2-3 どこ見てたんですか?

「マジョ狩り……ですか?」


 放課後。めずらしく琉鹿子に彼女のコミューンでなくはんがいに誘われてついてきた雀夜は、びんプリンをおごってもらった。琉鹿子も同じプリンにトッピングされた青いジュレを小ベラですくいながらとなりを歩いている。彼女の言ったことをオウム返しにたずねつつ、雀夜も小ベラの先をなめてから、ふむ、と考えこんだ。


「つまり、夜な夜な路地裏に魔法少女の焼死体が……」

「そんなちょくでグロい話ではありませんの」


 琉鹿子が言いとがめた。ヘラの先をくわえたままで。行儀は悪いがいら立ちは伝わる。


「わかりやすく言えば、ライブ荒らしですのよ」

「荒らし?」

「そ。魔法少女が魔法少女のライブを、ですわ」


 マスコットたちから聞いてませんの? と、湿った小ベラを振り振り、琉鹿子はやや呆れた様子で目の高さにある雀夜の肩をながめて言う。今日の琉鹿子のセータ―はイエローベージュ。末広がりにふくらむバルーン袖は雀夜と同じ。制服なのだからおそろいで当たり前だが、紺色こんいろを持っていなくてよかったと雀夜の前で一度はっきり言った。


「もちろんそんなのご法度はっとでしてよ。管理局はマジカル★ライブを監視していますから、変なことをすればすぐにバレますし、ひどければおきゅうだってえられます」

「琉鹿子さんもされたことが?」

「ライブ荒らしを?」

「いえ、お灸を」

「さー、どーだったかしら……あっ見て間鋼さん! あれも買っていきましょうっ?」


 やけに上すべりする口調で言い残し、琉鹿子は薬局前に停まっているキッチンカーめがけて駆けだしていった。両サイドの白いメッシュが、垂れたウサギの耳のようになびいて跳ねる。


(かわいい……)


 華奢きゃしゃで小柄なうしろ姿を、雀夜はやや湿り気のあるまなざしで見送った。


 目だちたがり屋で強引な琉鹿子が、どこかで不興を買っていてもふしぎはないと雀夜は思っている。ただ、琉鹿子のプライドは魔法少女としての自己評価にも向いていて、マジカル★ライブに関しては自分に厳しく、また努力家である。そのことをこの三週間余り、彼女のコミューンでいっしょのレッスンを受けるうちに理解していた。


 中学一年の頃から魔法少女をしているという琉鹿子は、自信はたくわえてもせいはよしとしない。魔法少女であることとマジカル★ライブを、きっと誰よりも琉鹿子は愛している。

 だから、琉鹿子のはぐらかした過去のとやらが、少なくとも『ライブ荒らし』と関係ないことを雀夜は知っていた。琉鹿子は同学年の雀夜の前で先輩風を吹かせたがるが、それは魔法少女として気にかけてくれているからでもある、と雀夜は見立てていた。


「荒らし……」


 琉鹿子の黄色いリボンもピンと立ったウサギの耳のようだ。つまり琉鹿子にはウサ耳が四つ。

 なんてかわいいのだろうと思ったはずなのに、口をついて出たのは別の言葉。そのことに自分でキョトンとして、なにげなく手の中のびんを見おろした。


 琉鹿子が向かったキッチンカーから、ギターの伴奏ばんそうと女性のハミングが聞こえる。威勢のいいロックンロールと、なぜかオムレツについての歌詞。最近、街の音楽が耳につくようになった。


 小瓶の底には、つやつやとした黄色い固体がまだいくらか溜まっている。雀夜はそのままふたをして、部屋に飾っておきたくなった。




   ★ ★ ★ ★ ★




 マスコットには魔力だが、魔法少女にはマジカル★ライブの成績に応じて活動資金援助がつく。人間界側が労働と認めていることもあり、実質の給与だ。


 雀夜の初回給付はまだで、いまは契約初日にユウキからもらった〝パパ活代〟でしのいでいた。食費や日用品・必需ひつじゅ品はコミューンの運営費からかなり不足なく出してもらえるが、遊び歩いたりは難しい。

 成績優秀で給付も多いらしい琉鹿子は、雀夜のその窮状きゅうじょうを知ってか知らずか、目につくものを片っ端からおごってくれた。優越感でぴかぴか光る琉鹿子はでまわしたくなるほど愛くるしく、逆に遠慮えんりょされると猛犬のごとく不機嫌になるので、雀夜は栄養がすべて乳へ行きますようにと祈りながら似たようなクレープを三つたいらげた。


