氷の壁





「じゃ、じゃぁ私達が焼きます!」



火起こしを終えて、後は焼くだけとなって。

鈴宮さんがトングを手に握り締めた時は、流石に悪いから任せようかなと思ったけれど。



「あっあっあっ」

「にっ肉! 火だるまなってるで!」


「(合掌)」パアン

「やっとる場合か!」


「……」



かたわらで炭と化していく野菜と肉を見てからは、流石にその考えも変わった。このままじゃ彼女達の胃が危ない。


でも、無理なんてしなくて良いのに。

やっぱり突然入った男に任せるのは嫌だったかな?


まあ思ってる場合じゃないか。



「変わるよ鈴宮さん」

「は、はい……ごめんなさい」

「こういうの慣れてるから任せて」

「で、でも」

「俺週三でバーベキューやってるからさ」


「 え゛っ ! ? 」

「 」

「じょ、ジョークやろ二人とも……アメリカでもそんなせんで?」

「はは……なんかごめんね、まあそれぐらい慣れてるから」



声失ってるんだけど鈴宮さんと柳さん。

いや柳さんは元々か。


まあ、分かりにくい冗談を言った俺も悪い。

ちょっと二人の反応に笑ってしまったけど、すぐに頬の緩みは治した。


もっと話したい――なんて思ってない。





「」ゴクリ

「はい柳さん」


「はい、これ木原さんの分」

「お、おう。す、すまんな……」


「あ゛っ朝日君は!」

「!?」

「ぁ……いや、その、さっきから朝日君は食べないのかな……って」

「あぁ大丈夫だよ、ちゃんと自分のも焼くから」



急な大声で怯む。

だが、その台詞は優しいものだ。


……凄い気にかけてくれてるな、鈴宮さん。



《――「ホント駄目だよなぁ陽」――》


《――「お前は何が出来るんだ?」――》



翔馬と泰斗からは、そんな言葉しか聞こえなかった。

最近は露骨に俺に強く当たられた。


でも、それがあのグループの俺の役だと思っていた。

よくグループに一人は居る弄られキャラだ。


よくあること。

そう、よくあることだ。



「……?」

「あ、ああ何でもない」



だからこそ、その優しさに触れるのが怖い。

どこか、自分が崩れて行きそうで。


今日、今限りのこのグループだから。

このバーベキューが終われば、俺と彼女達は交わらないから。


壁を作っておかないと――きっと後で辛くなる。



「」パクパク

「ほんまヒメはよう食うなぁ……」


「柳さん、追加いる?」

「」コク


「はい、一応火通ってるか見てね」

「!!」パクー

「……見ずに口入れたやろ絶対」



ま、まあ大丈夫だろう。十分火は通したし。

さぁ次々。具材も大分少なくなってきた。


俺の分はまぁ、適当に余ったので良いや。



「……ぁ、あの」

「ん、なに?」



と思ってコンロに向かった途端、テーブルに居たはずの鈴宮さんが居た。



「私、やいますッ!!」

「!? は、はい」



噛んでるが、その威圧感に圧されトングを渡した。



「……焼きます!」

「そっか。頑張ってね……」



そして彼女はコンロの前に立つ。

圧されるまま、俺はそれを眺めるだけ。


ただ相変わらず手は震えて、肉は上手く広げられず網にくっついて二重になってしまった。


正直、見ていられない。



「やっぱり俺が――」


「」ジトォォォ

「!?」


「あー。任せた方が良いんちゃうかな……」

「わ、分かった」



手を貸そうと思ったら、二人が俺を止めた。

……柳さんは真顔でこっち見てただけなんだけど。その目、威圧感あるよな。



「うぅ」

「……」



そんな中。


心配なのか、何度も肉をひっくり返す。

焼くときはできるだけ少ない回数で返した方が良いんだけど、口を挟めなかった。そういう雰囲気じゃなかったから。


明らかにもう火が通っているけど、心配なのか更に焼いて……ようやく完成したようだ。



「……ど、どうぞ」

「うん」



紙の皿に載せられたそれ。

最初よりかはもちろんマシだけれど、それでも焦げが少し目立つ。


自惚れではないが俺が焼いたモノの方が綺麗だ。

それでもどこか、俺には無いものが込められている気がして。



「ずっと朝日君、一人でしてくれてたので……でもその、下手ですいません」

「いやいや……」


「せっかくその、一緒のグループになったので……すいません。でも、その……」



申し訳なさそうな表情のまま続ける彼女。

小さい声は、言葉を探し続けている様だった。


それにはもう先程までの圧は無い。



「ぁ……すいません、やっぱりコレは私が――」


「貰うね」



それを口に入れる。


……俺が壁を作っていたのを、きっと鈴宮さんは感じていたんだ。

不器用ながらも、それを壊そうとした彼女の優しさが。


冷たい何かに染み入って溶けていく。

ゆっくりと。氷が割れていく様に。



「! はい!!」



心地良い、暖かいなにか。

俺はそれを拒絶するほど強くない。



「……」

「ど、どうですか……?」



苦く熱い。

それでも、自分が焼くよりもきっと――



「うん、美味しいよ。ありがとう」

「そっそうですか! やったー!!」


「」ジー

「ほ、ほんまか?」

「えへへ〜ほんまでっせ愛花ちゃん!」

「調子ええなぁ……」



喜ぶ彼女に、壁を作っていた自分が情けなくなった。


この三人とはこのバーベキュー限り。

それでも、もっと彼女達には楽しんで欲しいと思った。

不器用ながらも優しくしてくれたから。


だから。

今だけは、距離を置くのは止めよう。




「皆、甘いもの食べたくない?」

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