3-5 任せてくれますか?

「尿路結石、痛いそうですよ?」


 雀夜のこの渾身こんしんの殺し文句は、しかし自分でかもし出した雰囲気にあまりにうまく乗ってしまい、ウケもスベリもしなくなってしまった。テーブルを囲む魔法少女トリオは未知の生き物をのあたりにして純粋に震えあがっている。雀夜が二度まばたきをするあいだ、誰も身じろぎひとつしなかった。


「……あ。いまのは笑うところです」

「ど、どこ……?」


 くり色巻き毛の絽々ろろが、おろおろと許しを乞うようにたずねる。雀夜は目を光らせた。


「尿路結石……痛いそうですよ?」

「いや再チャレンジすなッ!」


 ほぼ反射。紫髪と紫眼鏡リムのセンター・こはりは、自分の声に驚いて我に返った。空気に流されかんに手を当ててしまっていたことにも気がつき顔が熱くなる。改めて雀夜の発言を思い出せば支離滅裂もいいところで、いいように気圧けおされた自分たちにもゲンナリしつつ奥歯をギリとかみ合わせた。


「チッ……琉鹿子め。弟子どころか猛獣やないか。聞いとらんわ、こんな忘れ形見がたみ

「琉鹿子さんは死んでいません。ふざけているとお見舞いに行かせますよ?」

「ふざけとんのはどっちや! ほんまええ性格しとるなっ」


 もう飲まれるものかと、こはりは強気で言い返す。しかし虚無じみたけんたいかんも襲ってきて、二の句を継ぐ前に盛大にため息をついてしまった。


「かぁー……わーったわ。受けちゃる、デュエル」


 うつむいたまま、こはりは告げた。「ただし」とすぐに顔をあげたが。


「ただし、一対一や。ウチがやる」

「こはり……」


 黒髪褐色肌のふわのが、長い前髪の奥から不安げな視線を向けてくる。負ける心配ではないだろうが、そもそも釈然しゃくぜんとしないのだろう。こはりは軽く笑いかけようとしたが、先に雀夜が口をひらいた。


「かまいませんよ。そのうち残りのおふたりも引きずり出しますので」

「どっから来るんやその自信……」

「手加減も無用です。やったら尿路結石の刑」

「そのネタやめぇやッ。気に入っとるんか!?」


 雀夜が少し頬を染めたように見えた。なぜいま照れるのか一切理解できないこはりは、なにも見なかったことにした。


「んっとに。初心者もええとこのクセに、『マジョ狩りブッ倒すぅッ』なんて吹きよる。そんな大馬鹿ヘタにあしらって、なにされるかわかったもんやない。咬みつく気がなくなるまでブチマワしたるわ。精々ガッカリさせんなや?」


 精一杯のしかめつらをして、雀夜に向かってこぶしを突きだす。

 雀夜はあいかわらずの凪いだ顔で、しかしこぶしを同じように突きかえすと「御意に」とこたえた。


「御意て……あかん。いちいち食いついてたら際限ないわ。とっとと始めんで? グローリー……」

「やべっ。パペット・オーバー」

「え?」


 ヨサクが口走り、ユウキが声をもらす。

 気がつくと、ユウキは葡萄ぶどう色をした床でなく壁を正面に見ていた。


 視線を落とせば、スナック菓子と炭酸飲料の散らばるテーブルは変わらずそこにある。ただし、の届く距離だ。

 二本足で立つ感触が戻ってきたことにも驚いて、思わず背後のソファに腰から落ちる。目隠れ黒髪の、ふわのと呼ばれていた少女が座っていた位置だ。


 部屋の出入り口のそばには、ワインレッドのジャケットを来た白髪の男の姿もあった。ほかには誰もいない。四人の少女たちと壁ぎわにいたピンク髪のマスコットは、ユウキたちと入れ違いに消えたようだった。彼女たちの、決闘の舞台へ。


