第二十三話

 めあわしの儀の当日、緊張で震える嘉乃よしのの手をとり、清原王きよはらおうは「大丈夫、私がいるから」と言った。嘉乃はこっくりと頷いた。清原王は嘉乃を抱き締めると、「心配いらない。私のそばにいればいい」と、もう一度嘉乃を落ち着かせる言葉を言い、嘉乃に口づけした。


 嘉乃は、六家りっかを初めとする貴族たちがひしめく場を見て、倒れそうになりながら、清原王に手を引かれて進んだ。

 清原王と嘉乃の後から、白壁王しらかべのおおきみが入ってきた。白壁王しらかべのおおきみは嘉乃の目から見ても精気がなく、周りの人に支えられながらの入場だった。


 音楽が鳴り、めあわしの儀が始まる。

 白壁王しらかべのおおきみが和紙を広げた。

 本来はこの場で文字をしたためるのが習わしだが、病であるため、長歌は予め書かれ、用意されたものだった。

 白壁王しらかべのおおきみが長歌を詠唱する。




 高輝たかてらす紫微宮しびのみやにて


 激激たぎたぎつ清き川原かはら


 神鳥かむどりの国に


 遊びたり たふとくあらむ


 春べには花咲きをりて


 秋されば男鹿をじか鳴くなる


 万代よろづよに絶ゆることなく


 天地あめつちの神をそ祈る いやますますに




 その声は弱弱しく、ときに掠れ、誰もが最後まで詠唱出来るのかと、不安になるほどだった。しかし、無事に詠唱は終わり、その場からは安堵の声が漏れた。


 次は清原王の番だった。

 清原王は美しい白い和紙に、筆を滑らせた。そして、反歌を詠唱する。

 



 鳴鳥かむなきは神の御原みはらゆ清らなり しじはむ嘉日かじつありせば




 よく通る声が響いた。

 心に通る、その言の葉。

 それは天にも届き、天からは光が射した。

 清原王の象徴花しょうちょうかである、小さくて白いユキヤナギが舞う。天からは、あの夜と同じような、細かい小さな光が輝きながら降り注いだ。それは、ユキヤナギと混ざり合い、白く或いは銀色に輝きながら、清原王と嘉乃の周りを包み込み、祝福するようによろこぶように、踊るのだった。


 見ると、白壁王しらかべのおおきみの顔色もほんの少しよくなっていた。

 清原王のことばは、天に届いたのだ、と嘉乃は思った。



嘉子かこ、苦労をかける、すまない」

 嘉乃は、月原が清原王だと知ったとき、彼のさみしげな様子の理由が、分かったと思った。皇太子としての重圧と、責任感の強さと生来備わった優しさ――この方こそ、今までどれほどの苦労をしてきたのだろう?

「いいえ、清原王。あなたと共にいられるのなら」

 嘉乃は優しく微笑んだ。


嘉子かこ、いや……嘉乃よしの。――二人だけのときは、そう呼ぶ。だから、嘉乃も秘密の名前で呼んで欲しい。出会ったときに名乗った、月原、と。……嘉乃が好きになってくれたのは、皇太子である清原はなく、ただの月原だろう?」

「……はい、……月原さま」

「嘉乃。――愛している。あなただけだ」

「月原さま。わたしも、あなただけ」


 もう、家族とも会えない。――だけど、いい、これで。

 わたしはこの人と生きていくのだ、と嘉乃は思った。

 清原王は嘉乃に口づけをした。

 嘉乃は清原王の唇を指をぬくもりを感じながら、目を閉じた。

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