EX.あたしの彼氏は文学青年8

 サークルはあの出来事があった後、すぐに辞めた。

 もともと絶対に入りたいサークルだったわけじゃなくて、大学生活に浮かれてたあたしが調子に乗って入っただけのサークルだったから、辞めることに抵抗はなかった。

 先輩とか同級生とかのサークル仲間数人から引き留められたけど、あの飲み会のことを引き合いに出して辞めさせてもらった。


 他にも掛け持ちしてたサークルもあったけど、この際だからとすべて辞めてしまった。飲み会のあったサークルもそうだけど、別にどうしてもって感じで入ったサークルがあったわけじゃないから、特に未練はなかった。逆に、サークル活動でユートとの時間が減ってしまうことの方が嫌で、それで辞めたというところもある。


 ユートと付き合い始めたホントに最初の頃は、高校の時にユートと付き合う気がなかったことを思い出して落ち込んだりすることもあったけど、ユートと付き合い始めてしばらく経つとそんな思いよりも幸せすぎる時間の方が大きくなって、あたしはだいぶ明るくなったと思う。


 サークルを一気に辞めた時がちょうどその落ち込んでた時期と被ってて、ユートはあたしが落ち込んでいることを心配してくれていた。そのことがめちゃくちゃ嬉しくもあり、申し訳なくもあり。

 あたしはユートの前にいるときは落ち込んだ顔をしないようにしようと思ったりもした。


「ユート、今度の休みデート行こうよ」


 あたしとユートの趣味は全然違ってて、当然のことながらデートで行きたい場所とかが同じになったことがない。好きな食べ物とか飲み物とかも違うし、あたしが可愛い! って感じるようなものでも、ユートにとっては別にそうでもないとかいうこともザラだ。逆にあたしはユートが読んでる本の内容はちんぷんかんぷんだし、本屋に行ってもユートみたいにテンションは上がらない。


 でも、あたしはそれが逆に良かったと思ってるんだ。


「美咲はどこ行きたい? 僕の希望は美術館。海外の珍しい美術品が展示されてるんだって」

「美術館に行きたいとかおばあちゃんかよぉ……。あたしは海の見えるカフェ! 夏の気分を味わいたい!」


 あたしとユートは趣味が被らないから、お互いの趣味嗜好で喧嘩をしたことがない。ユートは絶対にあたしの好きなものを拒絶したりバカにしたりしないし、あたしはユートの好きなものを知れるのが嬉しくて、毎回ユートと一緒に楽しんでいた。

 ユートはいつもあたしに新しいことを教えてくれる。ユートと一緒にいると「初めて」がいっぱいあって、ホントに毎日が楽しいんだ。


「じゃあ美術館に行った帰りにカフェに行こうか」

「さんせーい! ユート大好き♡」


 あたしはユートの部屋でユートに抱き着きながらスマホのカレンダーに予定を入れる。

 あたしは何かがあればすぐにユートに気持ちを伝えていた。

 今までごまかし続けていた気持ちの全部を伝えるように。今もどうしようもなく溢れ出てくるユートへの気持ちを取りこぼさないように。


「ありがとう美咲。僕も好きだよ」


 ユートもあたしによく気持ちを伝えてくれた。

 あたしはそれが嬉しくて、めちゃくちゃ幸せで、ますますユートという底なし沼にはまっていってしまっていた。


 今、あたしはとても幸せだ。

 今まで生きてきた中で一番幸せだ。


 この幸せを失いたくなかった。

 この幸せを失うくらいなら、死んだほうがマシだ。


 だからあたしはユートに言うのだ。

 友達と遊んで、帰りをわざと遅くした日。

 眠らずに待ってたユートに素知らぬ顔で報告するのだ。


「ねぇユート。あたし、今日他の男とセックスしてきた」






 あたしだって、バカなことを言ってるなんてことはわかってる。こんなこと止めてさっさとユートに全部話したほうがいいってことだってわかってる。そんなことは事ここに至るまでに何度も自分の中で考えた。

 でもダメだった。どうしても勇気が出なかった。ユートと出会った時から変わってしまった本当のあたしが拒絶されてしまうのが恐ろしすぎて、あたしは前に進めなくなっていた。


 理屈じゃない。理屈じゃないんだ。


 あたしが他の男とセックスしてきたって言った日、ユートの顔がちょっとだけ強張ったのを覚えている。その後ユートは何も言ってこなかったし、態度も何も変わらなかったけど、絶対にいい思いを抱いてなかったのは確かだ。

 あ、でも、その日のセックスはユートらしくない強引さがあって、力強くあたしを求めてくるユートにあたしもすごく興奮して、新しい扉が開きかけてしまった。あの日のユート、とってもよかったな……。


 いや、そうじゃなくて。

 例え嘘だったとしてもそういう報告をして、ユートが嫌な思いをしてしまっているのを見るのは心が痛かった。でも、自分の心もコントロールできなくて、結局その後も何度かユートに「他の男とセックスしてきた」と噓をついてしまった。


 そうしたら、何度目かの嘘の時に「他の男とセックスしてきたとか、そういう報告は僕にはいらないよ」と言われてしまった。


「え、でも……やっぱ彼氏に隠し事とかっていうのは……」


 なんて咄嗟に言ってしまったけど、そもそも他の男とセックスしてきたなんて言うこと自体嘘なのだから、隠し事も何もない。でも、ユートにそんなこと言われると思ってなくて、反射的に口に出していた。


「彼氏彼女だからって、全部が全部知らなきゃいけないわけでもないでしょ?」

「それはそうかもだけど」


 その時だけ、ちょっとユートが強めの声を出してきた。

 別に怒ってるわけじゃない。責めてきてるわけでもない。なんていうか、わがままな子供に言い聞かせるみたいな声音だった。


 だからあたしは、ユートの言葉におずおずと頷いた。

 正直、心の中でホッとしている自分もいた。


 自分で言い出したことなのに、ユートが嫌な思いをしているのが自分でも嫌で、でも自分からは言うのが止められなくて。だから、ユートから止めてって言ってくれて、あたしはなんだか解放された気分だった。

 自分勝手だっていうのはわかってる。それでも、あたしはまたユートに救われた気持ちだった。






 ユートは普段とっても紳士的で、あたしのことを気遣うような、お互いを高めあっていくようなセックスをしてくれて、もちろんそれもとっても気持ちよくてそこに不満なんて全くないんだけど、ちょっとどうしてもあの強引だったユートのことが忘れられなくて。

 ユートに「他の男とセックスしてきた」って言わなくなってからしばらくしてから、またユートに強引にしてもらいたくて「他の男と――」なんて口走ったら、言い切る前にユートに子供を叱るような眼で見られてしまった。


 正直その視線だけでめちゃくちゃドキドキして胸がキューンとなってしまったので、あたしはユートにすり寄って「ユート♡」と甘えまくった。


 あたしはもしかしたらドMだったのかもしれない……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る