第22話 発掘
二十分後。
最終的に土の中から掘り起こしたものは、二つ。
一つは、とても美しい装飾が施された刀。もう一つは、人間の右腕の骨。その内、特に気になったのは骨のほうだ。一見すれば普通の骨だが、肩へ続くほうの端に、鋭利な刃物で切断されたような断面が残っている。骨折などではない。この腕は切り落とされたものだ。
持ち主は恐らく、刀の保有者。何故腕を失うようなことになったのかは定かではないが、腕は誰かによって人為的に埋められている。刀まで埋められているのは、弔いを目的とするものだからなのか。
ただ、弔いだとすれば、本人の遺体を全て埋めるはず。態々腕だけを埋めることなんて、あるのだろうか?
地面に並べた腕と刀を見たまま、私は元兵士である史輝に問うた。
「ここでは反政府勢力の奇襲を受けて三人が犠牲になっているから、その内の一人のものだと考えているんだけど……兵士って、仲間の遺体をその場に埋める習慣でもあるの? 災害地とかだと、回収して家族の元に届けるのが一般的だけど」
戦争と災害で、軍の遺体管理方法に違いがあるのかもしれない。軍人ではない私にはわからないので、史輝のほうが詳しいだろうと思い、知恵を求めたのだが……私の予想に反して、史輝は首を左右に振った。
「そんな習慣や命令はあり得ません。遺体は極力持ち帰るようにと言いつけられているはずです。遺体にも帰りを待つ家族がいますから、それは何処の部隊だろうと軍だろうと、変わることはない」
「確かに。じゃあ、なんでこんなところに埋められているのかな。勝手に埋めるのは、規則違反なんじゃ?」
「考えられることは……」
その場で膝を折った史輝は指先で人骨に触れ、思いつく可能性を告げた。
「何か、見つかるとまずいことを隠すために埋めたのではないでしょうか」
「見つかるとまずいこと?」
「例えば──この骨の人物は戦死したのではなく、味方によって殺された、とかね」
史輝が告げた可能性に、私は息を呑んだ。
「いや、まさか。そんなことが──」
「十分にあり得る話ですよ。実際、戦時下では戦死と偽り、恨みがある者や自分にとって都合の悪い者を手にかける殺人が、何件も発生しています。そういった場合、帰還者は……殺人者は、実際には起こっていない出来事に遭遇したと報告することが多い。ありもしない敵の奇襲を受けた、とか」
「それって──っ!」
史輝の言いたいことを悟り、私は目を見開いた。
「ここで反政府勢力の奇襲を受けた事実はない、ってこと?」
「その可能性は十分に考えられる。確か、奇襲を受けて四人中三人が死亡した、ということでしたか? そもそもの話、それ自体が不自然です。三人も殺したのならば、残る一人を態々逃げるような真似はしないはず。特に俺たちの軍は、敵前逃亡を恥と教えられてきましたからね。援軍が来たというなら話は別ですが、そうであれば相手を殺害した記録が残るはず。けど、記録は逃亡。不自然です」
私は確かに、と納得した。
軍人、兵士の知恵を借りて奇襲事件を改めて考えると、不自然な点が幾つも見られる。本来なら報告の段階で気づいてもおかしくないことだが、当時は戦時下で報告を一々精査している暇もなかったのだろう。
となると、必然的に怪しいのは生き残った一人だ。
「生き残った一人が、全員を殺害した?」
「と考えるのが自然でしょう。ですが、これはあくまでも憶測です。その確証はありませんし、目撃者がいないのであれば立証もできません。迷宮入りは確実ですよ」
「う~ん。凄いもやもやする」
心にとても分厚い雲が広がったような、私はそんな感覚を抱いた。
仮に史輝の憶測が事実だとすれば、犯人は絶対に裁かれなくてはならない。死人に口なしとは言うけれど、それではあまりにも、死者が報われない。この腕の持ち主が無念の死を遂げたというのならば、晴らしてやりたいと思うのが人間だ。
けれど、今の自分たちにはその手段がない。容疑者の特定はできるかもしれないが、犯行を証明することができない。できることと言えば、刀に彫られた家紋から持ち主の家を探し出し、返還してあげることくらいだ。もしかしたら、あの魔骨もそれを求めていたのかもしれないし──。
──触れてくれ
不意に耳に響き渡った声に私は思考を止め、いつの間にか刀の傍にいた魔骨を見た。それはジッと私に顔を向けており、何かを訴えているように見える。
頑なに口を開かなかった魔骨の言葉。触れろというのは恐らく、自分自身に触れろということだろう。触れたら何かがわかるのか。何を教えてくれるのか。
期待と疑問を胸に、私は手を伸ばして魔骨に触れる──直前、ずっと首から下げている黒い骨のネックレスを握り、史輝に声をかけた。
「魔骨が何かを教えてくれるみたい」
「? 声が?」
「うん、聞こえた。自分に触れろって。何かを教えてくれるみたいだから……史輝にも、共有するよ」
「! 大丈夫ですか?」
史輝は心配そう言い、私の答えを待つ。
心配性だなぁ。なんて思いながら、私は微笑を浮かべて返した。
「大丈夫だよ。短時間だし、倒れるようなことはないから」
「……わかりました」
あまり乗り気ではない声音で言い、史輝は頷く。その瞳からは、心配が消えていなかった。
ほら見たことか。なんて言われないよう、十分に注意しなくては。
自分自身に忠告した私はネックレスを右手で握りしめたまま、魔骨に手を伸ばし、頭の部分にそっと触れる。
途端──私の脳裏には、見たことのない光景が流れ込んできた。
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