第22話 呪文

 魔法は基本、ただ念じるだけで大抵のことは何でもできるが、呪文を用いると、効果はより増大する。

 呪文は魔法使い個人、あるいは魔法使いの家によっても違いがあり、歌唱する者、和歌や詩として詠む者、自作小説にして朗読する者と様々。

 少女の場合は、父方が歌唱で母方が朗読、手短に済ませたい時は、父が自作した歌詞呪文で歌い、じっくり腰を据えたい時は、母が実家から持ってきた写本を読み上げて、魔法を使い分けていた。

 吸血鬼を生首の状態にする魔法は、母の実家で編み出され、現在その魔法を使えるのは、母から直接教えを受けた少女のみ。母が嫁入り道具として持ってきた本を読み漁って、生首を元の状態に戻す方法を探るも……恐ろしい事実しか分からなかった。


「アスター……生首に、違う生首の胴体、くっつけたりした?」

「……」


 心当たりがあるような顔に、あのね、と少女は淡々と話した。


「そういうことすると、死んじゃうみたい。その生首も、本来の持ち主も」

「……そうですか」

「間違えないようにしないと」


 来る日も来る日も調べ続け、気付いた時には十一月も半分が過ぎた。元に戻す方法はどこにもない。

 気晴らしに違うことをしようと、少女は書庫から飛び出し、リビングのソファーに置かれた生首の隣に腰掛ける。いつからか生首は、少女に付き合ってくれなくなり、吸血鬼にチャンネル操作を頼みながら、テレビや映画を楽しんでおり、この日は少し昔の洋画をを観ていた。

 画家の青年に一目惚れされた魔女の話らしい。長命である魔女は、まるで好みではない短命の青年に付きまとわれてうんざりしていたが、絵を描かせてくれたら諦めるの言葉に頷き、モデルになることに。

 徐々に情が芽生える魔女、それでも寿命の問題があると、絵が完成したその瞬間、青年から自身の記憶を消したが──まだ付きまとわれる。

 記憶は消えても感情は消えず、また一目惚れされたのだ。

 色んな魔法を使って自身を諦めさせようとしても悉く失敗し、ついに──。


「これだ」


 少女が勢い良く立ち上がったせいで、生首が一瞬跳ねた。画面の中では、嫌悪に歪めた顔で魔女を見つめる青年の姿が映っている。


「どうした」

「これだよシャムロック、反転」


 不機嫌そうな生首を、少女は気にせず持ち上げて、無表情でくるりと回る。


「ないなら作る、でも時間が掛かる。なら、やりながら違うことをすればいい」


 淡々としながら、気持ち早口に喋る少女の言葉を、生首は未だに理解できない。


「つまり?」

「──心の中でお父様の詩を詠みながら、お母様の本を読み上げる」

「……は? そんなことできるのか? 二重に魔法を使うってことだろう?」

「練習する」

「練習って……そんな……お前にかなりの負担を掛けることに」

「カエデがやるべきことで、やりたいことだから平気」


 もう黙れとばかりに生首を強く抱き締めるとソファーに戻し、少女は書庫に戻る。

 残された生首は、ただただ、複雑な顔をし、もう映画に集中することはできそうになかった。

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