2-5 トリオなのにコンビニですか?


「マスコットはどうしたんや? 不戦敗なんか許さんぞ」

「いまに来ますわ。向こうで待ちましょうか」


 水色のチョーカーをはめた紫髪の少女にそう答え、琉鹿子は自分のチョーカーをでて唱えた。


「グロウリィ・アウト」

「グローリー・アウトッ」


 紫髪の少女が合わせる。ふたりのチョーカーとともに、雀夜や他校生ふたりの首もとも光りはじめる。

 この場にいる魔法少女全員を光が包んだとき、雀夜以外の四人が声をそろえた。




「「「「ウィアー・オン・ステイジ!!」」」」




 景色のすべてが溶け、少女たちごとどろのように沈む。

 暗い泥濘でいねいを抜けた先に、明るい深海のような世界が戻ってきた。


 魔法少女たちの狩り場。ステージ・フィールド。

 視界が明瞭になった頃、すでに雀夜は魔法少女に変身していた。


 背中の大きくあいた水着のようなドレスと、鋭利なあいいろのガントレット。左側頭部にだけ節くれだった太いツノ。

 異形の足鎧を片方だけいた足で、浮遊する見えない床に降り立つ。


 眼前にはこの頃見慣れてきた巨大な氷柱がそびえている。ただ、かたちが違った。

 頂上付近で均等に枝分かれし、枝の先端がそれぞれ平坦につぶれている。高さをそろえて四つ。ひとつあたりが半畳ほど。そこに、目を引く人影もある。


 華奢きゃしゃたいを純白のボディスーツで包み、巨大な花びらのような黄色とだいだいのマントをはおるその姿。頭にも同じ彩りの花を生けた、魔法少女ハルコン★テュポン、さかき琉鹿子。


 雀夜から一番近い彼女の枝は、ほかの三つとは離れていた。ほかの三つは、群れる浮き島のように寄りあっている。そのそれぞれにも、琉鹿子同様に華やかな三人。

 ワンショルダーと呼んだだろうか。片方の肩に布のない左右非対称の衣装。布のある側は指先までおお長袖ながそでで、首もとから袖先そでさきまですき間なくリボンがあしらわれている。

 下半身は、すその広がった短いキュロットパンツ。そこへ透ける生地のスカートが半分だけ。


 水色、白、緑。変身前のチョーカーと同じカラーリングで、デザインは三人同じ。派手さはひかえめだが、それぞれの頭には髪色に合わせた〝ネコ〟っぽい耳も生えていた。腰のうしろには細長いしっぽも。グローブとブーツには肉球付き。雀夜は自分と琉鹿子以外のコスチュームを見るのが初めてで、ついしげしげと見入った。


「ルカぁぁぁー!!」


 そこへ、ジェット機のような騒音なのか怒号なのかもうよくわからなくなったものが飛びこんできた。

 彗星すいせいのようなせきを尾に引いて、うぐいす色の小さな体が琉鹿子のいるステージのきわまで突進していく。


「遅いですわ、キッカ。食べ歩きで一時間もつぶしましたのに」

「連絡もらって10分も経ってないわよッッ!」


 たんのない琉鹿子にぬいぐるみの子竜のような姿のパートナーがきーきーえたてる。かと思えばがっくりと肩を落とし、「もうっ、なに考えてるのよ! よりにもよっていまだなんてッ」と引きつった声でなげきはじめた。


「交流ですわよ交流。ぜひにリベンジしたいとおっしゃる方々ですのよ? 邪険にするほうがひどい気がしませんこと?」

「デュエル……?」

「ユニゾン・ライブだ」


 ふたりの会話から言葉を拾った雀夜に、背後から耳慣れた声がかかる。

 振り向くと、キッカと同じかたちをした白いマスコットと黄色いマスコットがそこに並んで浮かんでいた。「ヨサクさん? ユウキさんも」雀夜が軽く驚いてみせると、白いほうがウインクで答えた。


「ふたりが放課後のレッスンに来ないってキッカから連絡があってな。見に行ったとこでルカちゃんからキッカに呼び出しが来て、こりゃあと思ってついてきたんだが」

「あ……すみません。連絡も入れず」

「いーよ。ルカちゃんといっしょだから油断したんだろ? 放課後寄り道は学生のたしなみだって、ユウキにも話したとこだ。まだスマホも持たせそびれてるしな。それより……」


 ヨサクが雀夜のとなりに来る。氷柱のほうを向いている彼に雀夜もならった。キッカが琉鹿子のステージまで入りこみ、なにやら相談、のような口論をしている。


「初めてだったよな、サクちゃんは?」


 枝分かれした氷柱全体を指して、ヨサクが水を向けたのは、しかし雀夜にではなかった。彼と同じように雀夜のそばに来た、ひよこ色のマスコットがうなずく。


「ユニゾン・ステージ。魔法少女がふたり以上いれば出てくるステージだよ。ユニットを組んでる子たちが常用してる」


 ユウキを一瞥いちべつした雀夜は、ネコ耳三人組のほうに目を向ける。いら立った仏頂面ぶっちょうづらでいる三人のそばに、いつの間にかピンク色のマスコットが浮かんでいた。位置的に一匹で三人を担当しているように見え、雀夜は無言でなるほどと思う。