「帰るぞ、ユウキ。遅くなると華灯がこええ」


 ポケットに手をつっこんで、ヨサクは出入り口の扉の前に立つ。ユウキは呼吸が泳いだ。


「せ、先輩っ、ボクも――」

「いっしょにライブを、だろ?」ヨサクが半分振り返って言った。色眼鏡の端に黒目が濃い後輩の顔をとらえて、「俺ちゃんがわからねーわけねえじゃん?」


「なら、どうして……」

「その俺ちゃんに禁止されたばっかだろ?」

「…………」


 ユウキは押し黙る。気まずげだが、黙りたくない気持ちとせめぎ合って動けないようだ。

 苦笑したヨサクは、全身で振り向いて大仰おおぎょうに肩をすくめてみせた。


「ま、秘密の特訓は秘密だからな。そっちはお目こぼししようぜってわけだ。俺らはなにも見てないし聞いてない。まーボロ負けだろうが? ひと暴れしたほうが頭も冷えるってもんだろ。キッカサンによれば、ギター一個くらいはどうにか作れるらしいし、あの子のキラメキはもうカツカツじゃないしな。どっかの無理したがりクンのおかげで」


 ひとり立ちにもちょうどいい、とまでは言わずにおく。そこはきっと雀夜にも本意ではなく、なりゆきだ。だが、そのつもりで来たのでもある。いつかのように覚悟を抱いた少女を、都合がいい呼ばわりもできない。


「あの三人組が相手なら事故る心配もねぇよ。こんな店に来て不良ぶってるが、本気で無茶する子たちじゃない。実家勢で親御さんの目があるってのを差し引いてもな。むしろサクちゃんがマジョ狩りに挑むって言ったとき、ちょっと目が輝いてたぜ? ルカちゃんって目標がいなくなって、くすぶってもいたんだろう。でなきゃ、あんなワケわからん説得で受けるか、ファースト・デュエル?」


 琉鹿子のことを心配していないと雀夜は言っていた。それもきっと本心だ。だがいなくなったあと、自分が変わらなくていいとも思っていなかったのだろう。その部分ではトリオとも気持ちが通じている。


「魔法少女はいつまでも少女じゃない。年齢規定の話じゃないぜ? 右と左がわかるようになりゃ、子供は自分から歩き出す。どこへ行くかもう決めてるなら、手ぇ出すほうがこじれることだってある。まー、ガス欠のパートナーに気を使ってくれたのもあるだろうが、少なくとも、目ぇつむって誰でもいいから手を引いてくれってやってた頃とはちげーよ」


 それも誰かさんの無理のおかげ――そう付け足す代わりに、ヨサクはユウキの腰が乗っているソファのふちを軽く蹴った。ユウキはまだ考えこんでいたが、ヨサクは待たずに身をひるがえす。


「あとはあのショッキングピンクに俺ちゃんが手ぇまわしとく。両サイドの承認やっといてくれって、コミューンリーダーからのがいいだろ……」話しながらヨサクはスマホを取り出し、マスコット専用の連絡網アプリを呼び出した。途端に「げ、あいつメスだっ。どこがパパ活だよ……」と青ざめつつ、覗きこんだ液晶を操作していく。


 そのヨサクの背中をながめながら、そのあたりにさっきまで立っていた少女の姿を、ユウキは思い浮かべようとした。とっくに目に焼きつけたつもりだったあのいだ顔が、いまは少しにじんでいる。


 今日初めて知った一面がある。本当は、知っている顔なんてほんの一部なのかもしれない。

 それは不安なことだった。けれど、同時にあの朝のほほ笑んだ姿が思い出されてきて、ユウキはふしぎと頼もしさも感じていた。胸騒ぎはしてしまう。けれど、あふれ出してくる期待の裏返しのせいなのかもしれない。あの朝のように、きっとまたまぶしいものを見せてくれるとも、自分もパートナーを信じているのかもしれない。


 そう飲みこんで、ユウキも立ちあがることにした。




「……それで、先輩?」

「ん?」

「ここ、どうやって出るんです?」

「…………」




「そりゃお前。カネ払って出るしかねぇな……」

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