して貴方だけにぶつけても良いんだけどなー?とその悪魔に向けて凶悪な笑みを浮かべる。


──フィリスのこんな顔は今までに見たことがない…まさに本気の時の顔だ…。先程から俺の熾天使の目は測りきれない程の光のオーラに警告を発している。


(ソニアが言っていた1段階上、いや2段階上…?しかもこれがまだ片鱗なんて…正直化け物だなんて生ぬるい言葉では済まないだろ……!)


フィリスに殺意を込めたような笑みを向けられた悪魔は怖気づいたように…


「あ……あ………、これが熾天使……勝てる訳がない…。死んじまう…死んじまう…」


(あーあ…さっきの邪竜の瘴気を食らった俺みたいに涙流してるよ…いや、俺の顔よりひどい泣き顔だな…)


「謝罪は?」


フィリスはそれでも全く手加減しない。なんなら、邪竜が放ってきた爆炎の塊をどんどんと吸収し、掌に集約させ、それをその悪魔へと向ける!


「ヒィィ!?すみませんでした!!もう二度とイキった発言しません!!一生尊敬します!フィリス様ァア!!」


「様付けしても許すつもりは無いよ。様付けされて嬉しいのはディガル君相手にだけだね。ま…ついでに護ってあげるってだけ……ねぇ、ガイル」


「はっ!」


「後でそいつにちゃんと教育すること、次私が見に来た時に改善されてなかったら貴方の討伐隊諸共……許さないから」


「分かりました、全力で教育させていただきます!」


「よし、じゃあ決まりだね」


フィリスは納得いった様子で、そのまま爆炎の塊を拳に収束させていく


「ふ〜…やっぱ加護の力のリミッター解除は本能的に…高揚感が増しちゃうね。そんじゃ、お返し…いくよ?」


フィリスの広げた掌から、吸収・集約された爆炎の光が先程邪竜が放った威力と速度以上で放たれる──


"グギャアアアアァァ!!!???"


それは邪竜に避ける隙すら与えず邪竜の片翼を思い切り弾き飛ばす。これにより邪竜ファヴニアルは完全に飛行能力を失い真っ逆さまに地面へと落下していく───


フィリスは俺の方をチラッと見るとヤレヤレという顔をしながら


「自分の攻撃でああなるなんて情けないよね〜、んじゃ、行こっかディガル君、君も戦うんだからね?」


「え!?俺も?」


「勿論!あ、討伐隊の皆さんは手出したら許さないから」


「えっ…俺とフィリスだけでアイツを倒すってことか……え?俺足手まといにしかならなくね!?」


「いやいやー、ディガル君なら出来るよ…♪」


「……んー…」


「まぁ、とにかく行くよディガル君…♪ほらほら!」


(俺が行っても足を引っ張る気しかしないが、何かフィリスには戦略があるのだろうか…)


まぁ、フィリス一人で余裕で倒せるのなら要らぬ詮索は野暮ってものだろうか…


フィリスに半強制的に腕を引っ張られ、俺は片翼を失い真っ逆さまに落ちていった邪竜のもとへと向かうのだった───


《22話完》

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