魔王さまの従者イリー

ありこれ

プロローグ

プロローグ


 人々が争い続け、果てには悲しみと絶望に染まった世界で。

 海と空は黒く染まり。

 大地はひび割れ生命を育まない。

 魔物は異常な程に増え、人々を襲い。

 人間は悲泣し悲傷し悲嘆した。

 そして自分たちの力ではどうにもできないと知ると、人々は両手を絡ませ天へと祈る。


 ――救いと奇跡をどうか私たちに。

 ――どうか、どうか。


 水も食糧も口にせず何日に渡る祈り。



 すると地に現れたは三人。

 後に人々から「魔(ま)王(おう)」「勇(ゆう)者(しゃ)」「黄(おう)金(ごん)の剣(けん)」と呼ばれることになる者たち。

 人々の願いから生まれ、人々の願いを使命とし、使命を全うするために生まれた者たち。

 人の形をし、人と同じように意志や感情を持つ、端から見ればただの人間にしか見えないその者らを――使(し)者(しゃ)と呼んだ。


 「魔王」は、この世界でただ一人、闇夜の髪に碧(あお)い瞳を持つ者。

 闇は終わりを表し、碧は死を表す。人々の世界では不吉な色として嫌われている色たち。

 そして誰よりも強大な力を持ち、どんな魔法も扱うことが出来る力の持ち主。

 そんな強すぎる力を使い、人間の敵となり、勇者に殺される。そして魔王の死と共に世界の汚れを持っていく。世界を救う使命を持った使者である。

 そんな彼は三人の中で一番優しく穏やかな性格を持った使者だった。


 「勇者」は太陽のような金髪にエメラルドグリーンの瞳。誰もが見惚れる美麗な容姿の持ち主で器用に剣も魔法も扱う。

 そう容姿、力を持ってして世界を旅し、彼こそは魔王を倒す者である、と人間たちの心に希望の光を射し、黄金の剣を持ってして魔王を殺す。 という世界を救う使命を持った使者である。

 そんな彼は三人の中で一番冷静さを持ち仲間を愛する使者だった。


 「黄金の剣」は、呼び名の通り黄金色をした細身の美しい剣。

 だが度々人の形をとっては黄金色の髪で風を浴び、ロゼ色の瞳で景色を眺め、手足で世界を知る。

 使者の体は特別に出来ている。使命を全うするために病やケガで死することなく、唯一殺す方法として存在するのが黄金の剣で貫くことだった。

 そこで魔王を貫くために存在するのが黄金の剣。 魔王を貫く使命を持った世界を救う使者である。

 そんな彼女は三人の中で一番よく笑い明るい愛らしい性格の使者だった。


 魔王、勇者、黄金の剣は同じ場所、同じ時に誕生した。魔王と勇者がお互いの使命を感じ取りつつも、名前もないくせして自己紹介をし始める。

 見ていてもどかしく、そして楽しそうな二人に混ざりたくなった黄金の剣が人型をとると、驚いた彼らに黄金の剣は笑う。

 そうして三人の使者は瞬く間に仲を深め、行動を一緒にするようになる。

 誕生した時から与えられていた知識、それらを実際に目にした時に感じるもの、美しさや残酷さ、不思議さ。三人はそれぞれ感想を述べ合いながら静かに森の中で暮らす。

 そのうち三人は呼ぶべき名前をつけ合い、笑い合う。


 しかし、その暫(しばら)くは長く続かない。

 絶望と悲しみによる世界の崩壊が進んでいくことに気づいた三人は頃合いだと動き出す。


 勇者と黄金の剣は共に人々の心に希望を射すために。

 魔王は更なる絶望を人々に与え恨まれ人間の敵になるために。


 三人は別れの際、最後にこう言った。


「私たちは家族だ」と。



 そして時間が経つ。

 ――「世界がこうなったのは魔王のせいだ!」と人間たちが言う。

 魔王は人々に恐れられ、人間の敵は魔王となった。


 そして魔王の森の奥。魔王の住む大きな城に現れるは黄金の剣を手にした勇者と、旅路の中唯一仲間に引き入れた人間である赤(あか)髪(がみ)の弓(ゆみ)使(つか)い。

 玉座の間にて三人は数年ぶりに再会するが、そこに笑顔はなく。

 いつも自分勝手の黄金の剣でさえも人型をとることもなく、ただ使者として役目を果たすため勇者の手の中にいた。


 それぞれの使命の元に戦いが始まる。


 魔王は勇者に殺されるために。

 勇者は黄金の剣を持ってして魔王を殺すために。

 黄金の剣は魔王の体を貫くために。

 そう。 すべては、人間の祈りを叶えるために。

 使命を果たすために。


 まるで場違いかのようにいる人間の赤髪の弓使い。

 彼は唯一人間にして、この場にいるのが許された。

 そんな彼も魔王を倒すべく弓矢を手にする。


 そして激闘の末、ついに魔王は倒れる。

 その体には見事、黄金の剣が突き刺さっていた。


 残された時間で魔王は何かを言葉にしようと口を開く。

 しかし、声にならないまま、みるみるうちに砂が崩れるかのように体は散ってしまう。


 魔王が完全に塵となり散ると同時に、世界は救われる。


 ずっと灰色の分厚い雲に覆われていた空は青い空に。

 精霊たちは息吹を吹き返し、枯れた土地や川は豊かに。

 やせ細り年中枯れていた植物だって緑美しく。


 すると勇者は疲れ切った笑みを浮かべる。

 柄を握り、刃先を喉元へと向けて。

 躊躇いもなく突き刺したのである。


 黄金の剣とは唯一使者を殺すことが出来る絶対の剣。


 それを知っていて勇者は自害した。

 勇者までもが塵となり消えてしまう。

 黄金の剣は魔王と勇者の血濡れた姿で人型をとると、赤髪の弓使いに顔を見せないまま、こう言った。


「いきなさいイル・アスター」


 何かに耐えるように黄金の剣が静かな声で言うと、赤髪の弓使いは狼狽えた。 この冷えた空間に一人、置いていくのは気が引けてしまう。


「行って、イル・アスター」


 黄金の剣はそう言った。彼女は立ち上がらなかった。

 赤髪の弓使いは心を決めて、踵を返し走り出す。


「魔王は勇者によって倒され世界は救われた」


 そう人々に知らせねばいけない。

 世界の変わりようを見れば、救われたことは分かるが、それだけではいけなかった。誰が救ったか、本当に救われたのか。それを赤髪の弓使いは知らせに行くのだ。

 この世界を救ったのは勇者であることを。

 自分の使命を果たすため、この戦いのために生きた仲間のため、赤髪の弓使いは一人駆ける。 黄金の剣を置いて。


 赤髪の弓使いは自身の使命を果たし、世界が平和になった後、黄金の剣を探した。 それこそ魔王の城まで行こうとしたが何度挑戦しても辿り着くことが出来なかった。 再会は訪れなかった。


 

 さて、この話しを語れるのはここまで。

 そのまま、赤髪の弓使いと黄金の剣は再会することなく――。

 一人に戻ったオレは不様にも森の奥で引きこもるという生活を決めたのである。



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