「ユニゾン・ライブは、要は合奏がっそう。力を合わせてライブをやるんだ。ひとりの魔力キラメキじゃ難しいようなパフォーマンスも、分担すれば実現できる。精度の高い魔楽器マジカル★ガジェットをたくさん使ったりね」

「ここでクエスチョン」


 ヨサクがおどけた調子で割りこんだ。


「じゃあ魔法少女をたくさん集めて、バカでかぁーいライブを毎回やったほうが効率いいんじゃないかって? さてどうだ、ユウキせんせ?」


 ユウキはまたうなずいた。


「収穫したキラメキを分け合わないといけないんだ。どんなにいいライブをしても、キラメキの収量は集まってきた天使の数に応じて頭打ちになる。魔法少女の数が多すぎれば、ひとり頭の収量は減ってしまうんだよ。しかも、配分は均等じゃない」

「……?」


 ユウキが語気が冷えたのを察し、雀夜はまた彼を見た。彼も雀夜の目を見て続けた。


「ユニゾン・ライブの落とし穴。魔法少女の『こうけん』をステージが自動で評価する。ひとりひとりがどれだけライブを盛りあげたかを数値化して、それに応じて収穫したキラメキを配るシステムだよ。本来は、たくさん魔法を使った子が損をしないためにそうなってるんだけど、それで〝ゲーム〟ができる」

「ゲーム?」

「キラメキの取り合いだ」


 引き受けるようにヨサクが告げた。


「目立ったもん勝ち。貢献度を競い、より多くのキラメキをせしめようとする。キラメキを大量投入しても、評価されなければ他人に持っていかれる。最小限の魔法でおいしいとこだけ取るのも策のうち。未来をけずって未来を取り合う、シビアでスリリングな決闘けっとう。それが……」


 雀夜は理解した。


「マジカル★ユニゾン・ライブ……〝デュエル〟」

「講義は以上ですわ」


 答えが雀夜の口をついて出たとき、ステージの上から告げられた。


 さっきから琉鹿子のそばで淡い光を出したり消したりしていたキッカが、ステージの外まで戻ってくる。琉鹿子はフィールドへ来たときからずっと、対戦相手たちを見つめたまま動かずにいたが、手にはいつのまにか白銀のタクトをにぎっていた。


「キッカがデュエルを承認し終わりました。ここからは実地研修」

「ウチらは教材か」


 同じくにらみ返しつづけていた三人のうち、紫髪の魔法少女がいまいましげに言う。彼女の衣装は水色ベースだ。レトロなパイロットゴーグルに変化した眼鏡は額に乗っており、目は空色に輝いている。


「反面教師にはならないでくださいね?」と琉鹿子。「足を引っ張る人が消えたのですから、せめて勉強になるくらいの演奏を」


 雀夜は顔をあげた。

 ユニゾン・ステージの上空を、いつの間にか四つの光源が流れている。青、白、緑、そして大きな黄色いキラメキ・クリスタル。なにもない場所を中心に円を描くように。


 その光の輪の向こう、淡く光る二色の群れが近づいてくる。

 羽根に似たヒレをひらひらと動かしながら宙を泳いでくる巨大な生き物。海洋生物のクリオネに似た天使たち。今日は銀色よりも金色が目立つ。


「チッ。売れるケンカ全部売りによって……」紫髪の声が聞こえる。「本気であしかせだったと思っちょるんやったら、今日は勉強させてくださいの間違いじゃわ。けどあいにく、一回しか教えちゃれんけえのぉ……」


 その声が沈んだのを合図としたように、うしろふたりがさっと片手をあげた。三人のそばに、それぞれの衣装と合わせたパステルカラーのバイオリンが出現する。

 手に取った水色の弓を、紫髪の少女は剣のように琉鹿子へ向けた。


う耳すましや」


 それを最後に、三人は琉鹿子に背を向けた。


 迫ってくる天使たちを見あげる。その三人を取り囲むように、ドラムセット、グランドピアノ、グランドハープと、大型の魔楽器ガジェットたちが浮かびあがる。


「あら、先攻?」琉鹿子は眉をひそめた。「ルカコが被挑戦者ゲストですのに」

「借りがあるやろ? テメエのキラメキ引っぺがせるならなんでもしちゃるわ」


 三人同時、あごに当てたバイオリンの弦に弓を乗せる――かと思いきや、天を指すように腕を伸ばし、垂直に、高く、まっすぐに弓をかかげ、そして、


「行くで?」


 背後の魔楽器たちから、青白緑、三色のスモークが噴射された。煙の周りに小さな花火が散り、ステージ全体を華やかに彩る。

 ピアノとハープがなめらかに音を差し出したとき、ネコ耳のトリオは靴音くつおとを鳴らして飛びあがった。

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