2-7-a ゲームは好きですか?


 上空のキラメキ・クリスタルのの外縁で、琉鹿子の黄色が光を増す。


 曲は最初のサビが終わりかけていた。琉鹿子は二番から入るつもりだろう。銀のタクトは出しているものの、いまだ鉄琴グロッケンに小さな尻を乗せ、細い足をブラブラさせている。ステージはだいぶ下降しているが、気にかけるどころか退屈たいくつそうだ。


 その琉鹿子とむつみあう魔楽器を、大型の兄弟たちが囲んでいる。猫足のグランドピアノ、浮遊するドラムセットの、人魚像を掲げたグランドハープ、なぜか木にる実のようにまとまったバイオリンの群れ。


 物言わずたたずむ異形の楽器たち。ヨサクはぜんと頬を引きつらせてそれを見おろしていたが、不意に我に返った様子で顔をしかめた。


「だが、ルカちゃんは四重奏者カルテッターだ。魔楽器五台じゃ精度が落ちる。そうでなくたって……」


 ヨサクは上昇じょうしょうを続けるトリオのステージのほうも見た。三人が全員、色違いのバイオリンを持ち、それぞれのそばには自律するピアノ、ドラム、ハープがある。


「後追いって時点で、評価は格段にしぶくなる。簡単じゃねえぞ?」

「こういう場合、セオリーは?」ユウキがたずねた。ヨサクは間を置く。


「強いアレンジを当てて、自分の側に引っ張るか。だが、たいてい悪手だ。ライブを壊すリスクのほうが高い。かといって、バカ正直にカブせて勝とうなんて、マジで力技になる。そもそもこの状況でパートを獲りに行くことからしてセオリーじゃ……」


 話しているうちにサビが終わる。

 すかさず間奏かんそうに入るまぎわ、琉鹿子がさっとタクトを振った。


 琉鹿子の金色の魔楽器たちが一斉に目覚める。上方から流れてくる旋律せんりつと、まったく同じものを鳴らしはじめた。


愚直カブせやがった!?」


 間奏が終わり、ふたつめのAメロが始まってもまだ同じだった。音の量が楽器二台分に増えただけ。旋律もリズムも、音質すらも変わらない。ヨサクたちは戸惑ったが、パステルカラーの三人組トリオはあからさまに嘲笑ちょうしょうした。


「たはーっ! ムリムリムリ! いくら《輻輳ふくそう特性》に中程度の《多奏特性》まであわせ持っちょるからって、三人で調律してる四重奏カルテットを抜けるわけないやろーッ!?」

「……」


 自分のパートの空きを使って紫髪の魔法少女が野次をしこんでくる。琉鹿子は気にせず黙々とタクトを振る。


 二番のBメロ、そしてサビさえなにごともなく終わり、最後のサビの前のCメロに入った。

 ステージの昇降は止まってはいる。しかし高低差はとうから歴然としている。


 天使たちの吐きだす泡に取り囲まれながら、日かげのような下層で演奏を続ける琉鹿子を思い、トリオは勝利を確信した。

 琉鹿子の演奏が自分たちの下支えとなりさがってる優越感も彼らを押しあげ、歌も魔法もいつになくキレが増す。いまなら琉鹿子だけでなく、誰にも負けない。自分たち以上の魔法少女ユニットなどどこにもいない。三人はまったく同じ高揚こうようを同時に抱き、その互いを感じあっていた。


「あら、こはり? いまトチった?」

「はあ?」


 もうすぐ二度目のサビというところで、緑衣装でくり色巻き毛の少女が紫髪の少女に聞いた。からかうような言いぐさに、紫髪も「ンなわけないやろっ」と鼻で笑い返す。


絽々ろろがいまハズした」

「へっ?」


 ふいに思いがけない場所から野次が飛んできて、くり色巻き毛の声が裏返る。あまりそういう冗談を言わない白衣装の黒髪少女からだ。彼女もふざけたくなるくらい高ぶっているのだろうかと巻き毛が首をかしげるそばで、紫髪が黒髪を見ていた。


「ふわの? いまどこ弾いとるんや?」

「ん? ほぇ?」


 黒髪の動きがひたりと止まる。しっぽで握った魔法の弓とバイオリンは演奏を続けている。その光景を自分でながめ、長すぎる前髪の裏で目を白黒させる。


「な、なんやこれ? ウチもズレとる。え?」


 紫髪も自分のバイオリンを見る。見たところで旋律せんりつは変わりはしない。魔法が再現する思い描いたとおりの演奏。だからこその戸惑い。焦り。


 最後のサビが来る。

 違和感を抱えたまま演奏を続ける。どうにか立て直そうと調整を加えるが、そのたびにズレている感覚が悪化する。黒髪と紫髪だけではない。巻き毛のバイオリンも音がれる。


「なに、なにこれっ、なんで合わないの!?」

「ちょっと、絽々! ハープが!」


 黒髪が叫んだ。ハッと振り向いた巻き毛のそばで、グランドハープが盛大に音をはずしていた。巻き毛は集中し、ハープを落ち着かせようとする。だがバイオリンもズレつづける。


「る……琉鹿子ォ! なにしよったァ!?」


 こらえきれず、紫髪が歌もほうして叫んだ。

 ステージのふちからのぞきこみ、はるか下層でタクトを振る白黄の少女をにらみつける。目をせて軽やかにハミングしていた少女は、水色の視線を一瞥いちべつし、


「さぁ? 飛ばしすぎてお疲れなのでは?」


 ぞんざいにあしらい、はらりと手を振る。かたわらの鉄琴グロッケンが、ぽきん、ぽきんとやわらかな音を鳴らす。


「落ち着いてゆぅっくり立て直してはいかがでしょう? ルカコはまだ周回遅れですし。もっとも……」


 よくできた犬をほめるように、琉鹿子はグロッケンをやさしくなでた。


自分自身がっきたちに、愛想をつかされなければですけど?」

「なんやと……」

「ふわのッ!?」


 鋭い悲鳴に紫髪の背すじが跳ねる。

 振りかえれば、くり色巻き毛が見たことのない形相ぎょうそうで黒髪に食ってかかっていた。


「なにしてるの!? いまピッチあげないで!」

「あげてない! あげてないけどッ!」

「ちょ……絽々、ふわ、なんで……」


 喧嘩けんかなどしている場合ではない。喉まで出かかったその言葉は、流れつづけていた自分たちの旋律でさえぎられる。予定どおりの旋律。だが速い。テンポが速い!


「あかん……コレあかん! 一回止めぇ!」

「止めれるわけないでしょ! 琉鹿子がっ、るか――」


 怒鳴りあったそのとき、

 三人は同時に理解した。


 旋律と旋律のすき間で、その音が鳴る。

 ぽきん、ぽきんと、どこかで鳴る。

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