4-6-b そんなのいりますか?

 夜のコンビニの駐車場。車どめに腰かけ、ヒヨコ色の髪をした青年の姿の魔法生物と向かい合わせで。


「じゃあ、さ……うちに来ない?」

「……は?」


 赤緒の声はついに裏返った。


 おそるおそるではあったという、ありえないぐらい薄っぺらいスジで一瞬自分をなだめそうになる。そのぐらいに干あがっている。当のヒヨコ頭はとんちんかんな唐突さのほうでなく、ボクなんかに誘われてもうれしくないかなあ、という部分に自信がないといったおもむきで、一丁前に頬などかいて苦笑していた。


「まぁ、その、バンドをやろうっていうのは冷めちゃったかもしれないけど、いっしょのコミューンで魔法少女をやるっていうのは、どうかな、と思って……」

「どうって、なんでそんな話に……」

「雀夜ちゃんがいいんだよね?」

「!?」


 目の下がフワッと熱くなる。それは否定しなくては、と気持ちは動いたが、あごが固まって声が出なかった。代わりに生唾なまつばを飲んでしまう。ただそこに来て、そういう意味で言われたわけでないことに相手の目を見て気がついた。


 無邪気な目だ。虹彩まで完全な漆黒なのは、気がつきづらいが人間らしい範疇はんちゅうをやや超える。

 その生き物は、期待していた。無邪気に。自分のパートナーをさらいたがる人間がいることに。


「雀夜ちゃんじゃないといけない理由が、きみにはある。ボクじゃ見つけてあげられなかったけど、きみはそう言ってくれたんだよね?」

「…………」


 本当に苦手だ――と、赤緒は参っている自分を自覚した。さらに新事実。自分は子供が苦手なのだと思い知った。実家の弟たちで慣れているつもりだったが、姉弟きょうだいの距離感というのは存外にぬるかったのだろう。目の前にはどうやらがいる。


 いったいなんてことをしてくれるのか。いいや、こんなにデカいのが子供であってたまるかと、赤緒は一転容赦なく復讐したい気分になっていた。


「……人をダシにしてパートナーをつなぎとめようってか?」

「そ、そういうわけじゃないよっ! きみも来てくれればうれしいし……」

「友好コミューンのエースまで狩ったマジョ狩りでも、戦力になるなら大歓迎か。見かけによらずいい性格してんだな?」

「あ、う……」

「……はぁ」


 むなしくてため息が出た。本当に子供をいじめている気分だ。


 世の中いったいどうなっているんだと、どこかに問いつめる気も早々にうせて消える。あとはもう、思うことを吐きだすだけ。


「……どのみち、オレにあいつの気持ちはわかんねぇよ。オレみたいに持ってるもんポイポイ捨ててきたヤツに、なにも持たされずに捨てられたヤツの気持ちなんかな」

「そんなことないよ。雀夜ちゃんはきみをそう批判したかもしれないけど、彼女のほうこそ、自分の可能性をずっと捨ててきたんだ」

「やっぱオマエ、あの店で聞いてたな?」

「うん。ごめん」


 素直に問いただせば、素直に謝られる。

 ひるんで委縮してくることもない。赤緒はただ耳を貸す。


「あのとき雀夜ちゃんが言った、全部ボクらの、自分以外の誰かのためって。それはべんだとしてもまんじゃない。彼女の本心で、彼女はやると決めたことをやる子だ。でもそれはきっと、ほかにの使い道を知らないせいでもあるんだ。意味や価値のある使い道を」

「……」

「それに雀夜ちゃんは、ボクらに覚えていてもらおうとした。そのためなら、自分のために自分を使うことを望んだんだ。まだ彼女の可能性キラメキはゼロじゃない」

「……キラメキか」


 未来の可能性。実体のないそれを、自分たち魔法少女は追い求める。


 だまされている気がすることもあったが、可能性は可能性だったということか。自分もいつか、ああなりたい、こうなりたい。そう願わないのなら、道はないのと同じこと。叶えようと思って叶うかなんて、もっとあとの話なのだ。願う者だけが動き、動く者にしか手に入らないものがある。

 その名は未来――くしくも、赤緒が自分で雀夜にした〝理想〟の話と重なっていく。だがこれは〝魔法〟の話だ。ならば、つまり、本物の魔法キラメキとは――


「選択肢が見えないんだと思うんだ、雀夜ちゃんには。あっても見ない。見るクセがないんだ。誰かをうらやましがったり、嫉妬しっとしたりなんかも、全然しない子みたいだから」

「胸にはクソ敵意感じるけどな」

「むね?」

「なんでもねーよ。つーか、魔法少女だって選択肢だったんじゃねーのかよ?」

「そんなことないよ。ボクらは――」言いかけて、ヒヨコ頭は急に驚いた目で口を閉じた。片眉をあげた赤緒の前で、やがてじんわりとほころんでいく。少し気落ちしたみたいに。


「ボクも信じてたんだ。魔法があれば、人は自分を救えるって、ずっと思ってた。だから、雀夜ちゃんがマジカル★ライブをなにかの試験みたいに言ったとき、すごく不安になったんだ。魔法はそうじゃないよって、伝えたくなって……」

「待て。いまの〝も〟ってオレか?」

「そうなの?」

「ヴっ……!?」


 やぶへび。赤緒は奥歯を噛んでとっさに顔をそむけた。一瞬視界の端にとらえた顔は他意もなさげにキョトンとしていたが、ずっとその顔のままか確かめる勇気は出ない。いや、好ましげにほほ笑まれた気配もあると言えばあった。無邪気に。友達ができたみたいに。