「げぷ。それで、今日行く先にあるものも、おきゅうえられるたぐいの話なのでしょうか?」

「ウッ!? まだ覚えてたんですの……?」


 となりも隣りでワッフルサンドなるものを頬張っていた琉鹿子が喉を詰まらせたように青くなる。見かけによらずよく食べる彼女の栄養はどこへ? やはりルカコワールド? そんなファンシーな異次元が? 琉鹿子や華灯は行けるのだろうが、巨大なわたしはきっと行けない。雀夜は悲しんだ。


「で、でも、いいえッ。今日のはちゃんと公式ですわ」


 ワッフルを飲みこんだ琉鹿子が今度は少し赤い顔をして言いかえす。

 ただ、そのあと不敵に笑んだのは、ごまかしのような雰囲気ではなかった。


間鋼まはがねさんも、そろそろ次のステイジへ進みたいでしょう?」

「次?」


 直後はキョトンとした雀夜だが、すぐにハッと目を光らせた。


「行けるのですか、ルカコワールド?」

「なんですのそれは……」


 琉鹿子は本能的におびえた。


「……」

「……?」

「…………」

「…………!?」

「…………まぁ」

「ッ!?」


 雀夜がまた不自然なタイミングで黙ってしまったので、琉鹿子も顔を見合わせたまま進退きわまりかけていた。が、不意に雀夜が伏せるように目をそむけ、


「このままここにいていいのか……とは、思っています」

「……?」


 琉鹿子はまた本能的にだが、話がかみ合っていない予感がして首をかしげた。けれど、要領を得られそうにないとも悟り、視線が外れたのを幸いに軽くせきばらいをした。


、心がけはよろしいですわね。ひとまずいまはライブ荒らし、『マジョ狩り』の話のつづきでしてよ。間鋼さんはまず、どのようにしてマジカル★ライブが荒らされるのかから、想像もつかないのでしょう?」


 琉鹿子は大仰に肩をすくめると、来たときと同じ向きにまた歩きだした。指先にチョコクリームがついているのに気がつき、小さな口ではぷりとくわえる。軽く見とれながら雀夜もあとを追う。人通りはあるが、はんがいのメインストリートからは外れた道へ来ていた。


「そういえば間鋼さん。あなた、チョーカーいつもしてますわね」

「?」


 急に自分のことを聞かれ、雀夜は首をかしげる。魔法少女の変身チョーカーを、確かに雀夜は学校でもつけている。もちろんいまも。


「ヘンでしょうか」

「ふうん。正直おすすめしませんわ。まぁ好きずきですけど」

「……?」


 ふくみのある答えを雀夜はいぶかしむ。しかし琉鹿子はすでに話を戻したいようだった。


「荒らしの詳細はあと回しにして、面白い話もありますの。犯人の魔法少女、どうやら識別不能といううわさですのよ?」

「識別?」

「これもご存じないかしら。マスコットたちの管理局がライブを監視している、とはさっき言いましたわよね? その効率化のために、管理局は魔法少女に所属コミューンが識別できるコードを振っていますの。どこのコミューンかさえわかってしまえば、誰が問題を起こしたかなんてすぐわかる。ところが……」


 琉鹿子は急に足を止め、振り返ると雀夜の顔に指を突きつけた。さっきめていた指かどうか、雀夜は思い出せず悔やんだ。


「『マジョ狩り』の魔法少女には、存在しないコードが振られていたのです」

「……存在しない?」

「コード・ゼロ。つまり『無所属』」


 雀夜も顔をくもらせた。

 無所属。コミューンに属さない魔法少女。


 存在しないコードは言葉のあやで、おそらくシステム上そう表現するしかなかったのだろう。存在を想定すらされていないがゆえの識別不能ゼロ匿名とくめい不測のライブ荒らし。


「コミューンは原則自治ですの。管理局は慢性まんせい的な人手不足、もといマスコット不足ですから、魔法少女個々人の管理は各コミューンがになう。そこで機能するコミューンがそもそも存在しなければ、魔法少女ひとりの特定もままならない、というわけですわ。本来『マジョ狩り』なんてあっという間に取り押さえられるはずが、後手ごて後手に回りつづけてもう二十人近く狩られてるんですって」

「二十?」


 雀夜は眉をひそめた。驚きに不審が勝る。


「それだけ暴れているなら、外見の情報くらいすでに出回っているのではありませんか? 狩られて焼死体でないなら、口はきけるでしょう?」

「間鋼さんって妙なとこで物騒ですわね。フフ……」

「?」


 雀夜は首をかしげた。琉鹿子は呆れてみせただけで、雀夜の問いには答えず見つめ返してきた。真剣そうだった口もとに、ほんのりと笑みを浮かべて。


 そのときだ。



「さかきッるかこォォッ!!」

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