3-8-a 聴いてもらえますか?
魔楽器ですらない、雀夜の
「――ンだそりゃ!?」
コワレ自身は寸前で演奏をやめ、ギターを抱えてステージ外へ飛びだしていた。崩落する氷柱から、曲がった五線譜のような異形の刃が持ちあがるのを見て再度目を見ひらく。
コワレは雀夜のいる反対側、大鎌の間合いの外に逃げたはずだった。
しかし、凍った泥のようないびつな
「ッ!?」
「逃がさない」
低くささやき、雀夜はその純粋な攻撃魔法をいま一度振りかぶる。
しかし狙いを定めようとしたその視界を、発光する半透明の巨体が不意にゆがめた。
たじろぐ雀夜のステージを、またたく間に天使たちが取り囲む。
天使たちの造形は海洋生物のクリオネに似ている。ただ、クリオネなら内臓が透けて見える部分にあるのは、モヤモヤとした謎の発光器官だ。
いつもは白や黄色にぼんやりとまたたくその光が、一斉に直視もつらいほどまばゆくなる。
そのまばゆさは、やがて矢のように放たれた。
その――天使たちのすき間から飛びだしてきた白い影が、雀夜をステージの外へ連れ去ったのが、コンマ二秒前。
襟首を引かれながら、雀夜は手放した大鎌が光に焼かれて消えるのを見た。
そして白い
「ヨサクさ――」
「バカヤロウッ! なに考えてやがるッッ!?」
怒号を飛ばした直後、ヨサクは体をひねって行路をずらした。一瞬前までなぞりかけていた軌道の上を、金色の閃光が駆け抜けていく。
ヨサクは弧を描くように飛行し、次々に追いすがる閃光をかわしていく。飛びながら
「ユウキ! フィールド強制解除ッ!」
ユウキのほうは、展開した複数のデバイスを必死であやつっていた。通信に「も、もうやって――」と答えかけるが、瞬間、すべてのデバイスが赤く光って
「そんな!? エラーがっ! 先輩ッ!?」
「クソッ、ロックしやがったな!? 大人げねえ
吠えて、ヨサクは軌道を垂直に曲げた。
せめて少しでも天使たちの少ないほうへ。
その意図を読んだように、目の前に半透明の巨体が現れる。
「なッ――」
魔力無尽蔵に加え、元より純粋な魔力のみからなる天使たちにとって、物理的距離は意味をなさない。
ひと呼吸の間も置かず、上下左右全方位、透きとおる発光生物で
マジカル★ライブは天使たちのために。
その
球状に群がるクリオネたちが一斉に輝きを増す。光の向こうに、雀夜はユウキが自分を呼ぶ声を聞いた気がした。
――ハ。
光。
光が、やわらいでいく。
やわらいで、透ける。光の向こう、歌声がする。
歌っている。
高く、高く、高く、鋭く。
つらぬいて、しなやかに。
呼ぶように。導くように。
天界にはいない、
ただの一音で、天使たちは動きを止めていた。
群れがほどけ、崩れた氷柱に向かっていく。
その
目を閉じ、白い
両手を広げ、愛しのギターはそばに降ろして。
ひとり、歌っていた。
★ ★ ★ ★ ★
気がつくと、雀夜は通りに立っていた。
商店の立ち並ぶ人間界の通りだ。フィールドをひらいたときは
「……追い、出された?」
少し離れた場所に、人間の姿をしたユウキが呆然と立ちつくしていた。そちらに目をやりかけた雀夜の背後で、「ぶはぁーっ」と熱のこもった溜め息が鳴る。
「たぁすかったぁー。ついに死ぬかと思ったぜ……」
ジャケパン姿のヨサクが、腰を抜かしたようにその場にへたりこんでいた。人目を気にする余裕もなさそうに、派手な弱り顔をしてうーあーとうめく。
半ば顔を引きつらせたまま、ユウキが辺りを見まわして気がついた。
「マジョ狩り……あの子が、いませんね?」
「天使どもに囲われてんだろ? 俺たちはもうただのお邪魔ムシってわけだ」
朱白の魔法少女――スカーレット★コワレ。
元の姿は、ジャンパーに短パンの地味なコーディネートだった。しかしオレンジの髪色、背負うと後頭部が見えなくなるアーミーグリーンのギターケースは嫌でも目立つ。走って去るにも限界がある以上、ステージ・フィールド内に残っていると見るのが自然だった。荒ぶる天使たちを歌で
「しっかし、『ホイッスル』とはな。あの下乳嬢ちゃん、とんだ隠し玉持ってたもんだ」
「超高音域……未成年であの安定ぶりならギフテッド、《倍音特性》ですか? アカペラで、あれだけの数の天使たちを一瞬で
「いるとこにはいるもんだ。それがマジョ狩りってのも、だいぶ面倒な話だが……」
ヨサクは、この場にただひとりとなった魔法少女に目をやった。
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