「間違ってはいないって、いまでも考えてる。でも……でもね、ボクらは彼女の袋小路ふくろこうじに現れた秘密の扉に過ぎなくて、壁を抜けた先も迷路が続くんだとしても、選ばざるをえなかっただけなんだ。彼女はそれを確信していて、ボクはわかってあげられなかった。彼女は迷路を抜けたふりをして、動かないしゃべる扉のボクにずっと付き合ってくれていた。けど、まだ出口じゃないって、はっきり告げて挑むきみが差し出す手を選ぶなら、それは間違いなく雀夜ちゃんの――」

「結局ヒトまかせだな、オマエらは」

「え?」


 しるこ缶をひと息にあおる。飲み頃を過ぎて早くもぬるい。決断が遅かった。自業自得。


 だがしかし、甘いものは冷めたほうがより甘いのだ。ざまあみろ。


 赤緒は車どめから降りて立ちあがった。口いっぱいにほおばった小豆を強引に噛みつぶし、まとめて飲みくだす。晩飯完了。面食らっているヒヨコ頭をやや詰め寄り気味に見あげてやる。


「やっぱナシだ。あいつを狩って、無理やり連れてく。魔法少女もやめさせてペットにしてやる」

「ペペペ、ペッッ!?」

「イヤなら必死で守れ、扉野郎。壁からてめえをひっぺがせば盾になれんだろ。リスタート地点に連れ戻すのまでは手伝ってやっからよ」

「ええ、えぇ……?」


 背丈タッパのわりに子犬じみている顔が弱りはてるのを見て、ようやく赤緒は人心地ついた。機嫌がいいのでカラの缶を押しつけるのはよしてやる。わきをすり抜け、店内のごみ箱に捨てに行こうとする。


 ただその前に、少し足をとめた。気づかわしげな視線を背中に感じながら、コンビニの明かりを意味なく眺める。


「……なぁ、みんなそうなのか?」

「みんな?」

「……そうやって、日がな一日パートナーのことだけ考えて。それがオマエらマスコ――」

「ユウキさんッ!!」


 さえぎられる。

 水面みなもに平手を思いきり打ちつけるような声。


 振り向くと、駐車場と公道の境に眼鏡をかけたポニーテールのゾンビが立っていた。ピンクのパーカーにモッサリしたキルトの巻きスカート。棺桶みたいな四角いギターケースを抱きしめながら、生き返ったばかりなので肉が食いたいとばかりに目を血走らせ肩をいからせている。


「すみませんユウキさん遅くなりました」

「雀夜ちゃんっ!? いったいどこに――」

「その泥棒ネコをいますみやかにりつぶしますので」

「泥棒ネコ!?」

「だっ!? バカ! ギター使うなギター!」


 ゾンビにあるまじき俊敏しゅんびんな動作と速度でギターケースを振りかぶり突進してきたので、赤緒はとっさにヒヨコ頭の服をつかんで力任せに前に置いた。迫り来たギターケースをヒヨコ頭は無事受け止めたが、ゾンビはケースから手を離してヒヨコ頭のわきに飛び出した。そのくつの裏がアスファルトをつかんでキュッと音を出す。と同時に、獣のように光る目が浮き足立っている赤緒をとらえた。


「さっ、雀夜ちゃ、待っ――」

「あー、よかった。見つかってぇ」


 赤緒を追いまわす雀夜を呼び止めようとしたヒヨコ頭に、ギターケースより巨大な影がしのび寄る。くぐもった声の主はゴーグルのついたクチバシ型のマスクをはめて、いつの間にかすぐそこに立っていた。


「あ、レコード屋さんの……」

「ねぇー、あの眼鏡の子、うちに泊まりこむとか言ってたんだよぉ?」

「えッッッ!?」

「知ってるよねぇ? 拾った未成年そのまま泊めちゃうと犯罪なの、保護者代行的なことしてるならわかりますよねーぇ?」

「は、はいぃぃ! すいませんでしたァッッ!」


 目の高さは同じなのになぜか押しつぶされそうな構図になって、ヒヨコ頭は涙目で謝り倒している。赤緒はその様子を横目に見ながら、ゾンビのタックルをかわして引き返す。


「店長ンとこだぁ? なにか秘策でも思いついたかよ、ファザコン傷心眼鏡っ!」

「答える筋合いはありません。止まってください。ブロックを投げます」

「ダメだって雀夜ちゃん! ここ駐車場だからッ!!」


 バタバタ走ってきたヒヨコ頭と交差するように走ってまた盾にして、ついでに目隠しにもしてステージ・フィールドへ逃げこんだ。フィールド内を適当に泳いで、コンビニの隣りの民家の屋根に再出現する。


 振りかえると、どこに落ちていたのか小さなコンクリートブロックを持ちあげた眼鏡ゾンビがぜんとした顔でこちらをにらんでいた。今度はパートナーのほうを誘ったとでも思われたか。全然自分のために動けてるじゃねーかとあきれながら、赤緒は腹に力をこめる。


「せーぜーその秘策共有しとけぇーっ! 手抜きのニセモノなんかじゃ勝てねぇぞー!」


 言うだけ言って、顔色も確かめずに背を向けて走りだす。屋根の端まで来たところでまたフィールドへ飛びこみ、明るい深海に身を任せる。


 赤緒はふと気がついた。こんなはずんだ気持ちでここにいるのは、いつ以来かと。


(オマエとも、もっとよく話しときゃよかったのかな、トバリ……)


 ここに音はない。ミュートしている。始まりを待ってるみたいに。

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