怒れるお姫様



「――楽しそうじゃん、ウケるぜマジで!」



背中から聞こえたのは聞き慣れた声だった。

まるで空気を切り裂く様な、大きくて太いそれ。

鼓動がドクンと早くなる。


緩やかに、パチパチと焼ける炭火の音なんてもう聞こえない。



「……翔馬」

「あ? 何だよその顔」



ニヤけてこちらに近付く彼は、さっきまでの暖かい雰囲気を全て消し去った。


どうして、来るんだ?

グループを追い出しておいて、どうして今?


せっかく彼女達が笑っていたのに。

まるで狙ってきたかのように。

俺が一番来て欲しくないタイミングで――



「……っ」

「ぁ……」



怯える様に小さくなる、鈴宮さんと木原さんに胸が痛くなる。



「どうかしたの、翔馬」

「あぁ? おいおい何も無ければ来たら駄目なのかよ! 寂しい奴だなぁ」


「そういうわけじゃないよ。ただ」

「ただ?」


「今はその、分からない? ……とりあえず、話すならそっちいく――ッ!」

「ウダウダうっせぇ、陽の癖に何喚いてんだよ」



肩をドンッと押される。

そのせいで舌を軽く噛んで、痛みが広がる。



「ッ……」

「せっかくアホ面見に来てやったのに、ヘラヘラ笑いやがって」


「良いから、あっちに戻って」

「うっせぇな、あーあ肉ももうねーじゃねぇか。貰ってやろうと思ったのによ」


「もう全部食べたよ、あげられるものなんて無いから」



でも、それよりも。

後ろの視線の方が、よっぽど痛くて。



「チッ、使えねぇ。つーかさっきからうだうだうっせー! 何イキってんだ」

「……いいから戻って」

「おっ! んじゃコレ変わりに貰ってってやるよ。じゃあな」



何を言っても聞かない彼。

挙げ句の果てに、マシュマロの袋を鷲掴みにして背中を向ける翔馬。



「よくこんな奴らと居られるよなぁ……」



聞こえてくるその台詞。

目に映る全てを馬鹿にする様な、半笑いの顔が頭に浮かぶ。


それが。どうしようもなく気持ち悪くて。



「――“こんな”って、なんだよ。翔馬」



気付けば口から出ていた。

どうしてかなんて分からない。ここは黙って、彼女達にあとで謝るのが正解なのに。


それでも、吐き出さないとどうにかなってしまいそうで。



「あ?」 



聞こえたのは、肝が冷える低い翔馬の声。

終わった――



「――ぐッ!?」

「えっ。ちょ、ちょっと柳さん!」



でも。

眼前に広がるのは、思いもよらぬ光景だった。


彼が持つマシュマロの袋を、柳さんは掴んでいたのだ。

俺も翔馬も、彼女がそこに居たのに気付かなかった。


袋を掴む、両者の手。

二人の動きが、磁石が引っ付いた様に止まる。



「おまっ、なんだよ……なッ!?」

「返して」



そのまま、彼女は彼に向けた。

空いた手で持った着火機を。

突き付ける、その制服に。


空気が張り詰める。


まるで翔馬を脅す様だった。

火は……もちろん点いていないが、いつ点けてもおかしくない雰囲気で。



「……」

「き、気味悪ぃ……ッ」



滅多に見ない、翔馬の怯えた様な表情。

そしてそのまま手を放し、泰斗達の元のテーブルの方に行ってしまった。



「覚えとけよ、テメェ」

「翔馬!」

「チッ。お前はもうどうでも良いんだよ――」



最後。恨みのこもった彼の視線は、柳さんの方向に向けられていて。



「っ。はぁ……」



息を吐く。

まるで嵐が去った様に静かだけれど。



「い、いやいや……大丈夫?」

「……」



一瞬の出来事だったが、現実味が無い。

思わず駆け寄るが……彼女の視線は袋だ。

潰れた中身を眺めている。


仕方ない、二人してそれを握り締めていたんだから。

俺はそれよりも――彼女の震えた両足の方に目が行く。



「っ……」

「?」



自分が嫌になる。

その役目は――男の俺のはずだったのに。


彼はカーストトップで、クラスの中心。

体格も身長も遥か上。

ソレに臆してしまった、俺の小物っぷりが。


翔馬に何も出来ない自分が、酷く情けなかった。



「ありがとう。ごめんね」

「……」ブルブル


「?」

「WC」

「えっ」



頭を下げた途端、彼女もテーブルから離れて行った。

WCって……トイレか。



「……ぁ、あはは」

「が、我慢してたんやな」


「はは……二人もごめんね、俺のせいで」



翔馬が来たのは、間違いなく自分が居たからだ。

輪を乱したのは、自分のせいだ。


結局最初から最後まで――彼女達には迷惑を掛けてしまった。



「へ?」

「朝日君が何か……?」


「あ、ごめん何でもない」



……と思ったけど、あまりしっくり来ていないか。

良い人というか、鈍感? というか。



「でも、火消えちゃいますね……」

「あ、あぁ。もう消えかけとるな」



そんな風に、寂しそうに笑う二人。

色々あって放置してしまったその炭火は、今にも消えてしまいそうだけど。



「……まだ」


「へ?」



そうだ。

まだ、最後じゃない。


これで終わってしまうのは彼女達に申し訳ない。

完全に消えていないその火が、そんな風に思わせてくれた。



「まだ――」


「――おーい、お前らそろそろ片付けろよ!」



と思ったら聞こえる声。


そうか。

いつの間にか、そんなに時間が経っていたのか。


“楽しい時間ほど早く過ぎる”――そんな言葉が脳裏に過っていて。



「なんでもない、ごめんね。片付けしようか」



まだ少し燃えている炎が、やけに目に残った。


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